ダメだったようです。
「…………どういうことかしら、クルル?」
壇上に立つクルルに向けてサチコさんが言う。その声はいつものおちゃらけた雰囲気とはまるで別物。
まるで殺気に似たものすら感じる。
「……言葉通りです。サチコさん、私はここを出て壁の向こう側に行きます。お父さんとお母さんを探しに」
「……ふざけてるんじゃないわよね?」
「こんなこと、ふざけて言いません」
会場はさっきまでの歓声が嘘のように静まり返り、2人のやり取りしか聞こえない。
「……なんでこんな急に? 昨日までそんな素振りもなかったじゃないの」
「……昨日、愛斗に言われたんです。『一緒にお父さんとお母さんを探しに行こう』って」
そこで会場中の視線が俺に集中する。し、視線だけで殺されそう……!
「……どういうことかしら、愛斗」
「い、いやその、クルルがお父さんとお母さんを探しに行きたいって言ってたから……」
「どうやって探すつもり? 手がかりなんか何も無いじゃないの」
「い、いや、あるでしょ? あの玉の中の──」
と、そこまで言った時だった。
──ギロッ!
「……ッ!?」
今度ばかりは間違いない。本気の殺気だ。
「……貴方、あれを聞いたの?」
「あ、あれって、クルルが持ってた玉の中の『歌』のことだろ? 別に何もおかしいことは──」
『う、歌!!!!?』
と、会場中がざわめいた。な、なんだ?
『う、歌ってマジかよ……』
『てことは……ここにいるのすら危ないんじゃぁ……』
周りからそんな声が聞こえてくる。いったい、何がどうなって……。
「……クルル。言ったはずよ。『この世界で歌を歌うことは重罪。バレれば死罪は免れない』と」
「…………は?」
サチコさんの言葉に耳を疑った。歌うことが罪? なんの冗談だ?
しかしそれは冗談なんかではないようで、依然としてクルルとサチコさんは真剣に向き合っている。
「……わかってます。でも愛斗は言ってくれました。『世界を敵に回してでも、本気で私の夢を叶えてくれる』って」
あれってマジの命懸けって意味だったの!!?
「……そう」
まずい、早く誤解を解かなくては……!
「ま、待ってくれ2人とも! 実は少し誤解が──」
「……これで、ハッキリしたわね」
と、サチコさんが腰に手を当てたかと思えば、
「──貴方が、上の回し者だってことが」
俺の喉元に、剣の切っ先が突きつけられていた。
「!!!!!?」
「最初から怪しいと思っていたのよ。ガレックスを倒せるくらい強いくせに、普段はそんな素振りも見せない。ガレックスの素材の話をしても理解してないフリをしたり、謎なことが多かったしね」
いやそれ、マジで理解してないだけですから! ガレックスを倒したってのも誤解だし!
というか回し者ってなんの事だ!?
「さ、サチコさん! 誤解です! 本当に俺はアイドルの原石を探してるだけで──」
「その『アイドル』とやらでクルルを誑かしたんでしょ? 挙句にレオナまで引き抜こうとしたらしいし?」
な、なぜそのことを!?
「……言ったでしょ? キミはまだ信用されてないって。怪しいことをサチコに言うのは当然なの」
後ろからレオナの声が聞こえた。それはそうか。レオナからしたら怪しい勧誘をされたら親代わりのサチコさんの耳に入らないわけがなかったわ!
「さぁ白状しなさい。素直に貴方を寄越した輩を吐けば、命までは取らないであげる。まぁ、クルルの歌のことを知られちゃ、二度とお天道様は拝めないと思って欲しいけどね」
それって実質、土の中ってことじゃないの!?
「待ってください!」
と、クルルが俺とサチコさんの間に割り込んだ。
「……退きなさい、クルル。そいつは危険よ。今すぐ処分するべきだわ」
「違います! 愛斗は私の夢を叶えたいと言ってくれました! それに教えてくれたんです、愛斗がいた国では、歌が溢れていると!」
『!!?』
その言葉にざわめきが強くなる。なんで、こんなに歌に対して皆が過剰になってるんだ?
