会議は踊る、されど進まず
「会議は踊る、されど進まぬ。」
こんな言葉があることはご存知だろうか。
言葉の起源は19世紀のヨーロッパに遡る。ナポレオンが仕掛けた数々の戦争により荒廃したヨーロッパ、その秩序を取り戻すため、各国首脳がオーストリアのウィーンに集まって国際会議が開かれた際のことだ。
主権国家という概念が確立していた当時のヨーロッパ諸国は、会議での利害調整に困難を見出した。各々の国はお互いの国をけん制し合い、腹を探り合い、会議は数カ月経っても遅々として進まない。一方で舞踏会のみは煌びやかに開催されたため、このような皮肉な言葉が生まれたとされている。
「と、いうことで、『人材交流および業務効率化、新時代のグロウンナップ』企画について、率直な意見をお聞かせいただければと思います。」
本社の大型会議室の中心で、人事部人材育成課の主任の男が立ち上がり声をあげた。名古屋支店から出席者として派遣されていた私は、開始からわずか数分、配られたレジュメをただ読み上げるだけの時間で、既に眠気が限界に達していた。
頭をブンブンと振り回しコーヒーに口をつけ、呆けた頭に血液を必死で届かせた。冷静になっても結論は変わらなかった。率直な感想? そんなの言うまでもない。
「名前、長いですね。」
会議室の中で誰かが言った。それは、私と同じ感想であった。それそれ、「人材交流および業務効率化、新時代のグロウンナップ」ってなんだそのスローガン。売れない商店街の福袋じゃあないんだから。流行りの言葉とそれっぽい横文字を一つのスローガンの中にこれでもかと詰め込み、伝えたい意味が完全にぼやけてしまっている。
「用語の意味は、本社担当部署によりディスカッションを重ねて決定されました。レジュメの7ページをご覧ください。」
そうして本社の男は再び資料の棒読みを始めた。ああ、もういい、もういい。私にはどうしてこんな用語ができたのかわかる。「課長」と「副部長」と「部長」と「常務」、彼の上に幾重にも張り巡らされた壁のご意向を一つ一つ丁寧に拾っていった結果だろう。
はたから見たら馬鹿らしくて仕方がない言葉だが、本人たちにとってはガラス細工のように繊細で、絶妙なバランスで出来上がった標語なのだ。それを今更支店云々の意見で変えられることなんてできるわけがない。だから私たち支店側が何を言っても無駄。本社にとっては、「支店と会議をした結果、満場一致で承認された」以外のストーリーは用意されていない。
「全ての年代の社員が、自分らしく生き生きと働けると良いですね。」
「人材交流の活発化で、多様な声が本社に届くといいですね。」
「業務の効率化を進め、残業時間を減らせるようにできるといいですね。」
会議は踊る。
全国の支店から集まった精鋭たちによる、見かけだけは綺麗な言葉でスローガンは補強され、輝きを増している様に見える。
くだらない。全て、反吐が出るほど陳腐な内容だ。百万回と聞いてきた、ありがちであたり障りの無い言葉たちだ。彼らの気持ちだって私には良くわかる。支店の人事担当者にとっては、下手なことを言って議事録に残されようなもんなら、後で支店長に大目玉を食らってしまう。ここは無難にいなすのが得策なのだ。
「名古屋支店は、どうですか。」
不意に司会の男が私に話を向け、思考が現実に戻る。私は持ち前の愛想笑いを顔に張り付かせ、予め考えてきた台本を脳内で再生させた。
「人の成長を重視しているところが、とても良いと思います。」
司会の男は満足げに頷いた。「ありがとうございます」。そこで私の出番は終了だ。
私も本社にとってはその他大勢の内の一人でしかない。本音は隠す。支店と本社の間合いを絶妙に保ち、話が本質に入って行くことは避ける。表面だけを取り繕った、何の意味もなさない会議は踊る。自分の保身しか考えない担当者たちの浮ついた足で、馬鹿みたいに。
――いつの時代も変わらない。会議は踊る、されど進まず。