私のおいぬ様
ざあ、と風が吹く。
赤々と咲く椿の花の下に淡い光が発生し、次の瞬間には小さなお社がふわりと現れていた。
「くうん」
オボロは三角の耳をひょこひょこと動かしながら天を見上げる。
目を細め、そして、彼女はそっとお社の扉をカリカリと前脚でかいた。
「オボロ?」
「クァウ」
扉を開けてほしいのかと思い、手伝おうとするがくんっと羽織りがなにかに引っ張られ、後ろを振り返る。そこには、優しく羽織りを食むアカツキの姿があった。引き止めるような動きに首を傾げる。
「ん、アカツキ、手伝わないほうがいいんですか?」
「カァ」
返事は恐らく肯定。
その場にいる全員が見守る中、オボロは社の扉をしっかりと開き、その中にあるものを瞳に映した。
「鏡……」
お社の中にあったのは美しい鏡だった。
鏡はオボロの姿を映して白い光を放ったかと思うと、鏡面を波立たせた。
鏡の中に映ったオボロの姿が消えて、その中に海中が映る。竜宮城だ。竜宮城で、たくさんの人々と共に戦う私達の姿と、シズクの神獣進化の瞬間が海底から見上げるような形で映されている。
映像は微かに揺れているため、誰かの視界なのだろうことが分かる。そして、それが誰なのかも。
――いいな、いいなぁ、シズクちゃん、いいなぁ。
無邪気な声が辺りに響き渡って、はっと顔を上げる。どこを見ても、喋っている人なんていない。レキを見れば、首を振ってオボロに視線を誘導される。
もしかして、オボロの……声?
オボロは……彼女は、じっとおすわりをしながら食い入るように鏡の中の光景をその瞳に焼き付けている。
――役に立ちたいなぁ。
次に映ったのは山道を歩く私達の姿と、オボロの姿。場所に見覚えがある。恐らくヒノモトの山だ。ユールセレーゼ達と出会った山。
――オボロはね、みんなが大好き。
それからは、次々とオボロと歩んだ道程が逆再生されるように映し出されていった。
――だから、シズクちゃんやアカツキ君が神獣になれたのもおめでとうだよ。
場面は最初期まで遡り、まだグレイ・ウルフだったオボロが、私にスカウトされる瞬間が映っていた。
――でもね、本当はちょっと羨ましかったんだ。アカツキ君はともかく、シズクちゃんより、オボロのほうが先にいたのにって。
鏡の中のオボロは、ブラッシングにメロメロになりながら、幸せそうに舌をぺろっと出しっぱにしたまま笑っていた。
――オボロ、ケイカちゃんが大好きだから。
まずい、これは、まずい。
まさか、こんな風になるとは思わないじゃないか。普通に進化できるかできないかの選択肢が出るだけだと思っていたのに。
――ケイカちゃんが守りたいと思うもの、オボロも守りたい。
視界が揺れて、手のひらで口元を覆う。
――オボロは、守る力が欲しい。
油断したら、嗚咽が漏れてしまいそうだった。
――素早く駆けることができて、ケイカちゃんを乗せることができて、とっても強い、そんな子になりたい。神獣に、大好きなものを全部守れる神獣になりたいの。
鏡面が波打って、みんなで触れ合っていた光景が消える。
その代わり、初めてあった頃のオボロの姿だけが映し出された。グレイ・ウルフ。灰色の小さな狼。
――力を、ください。
――――――
聖獣の進化が行われようとしています。
許可をしますか?
――――――
当たり前だ、そんなの。
私がYESを選んだ途端、鏡の中とそこにいるオボロ、しばし見つめ合っていた両者は揃って天に向かって遠吠えをして、その額の宝石を輝かせた。
「クゥ……アウウウウウウン!」
宝石の輝きはすぐさま鏡の中に吸い込まれていき、お社自体が淡く深い深雪の影のような青色の光に包まれ、オボロが立ち上がる。
まるで進化の軌跡を辿るように鏡の中のオボロは光の勢いが増すごとに『グレイ・ウルフ』から『スノウホワイト・ウルフ』へ、そして『ラピッド・ヘイル・ウルフ』に変化し、最後に、氷を思わせる青色のゆらめきが体の各所に現れ、桜の模様が所々に入ったしめ縄が巻かれた、巨大な狼の姿が映っていた。
その瞳の中には青色の三日月。
それが映った瞬間、鏡から放出された光がオボロを包み込んだ。
神秘的な光に包み込まれ、彼女の姿が最後に鏡に映っていた姿に変化する。
――オボロ、正しく守れる神様になる!
