あなたにしかできない
魔獣と化したレーティアとヒュプノスが私達を見ている。
ホオズキさんの元へ駆け寄っていくたびに。膝から崩れ落ちて呆然とレーティア達を見つめるホオズキさんの元へ足を進めるごとに。鋭い眼光が私達を捉えてその足を止めようと攻撃を仕掛けてくる。
「っく、このままだと説得するにも近づくだけで一苦労ですね……!」
その視線が私にだけ注がれていることを確認して、私はアイテムボックスからホオズキさんの日記を取り出した。
「ハインツさん」
「は、はい!?」
走りながら彼の胸に日記帳を押しつける。慌てて受け取ったのを確認しながら、私はオボロを呼んだ。
「オボロ」
「ウォンッ!」
後ろから身を低くしながら滑り込んできたオボロにそのまま乗り込む。
「レキ、ハインツさんを守りながら説得の助力をしてあげてください。私達はあの子達を引きつけておきます。スカウトは……ホオズキさんにしてもらわなければなりません。ホオズキさんの説得は同じように過ちを犯したあなたにしかできません。ハインツさん、グレイス、頼みましたよ」
「え、ええ!? 一緒に行ってはくれないんですか!?」
「攻撃を避けながら楽しく説得できるならそれでもいいんですが、そうもいかないでしょう。ハインツさんはこういう戦闘慣れていないでしょうから」
「確かにそうですけど!」
「大丈夫です、見守っててあげますから! ファイト!」
ウインクをひとつ残してオボロに乗ったまま横に逸れていく。
案の定レーティア達の視線は私に向かっているようだ。このまま戦闘にもつれ込んで私はただ、避け続けるだけ。いけるいける。ハインツさんなら説得成功させてくれるだろうし、それまでの間頑張って踊っていればいいだけだ。
ギミック不明の初見ボスより、攻略の糸口を掴めている今の状態のほうがいくらかマシだし、その状態なら待つのは容易い。
カメラを一個ハインツさんについていくように設定して、配信画面は二分割。自分も配信画面を見られるようにオボロの背中で操作しつつ、手を振った。
ハインツさんは唖然としていたが大丈夫だろう。彼ならやってくれるはず。
立ち止まっている彼の尻がさっそくレキのツタで叩かれて走らされているが、グレイスも許してくれているし、いけるいける。レキが遅いからハインツさんの腰にツタを巻いて引きずらせている場面なんて見えません。
重りが増えてなんだかタイヤを引っ張る筋力トレーニングみたいになってるな〜とか、そんなこと思ってませんよ!
チャカチャカとオボロの走る音。
風を切るアカツキの羽音。
そして「シャルル」と耳元で低く鳴くシズクの呼吸音。
全てを連れて魔獣の元へ。
レーティアがヒュプノスを巻き込むことも厭わず大きな川の波を発生させ、ヒュプノスは炎の矢を放つ。
私たちに向けて放たれる全体攻撃が多めで、バラバラに避けたりまとまったりしながら彼女達の周囲を走ってまわる。
こういう戦闘の場合、周囲を円状に走るのが一番効率がいい。そして、私たちが攻撃をする必要はない。スカウトする必要もない。
私たちが引きつけている間に、ハインツさんがホオズキさんの説得を成功させてくれれば良いのだから。
「お願いしますよハインツさん、グレイス」
攻略のための行動をはじめて私達は放棄した。
はじめて自分の手を離れる物語の舵に、強く不安に駆られる。
似たようなことはユールセレーゼのときにやったが、それを他人に預けるというのは割合勇気がいる。配信をやっているから尚更。自分でやらないという決断は、視聴者達も困惑させてしまう。視聴者達は『私達』を見に来てくれているのであって、NPCを見たいから来ているわけではない。だからちゃんとカメラを二分割にしているわけだけど、本当なら私が華麗に事件の解決をするところを見たいんだろう。
それでも、彼らが相応しいと思ったから見守ることに決めたのだ。
こういう選択をするのも私である。
今まで私のファンとしてついてきてくれていたのなら、私がどれだけNPCを本物として扱っているかどうかは分かるだろう。なにより、NPC同士で解決してくれたらそれはそれで熱い展開だ。
レーティアの尻尾が迫ってくるのをオボロがジャンプで避ける。
スカウト攻撃はしない。できない。だから全て避けるか、遠距離攻撃だけスキルで撃ち落とすことになる。
「アクションゲームみたいで楽しいですね〜! テンション上がります!! VRじゃないアクションゲーム苦手だけど!!」
『う、嘘つき……』
『ひえ』
『そんなことある?』
『VRでアクションできるのに手を動かすだけの非VRアクションが苦手ってどういうことなの……』
『普通逆なんだよなあ』
