みずのなかにいる
扉の中の中間地点。さてどうしようかと悩む。
確か次の階層は、海の上の船が舞台……だったか。スレで見たときもそれ以上のことはなにも書いていなかったが、多分水辺がメインで探索する場所になるだろう。
それなら、多少入れ替えをしておいたほうがいいかもしれない。
「次は水の上のステージのはずです。入れ替えましょうか。アカツキ、オボロは残留。レキをシズクにチェンジ。それから、ザクロをシャークくんにチェンジです」
「承知……した」
「ぴゅい!?」
レキは慣れているので潔く返事たけれど、ザクロはまだまだ甘えたいようでショック! という声を上げる。声というか、鼻息だけれども。
「水のステージですから……ね?」
「……ぴぃ」
渋々と納得したようにザクロが頷いて、その頭をペタペタと撫でる。すり寄ってくる彼女のこめかみの辺りを指でかいてから、離れて入れ替えを選択。私は手を、彼女は尻尾を、レキはツタを振ってお別れした。
そして、陣が現れてその中からシズクとシャークくんが現れる。
すぐさま私の首に登ってくるシズクと挨拶しながら、念のためシャークくんの装備を見てちゃんと海で泳げるようになっていることを確認。
手持ち無沙汰になってシャークくんの頭を撫でつつ、アイテムや全員の装備を確認。体力も今のところ削れることすらなく進めている。まさに順調と言えるだろう!
指折り数えて全て慎重に確認を終えてから、目の前で座りながら待つ全員に宣言した。
「よし、行きましょうか!」
準備は万端……の、はずだった。
◇
隨ャ荳? 、
◇
ふわふわとする。
目の前を気泡が通り過ぎていく。
下に向かって気泡が落ちていく。
口からごぼりと泡が溢れ出て、全てが落ちていく。
「……っ、……っ!」
違う。
……違う。泡は下に落ちているんじゃない。
泡は、空気は上に昇っていくものだ。
そうしてようやく気がついた。
自分が逆さまになっているから、泡が下に落ちていくように見えているのだと。
だから、正しい表現はこうだ。
気泡が昇る。
暗い、ただひたすらに暗い海の中を、ふわりふわりとクラゲのように昇っていく。
まるで星のない夜空のようだった。
突然の浮遊感と全身を包む海水に理解が追いつかず、暗い水の底で手がもがく。
きっと、身を引き裂くかのような冷たい海の中なのだろう。耐寒装備であるにも関わらず、じわじわと体力が削れていく。自分の『息』を表す海の中限定のメーターもまた、じわじわと下がり続けている。
まずい。非常にまずい。まさかそのまま海の中に出るなど、誰が思うだろうか?
ごぼり。
どんどん呼気が漏れて体力が削れていく。
幸い痛みや本物の呼吸困難になったような苦しみは襲ってこない。これがゲームだからだ。けれど、それはそれとしてパニックにならないかどうかと言うと、それはまた別のことだ。
「……っく、ぁ」
急いで手で水をかきながら、自身から漏れていく気泡を追っていく。気泡さえ追っていけば、そちらに水面があるのは間違いない。
しかもなにがまずいって、近いところに皆がいないところだ。
扉を潜ったらランダムな場所にでも排出されるのか? 無駄に殺意の高い初見殺しに憤りを覚えつつ、必死で水ををかきながらメニューを呼び出す。
皆のステータスを呼び出し、確認する。全員、いやシャークくん以外はじわじわと体力が削れていっている。その上、アカツキやオボロは『恐怖』の状態異常に『混乱』の状態異常が上乗せ。
肩の上にいたはずのシズクさえ近くに見当たらなくて、一人で宇宙に放り出されてしまったかのような昏い不安に襲われる。
自分のステータスにも『恐怖』の状態異常を確認し、よりいっそう「このままではまずい」と思う。
「っぐ……」
ごぼり。
口から気泡が漏れていく。どんどんと漏れていく。
あえぐように口をはくはくと動かしては、気泡が漏れていく。早く、上へ、上へ。泳ぐたびに羽織りがゆらゆらと揺れて重たく動く。今すぐ水着に装備を変えるか? いや、そんなことをするより、早く上に向かって泳いだほうが……色々な考えがよぎっていって手が止まりそうになる。
まずい、まずいまずいまずい!
このままいけば全滅する可能性すらある。本当にまずい!
あ、そうだ笛!
笛で海楽の演奏技術を使えば状態異常は治せる……が、息に関してはまったく解決しないな!? よろしくない、よろしくないぞ……。
しかし、入れ替えをしておいて良かった。
ザクロやレキは重たいほうだし、なによりこんな状況になったら、特にザクロはパニックになって沈んで行ってしまいそうだ。
それに、私達だってシャークくんがいなければ多分本気で『詰み』だ。
シャークくんが早く私達を回収してくれれば……と、一応希望は残されている。
ごぼり。
体力が削れ続ける。
そして、目の前を黒い大きなシャチが横切っていく。
その背中に必死にしがみついているアカツキやオボロを見た瞬間、私は安心して弱気な笑みを浮かべる。
シズクもコバンザメのようにシャークくんの近くを泳いでいる。
あとは、私だけだったようだ。
体力が四分の一まで削れたところで、私はシャーク君の背びれに捕まって抱きつく。
そして、勢いの強い浮遊感と共に――ザッパァンと海を割って水の中からようやく脱出。
「あっ、ぶなかったぁ……!!」
ブオオと近くを通る大きな船から、そんな音が響いていた。