明るく元気な声だけ届け、鏡の光は進化が終わると消えてしまった。
とてもクールそうに見える神々しい姿をしたオボロは、その姿に似合わずへにゃっと口元を笑みの形に変えて舌をぺろっと出す。
「神様になっても、オボロは可愛いですよね」
彼女のあどけない姿を見て、思わず私の口から言葉が零れ落ちていた。
「わふあうあうーーん!」
それから、オボロはこれ以上ないくらい尻尾を振り回しながら私の懐に突進してきた。こういう性格的なところはまったく変わらないね!!
「オボローーーーー! おめでとーーーーー!」
「くうーん! きゅうーん! くんくんくん!!」
私を乗せてもまだまだ余裕があるくらいに大きく、ラピッド・ヘイル・ウルフのときよりなお大きいので、正直潰されるかと思ったが、さすがに自重したのか押し潰す前に彼女は地面に前肢をついた。
それにしても瞳に三日月かぁ……月の目っていうと、確かリリィのこっとんもそんな感じだったな。なにか特別な意味があったりするんだろうか。
そう思いながら、私はオボロの種族名を確認する。
【大口真神】
ああ、やっぱり。
薄々これになるだろうなと思っていた名前がそこにあって、納得した。
大口真神。それはニホンオオカミを神格化したものであり、正しき神。まことの神を表す。そして、人の性質を見分ける力を持ち、善人を守護して悪人を罰する『おいぬ様』として信仰されていた……らしい。
「オボロ、本当におめでとう」
シャークくんやドラプラちゃんは、初めて間近に見る進化にどうやら感動を覚えているようで、オボロの元に寄ってなにか話しかけているようだ。彼らも進化することに興味が出たのかもしれない。いいことだ。
みんながオボロを祝福しに歩み寄って、彼女はその中で幸せそうにわふわふと笑っている。
そんな彼女と目が合って、私も思わず微笑んだ。
「これからもよろしくね、私のおいぬ様」
「わうん!」
元気の良い返事が、晴天の空に響いていった。
【神獣郷こっそり裏話】
オボロを祝福しに走ったパートナー達ですが、どうやら祝福の他にそれぞれアカツキとシズクは「伝えたいことお喋りできていいなー!」と、ジンは「自分も早くお話したい〜!」と会話をしているみたいですよ。レキは見守るお爺ちゃんモードで、他二匹は進化を初めて見たので憧れの目線。
・オボロの属性
雪と月。
プラスして風属性のスキルを豊富に覚える才能があります。
理由は以下(※大口真神について)の伝承やらを踏まえているのと、適正の引き継ぎ的なものが発生しているから。
雪月花のうち、花は風花(雪の結晶)として併合。風スキルを覚えやすくなっているのは、前の姿が早さ特化型の聖獣だったからである。相変わらず素早さは高いが、味方の守備もできるようになった。素早いタンクができる。
・属性適正と適正な引き継ぎ
本来の種族属性と合わせて、前の進化バンクなどを踏まえたスキル適正が増えたり減ったりします。個性として持っていた(特化させていた)ものを進化後も引き継いで行くような感じですね。進化ツリーとバンク作ってる検証班に死亡フラグ。
・大口真神について
武蔵御嶽神社のおいぬ様、大口真神の描かれたお札では、おいぬ様の目が三日月でかたどられています。それは日本三御嶽を雪月花にたとえ、武蔵御嶽神社は「月」とされるからです。木曽が雪、金櫻が花。
しかし、オボロは元から雪の属性を持っていたため、これら全て合わせて雪月花を体現するおいぬ様としての容姿デザインをしております。




