アイドル勧誘は簡単ではないようです。
「愛斗、だいぶ仕事に慣れてきたね」
「クルル達が丁寧に教えてくれるからな。でもまだまだだよ」
『ガリオン』で働き始めて3日が過ぎた。その間にこの世界のことが少しずつだが分かってきた。
まずこの国のこと。ここは朱音が言ってた通り『ブレイダル』、剣技に重きを置き、『剣こそが最強』と信じる国らしい。
その中でもここは王都から外れた、いわゆる『貧民街』。王都民とここの連中は生活の格差から仲が悪いらしい。
「まぁ、私は元々あっちの出身なんだけどね」
どうやらこの宿はサチコさんが貧民街に来てから作った下宿屋らしく、生活に困ってる子や身寄りが不明な子、訳ありそうな子を彼女(としておく)が引き取り、母親(父親?)として育てているらしい。
「んで……サチコさんのその格好って……」
「あら、何かしら?(威圧)」
「なんでもないです」
なぜ彼がそんな格好をするのかという最大の謎はまだわからないが、どうやら悪い人ではないらしく店員だけでなく多くの客人からも慕われていた。
「……サチコさんが元王都民の人なら、よくこっちの人と仲良くできるな。なんかしがらみが凄そうだけど」
「そこがサチコの凄いところ、だよ」
裏道へゴミ運びをしながらレオナが教えてくれた。
「サチコは最初、皆から拒絶されて、嫌われてたって。本来なら王都の人がこっちにくる理由なんてないもの」
確かにそうだ。なんでわざわざサチコさんは貧民街に来たのだろう。
「レオナは聞いたことないからわからないよ。しかもレオナが生まれた頃の昔の話らしいから、知るわけもないけど」
「……そういうレオナは、なんでここに来たんだ?」
「ここにいる子は皆、身寄りがなかったり訳ありな人が多いから、それを聞かないのがマナーなの」
「あ、なるほど」
確かに言いたくない事を聞かない場所なら、そういう子達も居やすい場所になる。きっと、サチコさんはそれを狙ってそういう風にしてるんだろう。
なら、これ以上様子を見ていても無駄だ。この際、言ってしまおう。
「なぁレオナ」
「何?」
「アイドル、やってみないか?」
「……あいどる?」
ゴミを捨てて戻ろうとしていたレオナはこちらに向き直る。
「そう、アイドル! 俺はアイドルになる人を探してこの街に来たんだ!」
「……その、あいどる、ってのが何かはわからないんだけど、何するの?」
「今の仕事と似たようなもんだけど、皆の前で歌って踊って、みんなを笑顔にする仕事だ!」
「…………」
レオナの表情は変わらない。
「……それ、今の仕事と何が違うの?」
「全く違う! みんなも楽しい気持ちになるし、何よりレオナが楽しいと思えるって!」
「……レオナが?」
少し考えてから、レオナはまた口を開いた。
「……それって、簡単に出来るの?」
「簡単……ってわけにはいかないだろうが、やり甲斐はあるはずだ! 達成感だって──」
「じゃあレオナ、やらない」
と、急にレオナは話を切り上げて踵を返してしまった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
俺は慌ててレオナを通せんぼする。
「……レオナ、まだ仕事中だよ?」
「わ、わかってる! でも、もう少し考えてくれないか? きっとレオナも楽しいから! 絶対に後悔させない!」
「……ねぇ、愛斗。さっき言ったよね。『ここにいる人は、何か訳ありの人が集まってる』って」
「あ、あぁ」
「それってね、それぞれ大なり小なり苦労してここにいるってことなんだ。もちろん、レオナも」
「……っ!」
「そんな人が、わざわざ苦労したいなんて思うと思う?」
言われて俺自身の認識を理解する。
そうだ、向こうの世界ではリアルでも2次元でも、山のようにアイドルがいた。
でも、それはその前に『アイドルに憧れて自ら志願する』ことが大前提。
さらに『アイドル』と言えば理解される向こうと違い、こっちではアイドルは得体の知れない職業。そんなものに苦労してなろうなんて、誰も思わない。
「愛斗はここで何かやりたいみたいだけど、はっきり言ってキミはまだ誰にも信用も信頼もされてないんだよ。そんな人の誘いを受ける人なんて、誰もいないと思う」
そう言って去るレオナの後ろ姿に、俺は何も言えなかった。
✩
「……そう、だよな」
その日の夜、俺は自室のベッドに寝転びながらレオナに言われたことを反芻していた。
考えが甘かった。この世界は間違いなく俺がいた世界よりシビアで、人々が辛い思いをしている世界。
そんな自分のことで精一杯な世界で、他の人のために何かをやりたいなんて思う人間が珍しいなんて、少し考えればわかる事だった。
「……どうすっかな」
思ったよりこの状況は絶望的だった。アイドルを作りたくても、なりたいやつが居ない。アイドルはどういうものか伝えたくても現物がいない。
「万事休す、か」
早くも詰み始めた現状から目をそらす為に、俺はそっと目を閉じた。
………………。
………………。
………………ん?
「……今のは?」
何かが聞こえた気がした。懐かしいような、でも確かに知っている。
そうだ、今のは間違いなく……。
「!!!!?」
瞬時に覚醒、俺は急いで自室をとび出てその『声』の先を探す。
下ではない。感覚では、
「上!」
窓を開けて上を見上げると、確かに小さく聞こえてくる。
「っ!」
俺は全力を振り絞り屋根によじ登る。なんとか登りきった先に、
「……へ? あ、愛斗さん?」
ステージに置かれていた光る玉を持って座っているクルルが、そこにいた。