「……その話、本当なのね」
「え、あ、はい! だから別に歌うことが罪だなんておかしいと思います!」
「よくわかったわ。貴方は今ここで、殺す」
「ダメです!」
クルルは声を高々にみんなを静止させる。
「私も愛斗と同じように思ってました、なんで歌うことが罪なんだろうって! そう教えられて、歌っちゃいけないって言われた時からずっと! サチコさんも皆も、誰に聞いたって教えてくれなかった! だから愛斗と探しに行くんです! その理由を、罪ならなんでここに歌があるのか、その意味を!」
「言ったはずよクルル! それを探そうとすることも罪だと! 外に出て歌った時点で貴方たちはお尋ね者! 二度と平穏な生活には戻れないわ! それだけじゃない、歌に関わったここにいる人の命だって危ないの! それはここにいる全員の命をかけてでも知りたいことなの!?」
「……っ!」
その問いかけに、クルルは言葉をなくした。悔しそうに唇を噛んで俯く。
「忘れなさい、クルル。歌のことはキレイさっぱり。そうすれば、あなたはずっと幸せに生きられるわ」
全員がその通りだと視線で頷く。なんだよこれは。なんで、クルルが悪者みたいに言われなきゃいけない。
「……で、でも、でも!」
「……私が甘かったわね。あなたの気持ちを尊重しすぎたばっかりに、そんな夢を見せてしまって」
と、剣の切っ先が向きを変える。その先は──
「……え?」
「──そんなものがあったから!」
──クルルの持つ、光る玉。
「「!!?」」
振り上げられた剣は、止める間もなく真っ直ぐにその1点に向けて振り下ろされる。間違いなく、彼はそれを壊そうとしている。
『この歌が、繋げてくれる気がして』
クルルにとっての唯一の、絆を。
『……世界を敵に回しても、ですか?』
世界を敵に回しても知りたい、父と母が遺した思いを。
『私、愛斗を信じます!』
あの時見せてくれた、あの笑顔を!
──グサッ!
『!!!?』
「……ふざけんじゃ、ねぇ」
気がつくと、俺はクルルの前に出てその剣を受け止めていた。
受け止めきれなかったのか、掌から血が出ている。
「な、何を……!」
「自分がしたいことを我慢して過ごす、それが幸せ? ふざけんなよ、あんた。それでもクルルの母親代わりなのか!?」
「あ、貴方こそふざけないで! 貴方がクルルを誑かさなければ、こんなことには……!」
「違う! きっかけが俺だっただけだ! きっと遅かれ早かれ、俺が声を掛けなくてもクルルは外に出ていったよ! クルルはずっと、それを知りたがっていたんだからな!」
彼女はそれだけ大事にしている。この玉を、この歌を、この思いを。それを、この人は壊そうとした。
「いいか、よーく聞けよ! 知りたいって、好きだって気持ちは、他の人に何を言われたって変えられない、抑えられないんだ! それは他のやつなんか関係ない、自分の思いなんだから!」
かつての自分もそうだった。周りに言われたことがある。そんなものはやめろと、おかしいと、世間ではそんなものは白い目で見られていると。
だから、そんなものはこう言ってやるんだ!
「世界なんか関係ねぇ! 間違ってるってんなら、それは世界が間違ってるんだ! 俺はそんな好きなものを好きと言えない世界なんか間違ってるって言ってやる! クルルの歌が好きな思いが間違ってるって言うなら、その世界を俺が変えてやる!!! そんなものなんかで、クルルの思いを潰させるかよ!!!」
血が垂れた手で拳を作り、自らの胸を叩いて宣言する。そうだ、クルルは間違ってなんかいない。彼女は自ら望んだんだ。
なら、彼女の望みを叶えずして、何がプロデューサーだ。
「…………貴方1人に何ができるの?」
「あらゆることだ。好きって気持ちは、世界だって変えられるんだぜ?」
「……ふっ!」
と、吹き出したかと思えば、
「あはははははははは……!!!」
サチコさんは大声で笑いだした。
「で、デカいことを言うじゃない。小さい体して」
「サチコさんよりでかい人、そうはいないと思いますけどね」
何せ身長は2m近い。こんな人、そうそういて欲しくはない。
「……誤解してたようね。貴方は上の回し者なんかじゃない。もっと面倒臭いものだった」
それ、深く考えなくてもバカにされてない?
「心意気は買ってあげる。でも、無理よ。世界を敵に回せば、貴方なんかすぐに潰されるわ。私よりも弱い貴方では、すぐにクルルと共に殺される。それに、魔物だけじゃなく……」
──バン!
「いやー、なんだか随分と賑わってるみたいじゃないか? 貧民街のくせに」