『天楽の里のときも思ったけど死にゲーでも楽々やってそうなのにな』
本当の話なんだよなあ。
今度オフゲームの実況でも息抜きにチラッとアップしてみるか? 私がどれだけダメダメなのかを教えてさしあげよう。
「わっと、アカツキありがとうございます」
「クルルルルルゥ!」
飛んできた炎の羽根を、同じくクリムゾンフェザーで撃ち落としたアカツキが私達の周囲を旋回する。
オボロの上でみんなにバフを盛り盛りかけながら配信カメラを見る。ハインツさんはどうやらホオズキさんのところに辿り着けたようだ。
「シャアオオオオオオ!」
今度はレーティアのアクアブラストをシズクのアクアブラストが真っ向から打ち破る。やっぱすごいなあ、うちの子達は。
こっちの回避効率は盤石。少しくらいハインツさんのほうを見ていても大丈夫そうだ。
そうして二分割された片方の画面を見てみると……。
「ホオズキさん、あんたは忘れてしまっているみたいですから、僕が教えてあげますよ。これ、あんたのでしょう」
「……それ、は…………?」
覚えがあるような、ないようなという顔で掲げられた日記帳を見るホオズキさんの目の前で、ハインツさんは適当にページを開いた。
「ここにはあんたの記録がずっと続いている。最初は詐欺に利用するためにレーティアやヒュプノスを助けたこととか、でも、だんだんと絆されていったこととかです。思い出せないのなら、思い出させてあげましょうか」
「な、なにを……」
「ええ〜……と、【レーティアは随分と大きくなった。今では俺に巻きついて甘えてくるから仕事の邪魔になるくらいに。でも、なぜか嫌な気はしない。あのひんやりとした鱗に包まれているのに、なんとなくじんわりとあたたかい気がする】」
なんと、人の日記帳を覚えていないからって目の前で読み出した彼に、ホオズキさんの顔に一気に朱が浮かんだ。
「待っ」
「え〜、【ヒュプノスに慕われるのも悪い気はしない。言語の教本を読んで日に日に喋りが上手くなっていくのを見るのは結構やりがいがあって楽しい】……」
つらつらと無慈悲に読み上げるハインツさんを、ホオズキさんは止めることができないでいる。なぜならレキが動かないように背後からツタで拘束しているから。
あ〜……なんというか、思っていたよりもこう……心が痛むというか、うん。
「お、いいこと書いてありますね。【虚像でもいい。俺はこいつらと幸せに暮らしたい】ですか。僕も随分悪いことしましたけど、あんたもなかなかですね」
そしていちいちハインツさんが感想をつけていくからか、なおさら可哀想になってくる。誰だよ彼に任せたの。
『でもさ、説得を実行すんのがケイカちゃんでもああしてたよね?』
それは、そう!
「あはは、なんのことやら」
ハインツさんの読み上げはたんたんと続いていく。
【一人の女に言われた「レーティア達が寿命で亡くなったとして、あなたは悲しいからってそれを忘れるの? そうしたら彼女達との思い出も、全て記憶から消えるのよ。それでも良いと思うの? それでも幸福だって笑えるの?」って】
【想像してみた。あいつらが亡くなったとして、水を飲んで全て忘れたとして、俺の記憶がどうなるか。
俺の隣にはいつもあいつらがいた。
共存者でもないのに慕ってくれたあいつらのおかげで俺はやってこれた。
その記憶の中のあいつらが全部、全部白く塗りつぶされて俺が一人きりになる。
どうしてこんな事業始めたのかもきっかけは忘れて、なにに支えられて生きていたのかも分からず、どうして俺が改心してただの詐欺師から宗教家になったのかすら忘れて、記憶が穴だらけになる。
忘れ去るには、あいつらは近くにいすぎた。
穴が空いた記憶にうっすらとした疑問をその後ずっと抱いて、もやもやしながら生きることになるだろう。
どうして忘れてしまったんだろう。パズルのピースの最後の一つをどこかになくしてしまったようなもどかしさをきっと覚えるだろう。
想像して、ようやく分かった。
俺は他人様を踏み台にして生きてきた。これからもずっとそうして生きていくのだと思っていたけど、あいつらと会ってちょっと考えが変わっていたらしい。
俺がやっていることは間違っていたんだ】
ホオズキさんの顔色がどんどん変わっていく。
「魔獣になっているレーティア達を見てどう思いますか? あのままなりふり構わず周囲を攻撃し続けて、そして力尽きてしまったらあんたはどう思うんですか? それであいつらがいなくなったとして、あんたは気持ちを切り替えて忘却の水を飲めるんですか? 僕は……絶対に無理です」
なにかを言おうとして、でも言えない。
そんな顔でホオズキさんが私達のほうに目を向けている。
