第一話 『チキン勇者テバ 動きます』
勇者として活動を始めた初日。今日の宿代を稼ぐべく、冒険者ギルドを探していると勇者の剣が俺を引っ張り出した。近くに助けを求めている人がいるらしい。
勇者の剣に引っ張られながら、どんどん人が居ない方へと進んでいく。
「お金を返してください!」
少女の声が響いたのは王都の路地裏。助けを求めていたのは彼女のようだ。
物陰から隠れて様子を窺うと、黒髪黒目の少女がチンピラ三人に囲まれている。
一人ならなんとかできそうだが……
「そのお金は七勇者に依頼するためのお金なんです!」
少女の悲痛そうな叫びを聞いたチンピラは、
「ハッ! チビガキが偉そうな口をきくな。 俺様に逆ら――グハッ!」
俺が投げた石で気絶した。
『悪人相手には手段を選ぶな』という師匠の教えに従ったのだ。俺は悪くないぞ。
「誰だ!」
残った二人のチンピラが声を荒げて戦闘態勢に入る。
勇者らしく名乗りを上げてみようか。
「俺の名前はテバ! 七勇者セブンの弟子で、今日から勇者を任命された男だ!」
こんな路地裏に勇者が現れたことに驚いたらしく、 ぽかんと口を開けて固まるチンピラと少女。
やれやれ、この場で静寂を破れるのは俺だけのようだな。
「逃げて大丈夫だよ。こんなチンピラ、俺の敵じゃない」
◆
「すんませんでした! 命だけは助けてください!」
数分後。俺は地面に頭をこすりつけて命乞いをしていた。
いや、マジでチンピラが強すぎる。
拳が早くて見えないもん。顔が腫れあがって、痛すぎるんだもん。
二対一とか卑怯だろ! 投石も卑怯だったけど!
「おうコラ。最弱勇者セブンの弟子だと? 笑わせるなよ」
「ほ、本当にすいませんでした! あの、肩パットとかリスペクトしてるんで! そのスキンヘッドもかっこいいって思ってるんで!」
「俺様はスキンヘッドじゃなくて、ハゲだ! てめえ、舐めてんのか?」
やばいやばい。殺される!
チンピラが取り出したナイフを手のひらで回し始めていて、凄く怖い。
そうだ! 勇者の剣があった。助けを求めている人の元へ導く鞘に、山をも切り裂く刀身。他にも様々な機能がある勇者の剣なら、なんとかなるかもしれない。
「……さて、反撃開始だ。チンピラ共! 謝るなら今のうちだぞ?」
「あん? 下っ端のザコを気絶させただけで、調子に乗るなよ。ぶるぶる震えてたチキン野郎に何ができんだ?」
「何ができるかは……今から見せてやるよ。この、勇者の剣でな」
そう言いながら、鞘から剣を抜き出す。赤と白で彩られた柄から伸びる刀身は、
「刀身が無いだと!? 師匠が抜いた時にはあったのに!」
「で、その玩具で何をするんだ? 自称勇者のテバさんよぉ!」
「マジでごめんなさい! あの、無精ひげとかリスペクトしてるんで!」
「俺様はハゲだから、ひげが伸びねえんだよぉ! 殺すぞ!」
剣を投げ捨てて、地面に頭をこすりつける俺再び。
なんで刀身が無いんだよ! あの腹ペコ師匠め、さては酔った勢いで食べたな?
師匠から教わった七魔法の一つに、『どんな物質でも食べれる魔法』があったはず。あの師匠ならやりかねない。
もうヤケクソだ。どうせ死ぬなら、一回でもやり返してやる!
「ぎゃはははっ! そんなに頭を地面にこすりつけるのが好きなら、手伝ってや――ヒュ!」
股を開き、足を俺の頭に近づけるチンピラ。そいつの股間を全力で殴ってやった。
ふと拳に訪れる何かがつぶれた感覚。気持ち悪い……が、残ったチンピラは後一人だ。
「アニキ! 大丈夫ですか!? くそっ、このガキ! ぶち殺してや――ヒュ!」
「ふははははっ! 今の俺は寝そべった状態。その状況でかかってくるなんて、股間を潰されたいバカなのかな?」
俺は颯爽と立ち上がり、最初に投石で気絶したままのチンピラの股間を潰して汗を拭う。これで命を奪わずに三キルだ。初陣としては上々だろう。
振り返ると、少女が逃げずに残っていた。
瞳に涙を浮かべている表情から察するに、ドン引きしてるのかな?
