エピローグ【酸いも甘いも】
街の在りかたが変わった。
教祖とそのパートナー二匹の心の変化だけで明確に。
私たちには街の人たちに、彼らのしたことを告発する権利もあったけれど、結局それは選択しなかった。せっかくワールドアナウンスまでされたんだし、終わりは良いもののほうがいいだろう。
きっと隠しエンド分岐みたいなことができるんだろうけど、わざわざ苦しむ姿なんて見たくないもんね。そういうのはいろんなパターンを記録してる実況者の方々に任せよう。
彼らの日常はほとんど変わらない。
街の人々は彼らの罪を知らない。
ホオズキさんが、本当は共存者ではなかったことも、忘却を受け入れない人々を監禁していたことも、なにも知らないまま街は正常に動いていく。
ただほんの少しだけ、前を向くために悲嘆や苦しみも必要だとホオズキさんたちが理解を示して教義を緩めたくらいで。
「忘れたくないと思ったことは忘れなくても良いと、きちんと教えることにしたんです」
「そうですね。この街では、長らく忘れてしまうことで心への向き合いかたを放棄していたようなものでしょう。もう一度それを思い出すのには時間がかかるかもしれませんが……」
穏やかに笑うホオズキさんの横に立ち、返事をする。
一度忘れたことを再度学習していくことは難しい。なまじ忘却してしまえるという楽な道がある分、ときには反発を生むこともあるだろう。けれど、そうして生きていくのが普通なのだ。
閉ざされていた街に訪れる人が増えれば、そのあたりの価値観も擦り合わされていつかは正常に戻っていくだろう。
私たちはこの街の常識をぶち壊した責任として、その行く末をのんびり眺めていこうと思う。
「まずは、このお屋敷以外にも旅館のようなものを作ってはいかがでしょう? 外の人を呼び込んで観光させてあげるといいと思うんですよね。この街のお花はとても綺麗ですから」
「ふふ、美しいでしょう? 俺もお気に入りなんです。そう言ってもらえると嬉しいですね。俺だって、この街のことは本当に愛していますから」
薔薇の美しい街ノーレン。
憂鬱が支配していた形跡はもうどこにもなく、レーティアやヒュプノスも魔獣として変に進化することもなく、平和に終わってくれたからなによりだ。
竜宮城では『嫉妬』を象徴するリヴァイアサンの介入があり、天楽の里では『憤怒』を連想する強制的な進化が起こり、海城での出来事は憤怒や嫉妬に似ているけれど、その実質は『怠惰』の結末。リチョウは『強欲』だろうか。いや、『正義』かもしれない。彼だけはそうとしか言いようがないんだよね。果たして正義を大罪として数えていいのかは分からないけれど。本来は美徳のほうのはずなんだけどな。
いずれにせよ、七大罪についての事件がストーリーの端々に見えることから、今回の『憂鬱』の街という名称は気になっていたのだ。憂鬱は七大罪のうちのひとつとして入ることがある要素だ。
ペチュニアさんとシルヴィの件も『憂鬱』に相応しかったと思うけれど、どっちがどっちか分からない。公式で厳密にどう、って公表されているわけじゃないからね。
ノーレンの街では帝国の介入がなにかあるかと思っていたけれど……それはなかったみたいでなによりである。
残りの傲慢は推定、ショタ皇帝だろうし、色欲はリンデさんかなあ、と予測を立てているが果たしてどうなのか。
暴食もまだなことだし、なんなら大罪でいえば『虚飾』とかも見たいよねなんて思う。今回の件は結構虚飾も該当していたような気がするけど、虚飾っぽかったのはホオズキさんであってレーティアたちではないから違うかなって……。そう考えると、ホオズキさんにさえ忘却の水を使って『永遠に変わらない』ことを望んだのは暴食と言えなくもないような……? うーん、分かんない!!
もしかしたら、最後のひとつは共存者……プレイヤー側で起こります! とかもあるかもしれないからね。さすがにないと思いたいけれど。
七つの美徳の進化とかは見たい気もする。探している人とかいるのだろうか?
思考が散らかってしまったが、ともかく今後もそういう要素のあるシナリオを見つけることができたらいいな、と思う。緩くて楽しいイベントやシナリオもいいけれど、たまにはガッツリしたものも見たいからね。
「今日は一日、忘却しない日としました。これで少しは変わると良いのですが」
「いきなりやめるのは難しいでしょうし、とりあえず儀式は週一とかの頻度にしては?」
「簡単に言ってくれますねぇ」
「私はあくまで外野の立場なんでなんとも……すみません」
「いえ、少しずつ頑張ってみますよ」
街に花吹雪が舞っている。お祭りをやるらしい。
フローリアたち、薔薇頭の聖獣たちが街を練り歩き、籠に入った花びらをまきながら行進しているのだ。花びらを拾って押し花にするとご利益があるとかなんとか、今まで一切なかった風習でも教祖たる彼が言えば、すぐさま古くから伝わる行事のように執り行われるのだ。教祖というやつは末恐ろしいものである。
「……私みたいな配信者も教祖みたいなもんか」
「? どうかいたしましたか」
「いえ、なんでもないです」
そもそも、私が配信を始めたのはうちの子たちを信仰してもらうためだ。ダメすぎる。人のことなんて言えないねこれじゃあ。私がわんって言えっていったらコメント欄がワンとかニャーで埋まったりするのだろうか。
……遠くでハインツさんとグレイスが街の中、食べ歩いている姿が見える。あの人が悪役だったなんてもう誰も分からないだろう。それほどに仲睦まじい様子だ。
「酸いも甘いも人生のうち。受け入れて生きていきたいところですね」
ふふん、いいことを言ったな。なんて思っていると、すぐさまコメント欄で『じゃあエレヤンの称号も受け入れるって、コト!?』なんて言葉が目に入って眉を寄せる。おでこに怒りマークでも浮き出てきそうな気持ちだった。とっくに受け入れてますよね!? 視聴者も視聴者で何回そのネタを擦るんだ!!
「ホオズキさん」
「はい」
「アドバイスは受け入れてくださいますか?」
「ええ、まあ、あなたのアドバイスであれば」
「そうですか……」
街についていろいろお話できる権利が私には、ある!
これは天楽の里もそうだけど、街の発展などの方向性はある程度こちらでも口出しできるということだ。
なので。
「聖獣や神獣、パートナーたちを全員呼んで遊べるお庭付きの豪華なお部屋プラン付きの旅館……とか、どうですか?」
欲望まみれの提案は、無事受理されました!
アカツキたちには呆れられちゃったけど、全員召喚できるっていうのは、みんなにとっても歓迎できる要素だったから、反対はもちろんされませんでしたとも!
5月15日にサーガフォレスト様にて、待望の神獣郷小説版第1巻が発売されます!
範囲はライジュウ戦までです。
新規書き下ろしの短編特典ssをそれぞれの書店に合わせて三本ほど書きました!
よければ手に取っていただけると幸いです!!