「僕も罪を犯しました。それでもグレイスは僕を好きでいてくれた。グレイスはずっと僕のことを理解してくれていました。グレイスが僕にしてくれていたように、今度は僕も彼女のことを理解してあげたいと思っています。あんたも、彼らに伝えてやってください。どうやら自分達の立場にたとえて話さないと分かってくれなさそうですから。それに、きっとあんたの言葉しか彼らは聞いてくれない……僕らの言葉じゃ、彼らを戻すことはできないんですよ」
「しかし、私は共存者では……ありません」
自信なさげに俯いて話す言葉に、ハインツさんは困ったような笑みを浮かべる。
「それがなんですか? 共存者の証のある僕だってグレイスにひどいことをしました。証にバッテンがついている人だってたまにいます。それでも、もう一度分かりあうことはできるんです。証がなくってもあなたは彼らとともに生活をして分かり合って共存者みたいに生きてきていたでしょう」
そして手を差し出す。
地面に座り込んで泣きそうな顔をしているホオズキさんに。
「昔の取り決めがなんだっていうんですか。共存者でなくとも聖獣と分かり合えるって証明してくださいよ。はじまりの共存者は、証なんかない時代に聖獣と手と手を取り合って証明したんですよ。太陽の神獣に」
ホオズキさんが顔を上げる。
確かにそうだ。今の共存者の証は、アインさんが太陽の神獣に舞を納めて人と獣の友情を示したからこそ、人に生まれつき現れるようになった証明書みたいなものだ。最初から取り扱いができると保証されている免許証的なものであって、それを後から絶対に取得できないとは限らない。
「アカツキ、太陽を見せてあげましょう」
「クルルル……!」
「グレイス、アカツキと一緒に天を目指すんです」
「ピュルルルルリィ〜!」
ヒュプノスの張った理想世界のフィールドはもう壊れかけだ。
なら、完全に打ち壊してしまうのみ。
天高く空を登っていくアカツキとグレイスが、割れかけの結界を目指す。そして螺旋を描くように飛んでいった二羽がヒビの入った結界を攻撃したとき、ガラスの割れるような音がして完全に結界が崩れ去った。
暴れ回るレーティアやヒュプノスはそのままに、隔離されたフィールドは洞窟の中に戻って、その天井にさらに大穴が空く。
――大穴から、太陽の光が覗き込んでいた。
太陽の光を眩しそうに見つめて、ホオズキさんがハインツさんの手を取って立ち上がる。
そして、両手を組んで太陽を仰ぎながら目を閉じる。
はじめて彼はエセ宗教の教祖としてではなく、一人の人間として太陽に祈りを捧げた。
「私は……間違っておりました。もはや昔の罪は洗い流せませんが、この気持ちだけは真実です。私は、ヒューとレーティアに戻ってきてほしい。ケイカさんにではなく、私の手で、癒してあげたい。彼らがいつも、私にしてくれていたように」
たとえ許されなくても、たとえ共存者の証がなくとも、太陽に対して決意を表明する。
そして祈りの手がうっすらと光を帯びた。
薄くてほとんど見えないけれど、確かにそこにはわずかな浄化の力が宿っているように見えた。
「奇跡は起こすものですよ。そうですよね、太陽の神獣さん?」
画面越しじゃない。
私は躍動するオボロの背中でその光景をしっかりと目にした。
そして笑ってオボロに指示をする。
「迎えに行きますよオボロ!」
「ウォンッウォンッ!」
体の大きいオボロなら二人くらい大丈夫。
そう信じてハインツさんとホオズキさんに向けて駆けた。
「ようこそ共存者の世界へ! 歓迎しますよホオズキさんっ! 手を取ってください!」
「え!? は、はい!」
そして通り過ぎざまにホオズキさんの手を取ってオボロの背中に攫う。
「僕は!?」
「積載量制限で無理ですごめんなさい!」
置いていかれたハインツさんが呆れたように笑うのが見えた。
「いいですかホオズキさん、その手で彼らの心を癒してあげるのが重要です。つまり抱きつきにいってもらいます。勢いよく突っ込んで射出しますからね、覚悟しておいてください。これはあなたにしかできない方法ですよ」
「………………え?」
ホオズキさんは「早まったかな」という顔をして固まった。
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
12月はものすごく忙しく……更新が大幅に遅れたことをお詫び申し上げます。
そしてお知らせです。
長らくコミカライズのみでした本作、「神獣郷オンライン」が文章のほうも紙の本になることが決定いたしました!
何年越しの夢でしょうか……内容はコミックの1〜4巻までと同じくライジュウレースまでです。
何月に発売になるかはまだ決まっておりませんが、今年刊行となるはずなのでどうかお待ちください。




