俺は異世界転生をするようです。
──その日は、とてつもなくツイていなかった。俺は後にそうボヤくことになる。
「はぁ……はぁ……!」
俺、神楽愛斗が高校を卒業して4年が経つっていうのに、まさか大雨が降る街中を徒競走並の全力疾走する羽目になるなんて思わなかった。
しかもそれが社会人になってからどハマりした『声優アイドル』のためなんて言ったら、高校の頃の俺はどんな顔をするだろうか。
「くそっ……なんでこんな日に限って……!」
俺の就職した会社は本来なら土日祝日は休みのホワイトなハズだったし、実際普通の時はそうだった。
しかし、その日に限って午前中からの休日出勤を頼まれたのだ。しかも、社長直々とあって断れない。
それでも無事に仕事をこなし、夕方からのライブには間に合うはずだった。
そう、間に合うはずだった。
「なんで……電車が止まりやがるんだよォ!」
この嵐のような夕立の落雷と突風で電車が目的の2つ前の駅で完全停止。公演開始30分前にして復旧の目処が立たず、突然の雷雨のせいでタクシーもバスも大渋滞。会場まで走った方がマシなのは火を見るより明らかだった。
「あと……10分!」
命を燃やしながら携帯のナビ機能に従って走り抜ける。これが最短距離。それでもまだ間に合わない。そんな状況が、
「……ここって」
──俺の運命を変えてしまったのかもしれない。
「横道?」
ビルとビルの間、細く抜けられそうな道がある。これは道を示すナビには出ない通路。しかも、2つ先の道路まで繋がっていれば……間に合う!
「いける!」
迷うことは無かった。細い道を駆け抜け隣の道に抜ける、このままあと1つ隣まで行けば──
「──ッ!?」
そう考えた道の先で、俺は見てしまった。今俺がいる細い道から大通りに走っていく別の人影を。
そしてその人も急いでいたんだろう、その交差点の先にライトを付けた車が死角から接近していることに気づいていないようだった。
このまま交差点に出れば、あの人は轢かれる。
「っ!」
刹那、体が勝手に動いたと言っていいと思う。俺はなにか考える前にその人に追い付き、手を引いて細道へ引き戻し、
──そして俺は、その人の代わりに大通りへと放り出された。
✩
「………………死んだ?」
「まぁ、はっきり言うとそういうことじゃのう」
そう言って目の前の白服のじぃさん──世間で言うところのいわゆる神様は、手に持ったお茶をゆっくり飲み干した。
どうやら俺は、あのまま車に轢かれて死んだらしい。即死だったという。
「安心せい。お主は真っ当に生きておったし、最後は人助けをして死んだんじゃ。天国行きは間違いない」
「……その天国ってのは、どういうとこなんだ?」
「いいところじゃよ。毎日遊んで暮らして勉強して昼寝できる。少々修行もあるが、それは次にもいい魂として次の世界に生まれる準備みたいなもんじゃ。なーんにも心配は」
「…………アイドルは?」
「……は?」
「アイドルは……いるのか?」
じぃさんは困った顔をして、傍にあったちゃぶ台の上の資料に目を通す。
ちなみに今いる場所は和室にちゃぶ台、古き良き日本家屋のような場所にいる。
「アイドル……君は生前、18から友人の勧めでアニメにハマり、声優アイドルにハマったらしいの」
「そ、そうですよ! 彼女のライブを、ライブを見ることは出来ないんですか!? せめてそれだけでも……!」
「残念じゃが、死んだものは二度と現世には干渉できない決まりでの。申し訳ないが聞き入れることは出来んのじゃ」
「……!」
言葉を失った。もう二度と見ることは出来ない。彼女の演技も、ダンスも、歌も、
──その、笑顔も。
「まぁ大丈夫じゃて。天国にも可愛い子はおるし、楽しく暮らせ……ってどうしたんじゃ!?」
気がつくと、俺は涙を流して俯いていた。
そうか、もう二度と、見ることは叶わなくなった。もう、二度と……。
「お、おい神楽愛斗君、大丈夫かね? 気分が優れないのか?」
「…………神様、俺を地獄に落としてください」
「なんじゃと!!?」
ビックリしているようだが、俺にとって彼女達アイドルの存在は生き甲斐そのもの。
それが消えた世界で普通に生きろというのは、ある意味拷問に近い。
「か、考え直すんじゃ! 地獄に行けば毎日重労働を課され、死ぬほどキツい目にあうんじゃ! 本来はそうしなければ治らない魂が行くところであって、君のような人が行く場所では……!」
「いいじゃないですか、死ぬほどキツい労働。それなら一時でも忘れられるかも……」
もはや希望はない。俺に残された道はどうやって彼女達のいない世界で過ごすか、ただそれだけ。
「こ、これは思ったよりよっぽど重症じゃな……」
困り果てた神様は、唐突に思いついたように手を打った。
「そうじゃ! そこまでの思いがあるなら愛斗君、君に頼みがあるんじゃ!」
「……頼み?」
その神様の頼みを要約するとこうだ。
どうやら、俺のいた世界とは別の世界。そこでは『アイドル』はおらず、人々が生きる気力を失い希望を見いだせない者達が多くいるという。
しかも何回もその世界を救うため神様があれやこれやしたが上手くいかず、諦めかけていた。
その世界を『アイドル』の力で救えたなら、俺の望みを叶えてくれるという。
「なぁ……それって」
「あぁ、世界を救うほどの活躍をしたものの願いじゃ。他の神とて無下には出来ないじゃろう」
つまりは、その報酬に見合った活躍を見せろ、そうすれば世界の決まりだってねじ曲げられるかもしれない、ということ。
「もちろん簡単なことではない。しかし、だからこそ君の無茶も受け入れられるはずじゃ」
それはつまり、元のアイドル達がいた世界に戻れるということ!
「やる! やってやる! 俺がその世界を『アイドル』の力で、笑顔が溢れる世界に変えてやる!」
『アイドル』の持つポテンシャルとパワーは他ならぬ俺がよく知っている。多くの人の希望となり、必ず世界を救える。俺はそう確信していた。
「ふむ、ならば行くが良い、『プロデューサー』神楽愛斗よ!」
そう言って杖を天にかざすと、俺の体が宙に浮いて光の門が開かれる。
「えっ、ちょ、ま! まだ何も説明されてない──」
「あっちで君の事について説明役も用意しておく。それと、『君にお似合いの能力』もな」
「な、なんだよそれって!?」
「それは、言ってからのお楽しみじゃ」
──瞬間、俺の体は強い光に包まれた。