うん。わかるよ。自分でもドン引きだもん。
「あ、あの! 大丈夫……じゃないですよね。助けてくれて、ありがとうございました!」
俺の腫れあがった顔を見て、心配してくれる少女。なんて良い子なんだ。
修行と称して、俺に魔法の試し撃ちをする師匠とは大違いだぜ。
「だ、大丈夫だ。俺は勇者だからな」
必死で強がってみるが、俺以外の勇者ならチンピラごとき瞬殺だろう。最近は、異世界の勇者――外来勇者を四十人も召喚したらしいしな。この辺りの人間なら、勇者の評判と俺を比べて嘲笑してもおかしくない。
「えっと、あなたは本当に勇者なんですか?」
「……弱すぎて信じられないよな。どうせ俺なんて、才能が無いんだよ。セクハラだけが取り柄の変人だよ」
「そんなことは無いです! 実は私も勇……いえ、私はナツミです。貴方が助けに来てくれて、凄く嬉しかったです」
ナツミと名乗った少女は何かを言いかけたが、一瞬だけ顔に影を落としていた。過去に辛い事があったのか、詮索するのは失礼だよな。ここは黙って立ち去るべきだろう。
「俺はテバだ。なんちゃって勇者だからナツミとは冒険者ギルドで合うかもしれない。その時はよろしくな」
「待ってください! テバさん、貴方に依頼したい事があるんです!」
立ち去ろうとする俺の手を掴むナツミ。興奮しているのか、顔を近づけて迫ってきた。
あ、凄くいい匂いがする。ナツミは良い家柄の人間なんだろうか。今まで剣を握ったことが無さそうな奇麗な手なのに、高そうな剣を装備しているし、放っておけばまたチンピラに絡まれるかもしれない。
「どんな依頼だ?」
「私の友達を勇者から救ってください! 勇者が作るお菓子を食べすぎて困っ――ちょっと待って、行かないで!」
さて、帰るか。まだ冒険者ギルドで登録も済んでないし、急がなければ。
宿も探さないといけない。人気の宿は昼過ぎには予約が埋まるって聞くしな。
おっと、その前に治療費としてチンピラから戦利品を貰っていこう。
「本当に困ってるんです! お金ならありますから!」
「あのな、お菓子を我慢すればいいだけだろ? 死ぬわけじゃないんだし」
「死ぬんです! お菓子を食べるたびに経験値を摂られるんです。レベルが一になってしまえば、生命力を摂られて死ぬんです!」
経験値やレベルなど聞きなれない言葉があって理解しにくいが、とりあえず本当に困っていることは伝わってきた。
「落ち着け。その友達は今すぐ行かないと死ぬのか?」
「今は問題の勇者が一月ほどダンジョンに滞在してます。なので、まだ時間はありますが……」
ナツミ曰く、ナツミの友達は無気力状態になっており勇者の聖なる力でしか癒せないそうだ。確かに【七魔法】を使えば解決できる問題だな。
「あと一つ聞きたい。お菓子を作ってる勇者はどの七勇者の後継者だ? それによって難易度が変わってくるが」
「……どれでもありません。最近、召喚された外来勇者です」
なるほど。桁外れな能力や才能を持っていると噂の外来勇者たちか。彼らの言葉で言うと『チート』を持っていて最強のドラゴンですら一撃で倒せる可能性があるらしい。
そんな外来勇者が相手だからか、ナツミの顔色は青くなっていくばかりだ。
……仕方ないな。
「わかった。俺に任せろ。ナツミの友達の所へは案内してくれるんだろ?」
「――ッ! いいんですか!?」
「ただし、条件がある」
いくらチート勇者が強くても俺と師匠の【七魔法】が使えるならば、何も問題はない。
問題は俺の魔力が少なすぎて【七魔法】が数回しか使えない事だ。念には念を入れて、魔力の問題を解決しておきたい。
「俺は勇者の剣から魔力を受け取って魔法を使うんだが、刀身が無くてな。膨大な魔力があれば復活すると思――」
「それなら、私に任せてください!」
報酬の前払いとして、魔力結晶を買って貰おうと思ったんだが。随分と察しがいいな。
「私の知り合いに魔剣を打てる人がいます! その人なら、勇者の剣を修理できるはずです!」
「わかった。任せるよ」
俺はナツミに勇者の剣を預け、傷の治療を行うべく路地裏から脱出した。