19 後悔と突破
思えば、昔からこんなだった気がする。
前世の自分は、大したことはしてこなかった。いつでも「まだ本気出してないだけ」「その気になれば何でも出来る」なんて言い訳をして、成功をしている人を羨むだけでその裏にある努力を知ろうとも、しようともせずに「まあこんなものだろう」と勝手に終わらせた気になっていた。
人として間違ったことはしてこなかった。と言えば聞こえはいいが、それは言わばマイナスがないだけだ。プラスになるようなことは大してしていない。前世では自分よりずっと若いのに、大金を稼いだり、世の為人の為になるような事をしている人が山ほどいた。
それを横目に、「いつかは……自分もいつかその内に」なんて思いながら、結局自分では何もしない。来るはずもない幸運を、ただ口を開けて親から餌をもらう雛鳥のように待っていただけだ。「こんなはずじゃなかった」などという焦りを覚えながら日々は無情に過ぎていき、時間だけが過ぎて行った。
昔の友達が結婚した、子供が生まれた。という話を親から聞くこともあった。何の気なしにある友人の名前をネットで検索して、企業や大学の要職に就いている事をしって、胸の中に苦い感情が渦巻いてパソコンを閉じた。人は人、自分は自分と必死に言い聞かせて、劣等感と自己嫌悪に吐きそうになる日もあった。
そして、特に何も残せないまま、死んだ。
死んだことは確かに残念でもあったが、どこかほっとした部分もあった。あのままでは何も変わらなかった。三つ子の魂百まで、という言葉は本当だったんだと痛感する。百まで、ということはつまり死ぬまでということだ。それこそ、死ぬような事でもない限り、自分という人間は変わらなかっただろう。
転生は、それこそ神様がくれた最後のチャンスだと思った。新しい自分、新しい世界でやり直す最後のチャンス。
しかし、そのチャンスも今―
〈あのー、その恥ずかしい自分語り、まだ続きますか?というか長くないですか?〉
それは見逃してほしい。絶体絶命の大ピンチなのだから、過去の恥ずかしい事を走馬灯のように思い出すのも仕方がないというものだ。思い返してみれば本当に恥の多い生涯だったものだ。
〈というか、普通に意識有りますよね?〉
……そう言われてみれば確かにそうだ。これはもしかしてあれだろうか、体は動かないけど意識は残したままにして、少しずつ食べていくという残虐なパターンだろうか。
時間停止とか催眠にもいろんなパターンがあるし、異世界にもそのムーブメントが来ていてもおかしくない。
〈色々とおかしいですが、とりあえず現状を確認してみたらどうですか?〉
カミ子さんにそう言われて、ゆっくりと目を開ける。とりあえず、視界はさっきと変わった様子はない。眼球も動くし、洞窟内の様子も変わらず見渡せた。
そのまま視界を下に。首は動く。手指も無事なようだ。試しにグー、パーと拳を動かしてみたが問題はない。
膝を軽く曲げ、かかとを浮かせる。右、左と順番に行ってみるが動きは軽快だ。
最後に深呼吸。吸って、吐く。空気がうまい。つまり―
「何とも……ない?」
〈そのようですね〉
髪の毛からつま先まで、霧に飲まれる前と何ら変化はないようだ。
『……ほう、この程度の毒は効かぬか。どうやら実力を隠していたようだな』
未だ姿を見せない洞窟の主が問うてくる。実力というか、自分自身でも何をしたか全く分かっていないのだが。
『ならば、我も本気を見せよう。次は先程のようにはいかぬぞ……触れただけで巨獣を昏倒させる毒をお見舞いしてやろう』
どうやら相手も本気のようだ。先程の毒霧も冗談やハッタリの類ではないだろう。それを受けて自分が無事という事は―
「カミ子さん、洞窟の途中で言ってた自分の天給についての説明、もう一回してもらっていいですか」
〈あなたの天給は【健康】その体は常に最良の状態を保ち、自分の身を犯す呪い、精神異常の類を無効化します〉
そうだ。だがおそらく、この説明はまだ全てではない。まだ情報が不十分で理解できておらず、カミ子さんから聞けていない部分がある。
『ではいくぞ……これで最後だ!!』
その言葉と共に、洞窟の一角にそれは現れた。
毒の龍。いや、毒で作られた龍だ。半透明の毒液で形成された龍が、自分を睨んでいる。
一瞬、自分と目が合ったと思った瞬間、それは口を開けて突っ込んできた。毒液の中に飲み込もうというのだろう。
まだ確証はない。失敗すれば、自分は無事では済まないだろう。だが、やるしかない。信じて行動しない限り、状況は変わらない。今までの動かなかった自分を蹴り飛ばすように―
毒龍に向かって一直線に駆け出した。
『な…なんだと!?』
毒龍の驚いた声が聞こえる。ああ、自分でもびっくりだ。触れただけで巨獣を昏倒させるという毒に触れるどころか、全身が飲み込まれている。だが、体は動くし、意識ははっきりしている。突破するという意志が足を動かし、毒龍の中を前へ前へと進んでいく。
イマノ村では、呪いを無効化した。これは精神を正常な状態に保つために天給が働いたものだろう。しかし、健康というのは心身共に健やかな状態でなければならない。
前へ進む意志がある限り、この体は問題を撥ね退けてくれる―!
健康って大切なんだなあと、しみじみ思った。
〈でしょう?〉
「なんかドヤ顔してる気がしてイラッとするんですけど!」
などと言っている内に、毒龍を通り抜けた。全身がずぶ濡れだが、問題はない。通り抜けた勢いそのままに、毒龍が現れた方に向かう。
考えが正しければ、この先に―
『っ!!』
向かっていく自分に焦り、何かを隠すように不自然に霧が発生する場所がある。
だがもう遅い。それに、この状況ではそこに何かがあると言っているようなものだ。
「そこだあああああ!!!!!」
突っ込んできた勢いのまま右手を振りぬいて霧を払う。
そこで見たものは、
「…………………………………………ぐすっ」
「…………………………………………女の子?」




