第十話 『産声を上げて動け 勇者』
鳥の囀りと木の葉が歌声を響かせる人里離れた森。
そんな慣れ親しんだ森で、俺は今日も修行をしながら、
「違う違う! テバ、単純に『魔力』を込めるんじゃない。もっと、こう、グッと湧き出る力を込めなさい」
語彙力が壊滅的にない師匠から無茶振りを受けていた。毎度の事だが、もう少し分かりやすく教えれないのか。
「『グッ』が分からないんです」
「……ふむ。感覚としては魔力とは違う何かだ。信念というか覚悟というか、言語化が難しいのだ」
「俺には特別な力が無いんですよ?」
「勘違いするでない。特別なんて大層なものでは無く、本来は誰でも持っている力だ」
誰でも持っている力か。俺には何があるだろう?
「強いて言うなれば『勇気』だな。勇者の強さはそれで決まる」
◆
走馬灯を初めて見た。最期に師匠の顔が見れて嬉しいような、ムカつくような。
……体が壁に挟まり、文字通り手も足も出ない。
「…………嫌。助けて」
ふと声が聞こえた。出逢ったばかりなのに守ってあげたくなるような女の子の声が。
精神に見合わない能力を与えられて、大人たちに世界を救うように担ぎ上げられて。
ナツミも……アマジでさえも被害者なのかもしれない。
だから、だから、だから。一つか二つ程年上の俺が導いてやらないと。師匠が俺にしてくれたように。
壁に埋まった手を足を、無理やり引きずりだす。
足の骨が折れていても、進め。
魔力が尽きても、進め。
「今になって命乞いかしら? 惨めね、最期まで絶望してなさい」
助けを求める人の声。
その声が俺を勇者にする。
尽きた魔力の代わりに勇気を満たして、臆病な俺を奮い立たせてくれる。
――思いだせ。師匠の教えを。
『勇気で器を満たせるようになったなら、そのときは罪の勇者を名乗らせてやろう』
――立ち上がれ。俺みたいな弱い奴は手段なんて選んでいられないのだから。
俺は規則正しいリズムを刻み始めた心臓に手を当て、ナツミの方へ向く。
「もう大丈夫だ」
出会った時と同じ呼びかけ方。それなのにナツミはホッとした表情で俺を見つめた。白い網のようなものに拘束されているが、大きな怪我がなくて安心したぜ。
今の俺はチンピラ相手に負けるチキンじゃない。
「掛かってこい、外来勇者。七勇者中、最恐の『罪の勇者』が相手をしてやる!」
光輝く勇者の剣を抜き、俺の勇気と共に現れた刀身をアマジに向けてやった。
◆
勇者の剣から無尽蔵に送られる魔力を注ぎ込んで【七魔法】を発動させる。
「まだ魔力が残っていたのね。なら更に奪い取るだけよ!」
俺に向かって発射される数百ものクッキー。膨大な魔力が込められており、先ほどと同じ方法では対処できないだろう。
だが、今の俺には勇者の剣がある。チンピラの時とは違うのだ。
「【七魔法・食いしん坊】――」
「ハッ! 無駄無駄。また【魅了】されたいのかしら!」
「――【機能拡張・魔法剣】!」
勇者の剣が俺を持ち主として認めてくれたのだろう。まるで生まれたときから握っていたかのように、勇者の剣が手に馴染む。
俺は勇者の剣に膨大な種類がある機能を拡張させ、【七魔法】を付与した。すると剣先に獰猛な獣の口が現れ、クッキーに近づくたびに一瞬で捕食してしまう。副作用である結晶は生み出されなかったが、何度剣を振っても魔力が尽きる気がしないぜ。
「ふははははっ! ご馳走様でしたぁーー」
「――ッ! まだまだ終わらないわよ!」
次々とアマジから放たれるお菓子の数々。だがしかしクッキーだけでなくケーキまでもが勇者の剣によって一瞬で捕食されていく。
剣にさえ当ててしまえば対処可能だが、体に当たれば一溜りもないだろう。
「嘘よ! そろそろ【魅了】の効果が……」
「お前みたいな性格悪い奴に魅了されるかよ!」
しかし困ったな。お菓子を勇者の剣に食べさせるのに精一杯でアマジに近づけそうにない。
一か八か、隙を見つけて特攻すべきだろうか。
「そんな時に拙者の出番でござるよっ」
「――影の者!? 遅かったじゃないか!」
「テバ殿、お待たせしてすまぬ。あのツンデレヤンキー――失礼、最強の外来勇者が迷子になってしまい、捜索に時間がかかったのでござる」
ツンデレヤンキーって、凄いパワーワードだな。意外とチョロかったりするのか。
「……誰かと思えば、私におびえて逃げ出した雑魚の一人じゃない。一緒に死ね!」
背後から現れた影の者影の者は、俺を盾にしながら耳打ちを始めた。
(テバ殿。甘地を殺すだけでは他の外来勇者は助からないでござる)
(何か方法があるのか? 遅れてきた分だけの成果は期待してもいいんだよな)
(もちろんでござる。拙者が魔法を使うので、それまで時間稼ぎを任せてもよろしいか)
(その後は任せてもいいのか?)
(拙者の合図と共に甘地の気を引いて欲しいでござる)
(任せとけ)
影の者はスクロールを取り出し、魔力を注ぎ始めた。ちらりと見えた花の模様が気になるが、余所見をしてられない。
「……遅い、遅すぎるわ」
どこか焦った感じのアマジ。援軍を待っているのか?
援軍と言えば、最強の外来勇者は何をしているのだろう。
(おい、ツンデレヤンキーはまだ来ないのか? アマジの様子から察するに、援軍か何かを待っているようだが)
(その援軍を潰しに行ってるでござるよ……魔法発動の準備が整った。テバ殿、後は頼むでござる)
背後から微弱に漂っていた魔力の存在を感じれなくなった。隠密性のある魔法だとすれば、かなり有能だ。
「おい、アマジ。キメ顔を見せてやる。惚れるなよ?」
「ハッ! 誰が――」
「【七魔法・ドヤ顔】」
「――殺す殺す殺す殺す!」
やばい! 飛んでくるクッキーの量も大きさも二倍程度に上昇している。この調子なら、俺の方が数秒も持たないぞ。
「さて会計の時間でござる。食い逃げ女郎、食った分だけ吐き出して貰うので覚悟!」
いつの間にかアマジの背後に迫っていた影の者は、スクロールをアマジに押し付けた。
その瞬間、スクロールから現れた植物の根がアマジを拘束し、肥えた体を締め付ける。
「がぁぁぁ!!! ぐっゲエエエエ!」
トロルのように暴れるアマジの口から吐き出される無数の結晶。俺の【七魔法】で生成した魔力結晶とよく似ている。
「テバ殿、これにて一件落着でござる。後は甘地が吐き出した経験値を被害者に与え、しばらく療養させれば元通りでござるよ」
かくして王城での戦いはあっけなく終了した。
「申し訳ないが、他の外来勇者への説明と甘地の処罰を決める会議に参加して欲しいでござる」
外来勇者と話す機会が得られるとはな。軽く説教でもすれば、問題行動が減るだろう。
この時の俺は、外来勇者が話せる人間だと思っていた。アマジの方が常識人だとは思いも知らずに。