森への侵入者
(全く困ったものだ。何故私がこんな辺鄙な…というか、秘境へと送られたのか…。今でも本当に理解できない。)
一人心の中でぼやくのはウォーティン・アッパフ。
金髪碧眼の優男な見た目の彼は、これでもフォーマンス共和国の伯爵位をもつ貴族であり、共和国の騎士でもあった。
そんな彼は数名の部下だけを連れて、共和国首脳らの命令により大森林の調査にやってきていた。
本来であれば、彼のような身分の人間がこのような少人数で、しかも調査任務などに当たる事はない。
しかし彼は現在大森林へ足を踏み入れようとしていた。
それは一重に彼の性格というか、性というか…そういったものの為であった。
貴族社会とはどの国、どの時代においても周囲の人間を蹴落とし自分はのし上がろうとする魑魅魍魎の闊歩する世界である。
その競争社会において彼は色々とやらかしていた。
そもそも彼自身、他人を蹴落として自身がのし上がるといった競争意識はとても低かった。
しかしながら、異性に対する情熱とでも言える意識はとても高く、人のものであれなんであれ、女性という性別であれば誰彼構わず挨拶代わりに口説くのがこの男の性であった。
そのため、彼自身では敵対したつもりはなくとも自分の女が他の男に口説かれ、自分の知らぬ間につまみ食いでもされていようものならば大抵の男性は腹を立てるであろう。
本来ならばしかるべき場所で糾弾されるべき行為の数々を彼は行っていたが、表立ってしていたのは女性たちを褒める、という名目での口説きであり、罪に問われるような事は徹底して隠して…彼の有能な側近たちの手により隠蔽されてきたのだ。
側近たちはウォーティンへ貴族たちが彼に差し向けてきた工作等について全く伝えておらず、何が裏で怒っているのか何一つ把握していない。
そのため、彼自身はそういった貴族たちから敵対感情を向けられている事は全く気が付いていない。
そういった側近たちの努力のお陰で、ウォーテンを罪に問い地獄へ落としてやりたい貴族たちは、その行為の証拠を提示する事が出来ず、泣き寝入りするしかない状態へと陥れられているのであった。
そういった状況であるため、彼にはとても敵が多い。
政敵…性敵とも呼べるが……、そういった貴族たちの陰謀によって彼はこの地へ立っていた。
優秀な側近たちのお陰で彼にとってはなぜ自分がこんな場所にとばされているのか、本当に不可解で仕方ないのであるが。
「……で、ここに入って何かを見て、それを報告すればいいんだよね?でもさ、何があるんだと言うんだろうね?こんなのただの森じゃないか…」
大袈裟なくらいの大きなため息をつき、気怠げに傍の立派な樹木をポンポンと叩き仰ぎ見、ウォーティンは言う。
彼のそばにいる金髪糸目の細身の男がそんな彼に苦笑いを浮かべながらも、自分の主である男の言葉に答える。
「主…まさか首脳たちの話は聞いていなかったのですか?この森はただの森ではありませんよ?」
「えー…?あんな爺たちの話なんて聞いてたら俺の耳が腐って落ちちゃうじゃん。俺の耳は美女たちの美しい声を聴くためにあるんだよ。だからあんなのの話なんて聞くはずないじゃん。」
糸目の男はウォーティンのその言葉に呆れるも、いつもの事であるためすぐに気を取り直す。
「今、この森がある場所は数百年、あるいは千年単位で命の芽吹かぬ荒野だったのですよ。それが突然、数年のうちにこんな広大な森林になってしまったのです。これはただ事ではないのですよ。そのための調査です。」
ウォーティンに呆れながらも丁寧な口調で怒る事なく説明する彼は、ウォーティンの若き執事クロード・レノワールという。
彼はウォーティンと幼馴染であり、幼い頃からずっとそばにいた為彼のしでかす事の大半には慣れ、もはや怒る気にもならないのだった。
しかし、その執事としての手腕は共和国の中でも屈指の実力を持っているとされる。
それはウォーティンがしでかす数々の問題を、彼が主戦力となってもみ消してきた事からもうかがい知れるであろう。
そんなクロードでも今回のウォーティンの様子には困っていた。
(あまりにも彼に内密で色々と成してきた事の弊害か…)
眉間に刻まれた皺を伸ばすように当てた指を揉むように動かしながら再びクロードはため息をつく。
クロードの言葉に未だ納得出来ない様子の主を急かすように押しながら森へと踏み込む事になった彼は、この森でも何かが起きそうだと口に出来ない思いを抱くのだった。
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