22 解決と未来
お姉ちゃん。
なんて甘美な響きだろうか。前世でよくエア妹に「お兄ちゃん」と呼んでもらっていたが、それとはまた違った不思議な感情になった。これが母性ならぬ姉性だろうか。
〈何ですかエア妹って……さすがにそれは、ちょっと……〉
カミ子さんがかつてない程ひいている。いや、男なら一度は想像したことがあるはずだ。実際に妹がいる人から『いやー妹なんてそんないいものじゃないよー実際にいたらうっとうしいだけだよー』などという話も聞いたが、断言しよう。血が繋がっているかどうかとかそんなのは関係ない。自分の事をお姉ちゃんと呼んでくれる存在は、尊い。てえてえ。ただそれだけ。
「ご……ごめんなさい!!」
ふと響いたとても可愛い声で、ふと我に返る。いかんいかん、妹について想像していたら現実からトリップしてしまっていたらしい。
今の声は、エルルのものだ。
場所はイマノ村の広場。日付はエルルと洞窟で会った日から数日が経っている。
あれから、エルルと一緒に洞窟を出て下山して、イマノ村に戻った。そして村長に会い、問題が解決したこと、誘拐された女の子達が無事だという事、そしてこの事件はエルルが企てたという事を正直に伝えた。
村長は何か思う事もあったようだが、まずは事件解決を喜び、村の人達に指示を出し洞窟に向かわせた。
誘拐された女の子達は多少の肉体的、精神的疲労が見られるものの、エルルが定期的な食事や水分補給を命じ、また手下の男達に一切の乱暴を禁じていたため外傷もなかった。
そうして女の子達は全員無事に保護。イマノ村の家族の元に帰り、村には普段通りの日常に戻った。
エルルについての処分は村長に任せてある。解決したのは確かに自分だが、本来これはイマノ村の問題だ。もしもエルルに対して見ていられない程の残虐な償いをさせようというなら止めるが、基本的にはこの村の裁量に任せたいと思う。
そんなわけで、今日この場での謝罪となったわけだ。
事前に詳細を説明していたのは村長のみ。村人にはエルルが毒龍だという事をはじめ、事件の原因や詳細についても初めて聞くことになる。
この場を設ける前に、エルルには「全てを正直に話す」、村の人には「まずはエルルの話を聞く」という事をお願いしてある。
エルルは自分に話した生い立ちから誘拐に至るまでを正直に話して、謝罪の言葉で締めた。
あとは村の人達の判断を待つだけだが……
〈どうなりますかね……アイアンメイデン、ギロチン、ファラリスの雄牛……〉
「いやそれ全部拷問器具!魔女裁判じゃないんですから、そんな結末にはなりませんよ!」
村の人達は、何か言いたいこともあるようだが、言い出せないでいるようだ。
まあ、相手が毒の龍だし、見た目は小さな女の子だし、対応に困るというのが正直なところだろう。
と、一人の人物がエルルに近付いて行った。
あれは、私がこの村に来て最初に出会ったおばあちゃんだ。名前はイアナさん。後から知った話だが、村長さんの奥さんらしい。
「あなた……ずっと一人だったの?」
イアナさんは優しく語りかける。
「…………うん」
「そう……それじゃあ、人間とどうやって関わっていけばいいか分からないのよね。……人間は怖い?」
「怖くは……ない。でも、分からない……人間が、なにを好きで、なにが嫌い、とか」
「それは分からなくて当然よ。私も主人と一緒に住んで50年くらいになるけど、主人の食べ物の好き嫌いなんて全部は分からないわ。毎日一緒にいるけど、それでもお互いについて知らない部分はあるの。若い頃は、相手の全てを知りたい、教えてほしいと思った時もあったけど、今は別に自分に害がなければ別に知らないことがあってもいいかなと思っているの。長い付き合いの人間同士だって、そんなものよ」
うんうん、分かる分かる。そんなものだよねー。
〈結婚どころか恋人どころか友達すらいないあなたに何が分かるんですか?〉
「種族が違うから、人間同士よりも知らない事も多いかもしれない。でも、どんな時でも一番大切なのは、『相手を知りたい、仲良くなりたい』っていう気持ちだから。あなたは、私達と仲良くなりたい?」
「なりたい……もっと知りたい!人間のこと、わたしに教えて!お願い!」
それを聞いたイアナさんは、村人の方に振り返り、
「みんな、私はこの子を信じたいの。確かにこの子は色々間違えたかもしれない、それをなかったことには出来ないけど、子供にやり直す機会を与えるのが大人の役目だと私は思うの。この子の過去を許さなくてもいいけど、未来まで奪わないであげて。お願い。」
そう言ってイアナさんは頭を下げた。それを見たエルルも、続けて頭を下げる。
これが年の功というものだろうか。村の人達の間に流れる空気は、さっきより明らかに弛緩している。イアナさんの度量の大きさが、エルルを含めた村全体を包んだように思える。これが母性……長年苦労をしてきた村長の奥さんパワーすげえ……
「イアナさんがそこまで言うなら、自分もその子を信じますよ」
「そうだな、子供が間違えたらちゃんと叱って、教えるのが大人の役目だもんな」
「ええ、そうね。ひとまず全員無事だったんだし、これからのことは全員で考えていきましょう」
どうやら、村の総意としてエルルの事を今すぐ罰するようなことはなさそうだ。エルルの処分についての口出しは一切していないが、穏便に済んで何よりだ。
「そういう事だけど、大丈夫かしら、アイシャちゃん?」
イアナさんが聞いてくる。広場の隅っこで大人しくしていた自分に、村の人達の視線が集中する。
「あっハイ……いいんじゃないですかね……」
〈大勢に注目されてコミュ障っぷりが全開になってるじゃないですか。エルルさんの方がよっぽど堂々としていましたよ〉
挙動不審のままの自分を、イアナさんがエルルの隣まで連れて行く。
「みんな、この子が今回の事を解決してくれた旅の魔女、アイシャ・アインスさんよ。この子がいなかったら、みんな無事では済まなかったかもしれないの。だから改めて……本当にありがとう」
そう言って、また頭を下げるイアナさん。続いて、広場の村人全員も頭を下げる。
いや、本当に頭を下げるとかやめてほしい。コミュ障は感謝された時にどうしていいか分からないのだ。こういう時にスマートに返せるかっこいい大人になりたいと思っている内に前世では死んでしまった。
「いや別に、自分は自分のしたいようにしただけなんで……本当にたいしたことしてないですよ」
そう、今回の件は自分にとって大きな一歩となった。自分で決めて、動いて、やりたいと思ったことをやり通せた。村の人を、エルルを、助けることが出来て、本当に良かったと思う。
「それほど栄えた村でもありませんが、出来る限りのお礼はさせてもらいたいと考えています。お望みのものがあれば、何なりと言ってください」
〈え、今何でもするって―〉
だからそんな事は言っていない。
しかし、欲しい物か……突然言われても困るけど……と思いかけて、一つ思いつく。
「それなら、どんな場所でもいいので、この村で住む家をもらえませんか?」




