監視者と侵入者
森の端から数mの茂みに身を伏せるようにして隠しつつ、気配遮断の魔法を発動して侵入者を眺めている。
風に届けてもらって聞いた話によると彼らはどこかの国に属している貴族で、突然できたこの森を調査にきたようだ。
私が作ったこの森がある場所は随分と長い間荒野だった事もわかった。
そんな場所に数年で森が出来たら、そりゃ誰でも怪しんで調査をするだろう。
だから今回のこの侵入は必然の事であると納得し、彼らを積極的には排除しない事にした。
人間が存在していた事に喜びと懐かしさを感じていたし、それに彼らがこの森や家族に対して敵対する事がなければわざわざこちらから敵対する事はないし、もちろんはじめに人間と分かった時点から排除しようとは思っていなかった。
ちょっと見ていただけだから、一体どんな人たちかわからないし、調査とはどのようなものなのかもわからない。
だから善人なのか悪人なのかは判断できない。
そんな状況であるのだから、こちらから先だって動く事はなくてもいいだろうと結論づけた。
(そう、様子見をしなければ…)
ポチと見つめ合ってから二人で頷く。
彼らは私が言葉を発しなくても、ある程度はこちらの思いを推し量ってくれる。
それがすれ違う事はあまりなく、大抵の事はアイコンタクトだけで十分なのだ。
ポチは小さく鳴くと周囲にいた仲間たちを散開させる。
少数でこの森への侵入者たちを監視する事にしたようだ。
黙って私は見ていたが、これでいいかとポチは私を見る。
にっこりと笑って頷いてやると、ポチも嬉しそうに尻尾を振る。
その様子は可愛い大型犬そのものだ。
よしよしと頭を撫でていると、私に向かって1匹のリスが木から降りてくる。
ひょいと枝からジャンプして、軽々私の肩に着地したリスの頭に優しく触れながら魔法を発動する。
これはリスの視界を私と共有する魔法である。
リスにとっても私にとっても日常でやっている事なので、なんの混乱も不安もなくお互い信頼しているから、リスはじっとして魔法を受ける。
この子もまた名前を付けた子であり、名をイシュタルという。
他のリスは赤茶色をしているが、この子だけは銀色のリスであり、知能も他の子たちより群を抜いて高い。
そんな彼女(イシュタルは雌)と視界を共有し、彼女が偵察に行っている狼の1匹と行動を共にする事で狼たちの様子を把握するとともに、この侵入者たちの様子も観察できる、というわけである。
問題なく魔法が発動すると彼女は私にペコリと頭を下げると再び木に登っていく。
そして森に紛れて相棒の狼の元へと向かうのであった。
(みんな、ありがとう…無理はしないで。安全第一だよ?)
小さくつぶやくように言った言葉を魔法に乗せて、任意の相手へと届ける。
これできっとこの件に関わっている子たちには言葉が届いたはず。
私一人では大変な森の管理、保全も家族のみんながいるからなんとか行えている。
感謝の気持ちは積極的に言葉にしなければ、伝えたい時に相手がいない事なんて多々あるんだと私は前世で学んだ。
だから、この新しい地ではそんな悲しい思いをしないように積極的に伝えていく事にしたのである。
そのためにこんな魔法まで考えてしまったほどに、大切な事だと私は思っている。
ふと横から押され、見るとポチが私を鼻先で押していた。
そろそろ戻れという事らしい。
全くもってみんな過保護なのだ。
私が守らなければいけないのに、私はみんなにたくさん守られている。
嬉しいようなくすぐったいような感じだ。
ニヤニヤしていると再度ポチが押してくるので頭を撫でてから彼の背中に乗る。
そしてその場を後にしたのだった。
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「…………やはりこの森は何かいるようですね」
自分たちがいる場所から少し離れた茂みがかすかに揺れる。
そこから極僅かな時間、本当に一瞬と言える時間だけ鋭い気配と音が漏れていた。
今そこへ行っても何もいないだろうが…。
「……なぁ、クロード。昔からそういう事言うけどさ、それは私を怖がらせようとしているのか?まったく悪趣味な……」
私は小さくつぶやいたつもりであったが、ウォーテンの地獄耳はそれを聞き取っていたようだ。
