第一章-debug 掠め取る者
数を数えるのが好きだ。
モノを数えるのもいいし、単にカウントを続けるのも楽しい。
数えながら反復動作をするのもステキだ。
少し違った数え方を試したり、まったく異なる単位の間に数える要素を見つけられたりすると、しばらくは自分の中で大喝采が起きる。
そういう性分だから、今こうやって同じことを延々繰り返すことも苦ではない。むしろ楽しい。
だけど、今はタイムリミットがある。
朝イチでこの新しいダンジョンに来て、イベント開放前に中へ入り込めた。スタートダッシュは上々だ。後は後続の連中が来る前に、お宝を回収して逃げる。そういう予定だった。
2つ目の宝箱までは順調で、どちらも200回弱の試行で突破できた。
そもそもこのダンジョンはかなり高レベルの設定になってるらしく、宝箱のトラップも高度だし、ロバースキル以外にも魔法の解錠も必要ときてる。まともにやってたら、ノービスクラスの俺じゃ開封だけで日が暮れる。或いは死ぬ。まぁ大体は死ぬ。
だが幸いにというかなんというか、ここは今まさに開発中の世界。あちこちにバグが潜んでいる。この館に入る方法だって、ひとつふたつじゃない。もちろん、正規の手順を踏まない、という意味で。
今、この宝箱に試している方法もそういう不正規、所謂ウラ技のひとつ。
宝箱のオブジェクトへ一定の長さのオブジェクトをぶつけると弾かれるのだけど、当たり判定の侵入角によってはぶつけた方のオブジェクトをめり込ませられる。
そうなったら、後は手持ちアイテムの持ち替えでマジックハンド(名前でなんとなくわかると思うけど、離れた場所のアイテムを取得できるやつ)にすると、中のアイテムをゲットできる。コリジョン抜けの応用というシンプルなウラ技。ご丁寧に、宝箱の中へちゃんとアイテムを配置してあるからこそできるんだけど。
そしてその3つ目、もう倍以上の試行を繰り返しているけれど、これだけはなかなか抜けられない。多分、宝箱の判定が他とは違うようだ。何かのイベント用かもしれない。
ともあれ、やることは同じなので少しずつ角度を変えながら、ショートソードを打ち付ける。リズミカルに繰り返す無機質な金属音が心地良い。
けれど呑気にやってもいられない。正しくやってくる冒険者たちがここに辿り着くのも時間の問題。それは困る。
とか考えてたら、鳴るはずの音が鳴らずスッと刃が通る。すかさず持ち替えてお宝をゲット。よっしゃ。
と、喜びもつかの間。
お宝の革袋を手にするのとほぼ同時に、でかいハーフプレートの戦士が扉を破壊して飛び込んできた。あの扉、壊せるタイプだったのか。
マズイ、もしかして戦闘イベント発生かもと不安に駆られながら恐らく破壊不能の宝箱を盾にした直後、更に盗賊風の出で立ちで華奢な女が何やら絶叫しながら侵入してきた。概ね絶対絶命。ここまで来てる連中に勝てる訳がない。
如何ともし難い面持ちでしばらく対峙してたけど、いきなり襲ってくる風でも増援がある訳でもない様子。それならまだ何とかなる。
まずは両手を使える状態にしてから、グローブを打ち付ける。それでグローブのスロットに組み込んでる魔法が発動する。戦意喪失の魔法だ。片方に1個ずつだから、同時発動で4倍掛け、これも多分重ね掛け処理のバグだけど効果範囲は十分のはず。
正直、相手がプレイヤーなのか、NPCなのかはわからない。聞いた話だとNPCをAIで自律動作させてるらしい。確かにすぐには判別できない位には優秀だけど、そういうめんどくさい仕様を入れるからバグだらけなんだよ、と思った覚えがある。
まぁどちらにしても、警戒BGMが鳴らなくなったから効果はあったみたいだ。さて、ここからは交渉で何とかしなくちゃ。
幸いなことに、さっき拾ったマジックアイテムで装備できないものがあったので、それを交渉材料とすることにした。売価はなかなかのものだったけど、背に腹は代えられない。どうやら女盗賊が興味を示してくれた。戦士の方は警戒はしてないものの、まだ様子見って感じだ。
さっきのウラ技を見られてたらしく、問い詰められそうになる。改めて、女盗賊の警戒レベルも上がった。めんどくさい!
仕方なく伝家の宝刀「すごい短剣」を使う。これもウラ技で作ったものだ。通常、アイテムは強化スロットに制限があり魔石を1~3個までしか組み込めない。そこで、1スロットの安価な短剣を束で所持し、2つの束を合成する。そうするとどうなるか。束ねた分のスロットが1本の短剣に発生する。
本来、束のアイテムは合成できないはずなんだけど、短剣はアイテムとしてちょっと特殊な仕様らしい。そこへ、1個じゃ役に立たないクズ魔石を手に入るだけ組み込む。結果、塵も積もれば山となり、自分でもどういう効果がわからないアイテムができあがる。
つまり、ここで使ったのは博打なのだけど。ちなみに愛称は「おどろき丸」だ。
どうにか戦士は女盗賊を宥め、場を収めてくれた。どうやら「恐怖」の効果でもあったらしい。良かった。本当に良かった。
お互いに敵意がないことを確認し、そこからは一緒に行動することにした。多分、ここにはもうめぼしいものはないだろうし、帰るだけなら支障もない。どちらかというと、他の冒険者に絡まれずに済みそうという算段もある。
広間に降りたところで、戦士からもうひとり仲間が居るという話を聞く。そして、その仲間は広間に在った。
この世界の基本仕様として、死んだものは生き返らせられるというものがあり、蘇生自体は全身麻酔の外科手術程度にはポピュラーなものだ。但し、それには回数制限があり、制限を超えると「腐り堕ち」と呼ばれる状態になり、要は蘇生してもゾンビ化するらしい。その回数はキャラクタに依って異なるようで、多分生成時にランダム決定だと思う。
ちなみに死体の肌の色でその回数は大体判別が付く。見た感じでダメな色は大体ダメだ。
で、その死体はだいぶダメな感じだったけど、あと一回位は問題なさそうだったので、ちょっと試したいこともあり、蘇生を申し出た。実は蘇生キットはとある理由で潤沢に持っていたので、そういう点でも問題ない。
試したいこと、それは「腐り堕ち」カウントのリセット。
この世界では調理という要素もあり、生鮮品には「鮮度」のパラメータがある。これはすべての食品アイテムに共通で存在し、何故か死体のパーツにもそれがある。理由は言わずもがな。
そして、ここで登場するのが鮮度回復系調理アイテム「フレッシュナイフ」
これは市場でも扱ってる位に入手が簡単なので、複数持っていた。
恐らく、仕様の関係で「腐り堕ち」と「鮮度」は共通のはず。
人体パーツは四肢と頭部、胴体の6つに分けられるので、それぞれにナイフの効果を発生させれば、理論上、死体は鮮度ピチピチに戻る。
実践してみて気付いたけれど、頭部にナイフを突き立てるのは、死体とは言えちょっと無理。なので「腐り堕ち」カウントがパーツの平均「鮮度」になることを期待しつつ蘇生。顔色を見る限り、たぶん「腐り堕ち」カウントはマシになったと思う。あと、蘇生時の状態を考えると鳩尾はやめたほうが良かった。いたそう。
ともあれ、今回は物理的にも経験的にも収穫はぼちぼちと言ったところ。
さて、次はどうしようか。