18 毒と意地
「というか、龍とか聞いてないんですけど!?」
〈それはまあ、言っていませんからね。聞かれたとしても答えませんでしたけど〉
「ちっくしょおおおお!!というか、いきなり龍っておかしくありません!?こういうのって最初はスライムとかゴブリンとかその辺が来るものじゃないんですか!?」
〈出てきたものは仕方がないでしょう。それに、あなたのガバガバなファンタジー知識があてになったことがありましたか?〉
それもそうだ。理想の美少女に転生した以外は何一つとして理想通りに事が運んだ覚えがない。大人しく帰るなら許すようなことを言っているが、そういうわけにもいかないだろう。
「一つ約束して!私があなたに勝ったら、イマノ村の人達を開放するって!」
『くくく……我が龍だと知っても逃げず、勝負を挑むか……いいだろう、その心意気に免じて、その賭けに乗ってやろう。我も龍族の端くれ。誇りにかけて、約束は守ることを約束する』
「それはどうも……もし私が負けたら、私の事をどうにでもしていいよ。あなた、村の若い女の子を好んで連れ去っているんでしょ?」
〈え、今何でもするって言いました?〉
言ってないし。そしてなぜカミ子さんが反応する。
「それじゃ……行くよ!」
そう言うが早いか、一気に駈け出した。まだ相手の姿は見えないので、出来るだけ身を隠せそうな岩の近くを走り回り、相手の出方を伺うことにする。
〈とはいえ、相手は龍ですよ?何か作戦はあるんですか?〉
「大丈夫です。どんな龍に対しても有効な手段があるんですよ」
〈何ですか?伝説の武器とかですか?〉
勿論そんなものは持っていない。今取れる手段は―
「相手が首を伸ばしてきた状態で上手いこと逃げ続けて、『し、しまった…首が絡まってしまった……!』というのを狙います」
〈昔話ですかよ!真面目に聞いた私が馬鹿でしたよ!〉
『どうした……来ないならこっちから行くぞ……』
そうだ、まずは相手の姿を見ないことには対処のしようがない。ここは冷静に相手の出方を見て―
『動きを止める麻痺毒の霧……まずはこれで様子を見る』
〈あ、初手で詰みましたね、お疲れ様でした〉
「冷静に諦めないで!何か手はあるから!……そうだ、毒の霧だって言うんなら、息を止めればいいんじゃないの?」
〈小学生ですかあなたは〉
『くくく……この毒霧は呼吸だけでなく、皮膚からも体内に侵入し作用を及ぼす。高位の防御術でもない限り、防ぐことは叶わぬぞ』
そう言うと、ドーム内の一角に何やら紫色の霧が発生し始める。それはまるで意志を持ったように渦を巻き、次第にその量と密度を上げているように見えた。
毒龍が丁寧に説明してくれたおかげで、いよいよ詰んでいる気がしてきた。というか初手にしては随分強力なものを出してきた。普通は小手調べとかで肉弾戦するものでしょ。
『ではいくぞ……少しはその力を示すがいい、勇ましき娘よ!』
その言葉を合図にしたように、紫の霧がゆっくりと広がり始める。巨大な竜巻の様に、渦を拡大しながらドーム内を満たしていく。多少の凹凸や岩があっても、毒霧は問題なく地面を舐めていく。このドーム内にいる限り、避けることは不可能だろう。
まともな対応策も浮かばないまま、毒霧が間近に迫ってくる。試しにローブの裾で仰いでみたが、その程度では霧の渦はびくともしなかった。
やはり、自分には無理だったのか……それはそうだ、転生したからと言って、すごい装備やチート能力を手に入れたわけではない。自分はただの人間。龍を倒すことなんて出来るわけがなかった。
だけど―
背筋を伸ばし、腕を組み、足を踏みしめ、顔を上げ、毒の霧を、いやその向こうにいるであろう相手を睨みつける。
〈どうしたんですか?やけになったんですか?〉
「さっき言いましたよね?もし私が負けたら……って。たとえ毒の霧に侵されようと、私は絶対に倒れません。ここを動きません!心が折れない限り、私は負けません!」
〈ただの屁理屈じゃないですか!〉
屁理屈上等。大した力もない自分だ。意地の一つも張らずに何とする。
「理想の見た目は手に入れた。あとは……なりたい自分に、私はなる!」
その言葉と共に、私は毒の霧に飲み込まれた。