私がつぶやくやいなや、傍にいたガタイのいい兵士の後ろに隠れてしまう。
この男は本当に昔から幽霊などの心霊現象をとても怖がるのだ。
私と出会った頃にはこうであったから、それ以前に何かあったのか、それとも小心者なのか…それは定かではないが。
今までにもこんな事は度々ので私はなんの事もなくスルー出来るが、それではこの兵士が可哀そうである。
(全く……手のかかる主だ…)
盛大なため息をわざと見せつけるようにつき、兵士に引っ付いているウォーテンを力技で引きはがす。
地べたに転がったウォーテンを見て、引っ付かれていた兵士はアワアワと目に見えて慌てている。
起こしに行こうとした兵士を手で制し、転がったウォーテンを見下ろしため息交じりに言う。
「ウォーテン様?貴方がそのような様子では彼ら従者に示しがつきませんよ?ここは未知の森です。何があるかもわからないのですから、貴方を守るべくついてきてくれた兵士に引っ付いてどうするのですか。何かあった時に彼が動けず制圧されてしまったり、誰かが命を落とす事になった場合、貴方はどうするのですか?」
ウォーテンが引っ付いたのは護衛の兵士であり、彼の仕事は主であるウォーテンを守る事。
それなのにウォーティンに引っ付かれていてはもしもの時にその力を存分に振るう事は出来ない。
……まぁ私が一人いれば大抵の事は対応できるであろうが、彼には彼の仕事と責任があるのだ。
それを主であるこの男が邪魔をし、結果として最悪の事態になった時、兵士は何を思うか、周囲からの評価はどうなるか。
少し考えれば貴族であれば子供でもわかる。
そんな事をわざわざ言わなければこの男はわからないのだ。
イライラとした様子で私を睨みつけていたウォーティンは、はっとしたように目を見開き私と彼を交互に見る。
そのあと目を閉じて何度か深呼吸をして落ち着きを取り戻そうとしているようだ。
そして落ち着いたのだろう彼は一人で立ち上がると、兵士の彼に頭を下げた。
兵士の彼はこれにもまた可哀そうなくらい慌てている。
本来の貴族であれば、そう簡単にいち兵士如きにこのように頭を下げる事は好ましくない。
貴族としての矜持によって頭を下げる事が難しいという事もあるが、一般的に上に立つものはそう簡単に頭を下げる事は良しとされないのだ。
しかしながら、彼は簡単に頭を下げて見せる。
「……すまん。私はお前の仕事の邪魔をした。何かがある前でよかった。今後私が何か間違っている時は、こいつのように私に指摘してくれて構わない。本当にすまんな。」
(……本当にこの人は…)
謝られた兵士はアワアワしながらもウォーティンの言葉にうなずいている。
また、貴族でありながらもきちんと謝罪出来る事になんとなく好感を抱いている様子が見て取れる。
(これなら少しは私も楽が出来るかもしれないな、今回は…)
士気の上がった様子の兵士らを見て静かに微笑みを浮かべた。
面倒だなぁと思いながらも、私はかれこれ十年以上、彼と伴に居る。
彼の父親に命を拾ってもらった事も一緒にいる一つの理由ではあるが、いくら面倒だと思っても彼から離れる事が出来ないでいる私は、やはり彼が好きなのだろう。
女癖がとても悪く、頭のネジも数本足りない男ではあるが、彼は人好きする性格であるし性悪でもない。
貴族社会には珍しいほど真っすぐに育ったと思う……私とは正反対の彼。
人は足りないものを補おうとする生き物だ。
自分に足りないものを何かで補おうとする。
私にはない素直さを彼は持っている。
それだけではないが、彼から私は離れようとは思わない。
自分が優秀な事はわかっている。
大分幼い頃から、様々な貴族から引き抜きが来ていたから。
引き抜かれた先へ行けば待遇も給与も倍以上になると確約されていた。
だが、他所へ行ってしまったら彼はいない…それどころか敵になってしまうのだ。
そんな事は絶対にしたくないと思った。
幼少の頃から一緒に育った事による感情移入なのか、それとも深い忠誠心からなのか。
自分でも理由はわからない。
けれど……。
(私はこの男を守る為に生き、この命が尽きる時はこの男の為に命を使おう…)
私は心からそう誓っている。
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