第九話 『絶望の先に』
私は弱い。
異世界に来た当初もクラスメイトが暴走するのを止められず、気がついたら大親友の椿ちゃんが洗脳されていた。
私は弱い。
甘地がダンジョンに向かってから、テバさんに助けを求めるほど行動が遅い。テバさんは私よりもステータスが低いのに、私を励ましてくれた。そんなテバさんが甘地に吹き飛ばされ、壁に埋まって動かない状況でも私は動けずにいる。
──私は弱い。だから逃げるべきなのかな。
「ダメ!」
──私は弱い。今逃げれば甘地も見逃してくれるかも。
「戦うの。テバさんみたいに」
臆病な自分を倒して立ち上がった。大丈夫、私の【竜化】は最強だってテバさんも褒めてくれたもん。
全てを切り裂くドラゴンの爪に魔力を高めて腕に集中させる。甘地と私の実力差は明白だ。五体満足で止めるのは不可能かもしれない。もしかしたら殺してしまう可能性だってある。
それでも、止めるんだ。
「アンタ、自分の立場が分かってるの? 簡単に殺すより、私の【魅了】でレベルを吸い取ってから殺した方が効率がいいから生かされてるだけなのよ?」
私には誰にも見せてない奥の手がある。それは【永続竜化】という一度使えば元に戻らなくなる魔法。
…………絶対に使いたくなかったけど、死ぬよりマシだよね。甘地が油断している今こそが最初で最後のチャンスなんだから。
「【永続竜化・翼】!」
次の瞬間。私は地面を蹴りながら翼で加速する。音速を超えた私による爪の一撃は、甘地の足を狙って放たれ──
「遅い、【綿アメ】──甘いわよ。私のお菓子よりね」
アマジが放った白い液体が私の眼前に広がる。咄嗟に翼を動かせずに当たってしまったけど、生暖かいだけみたい。
よし、この程度なら無視し――動けない!? 白い液体が急速に固まり、まるで鉄のような硬さで私を捉えた。
……嘘だ。私の一撃が届かなかったなんて信じられない。
「へえ、かっこいい翼を生やしたのね。最期に面白いマスコットに慣れて良かったじゃない」
「な、なんで。反応できる速さじゃなかったはずです」
「レベル差よ。私のレベルはアンタの百倍はあるわ。残念だったわね」
私たち外来勇者は、一レベル上がるごとに異世界人の十倍はステータスが上昇するらしい。何故か私だけ異世界人と同じだけしか増えなかったから、甘地とは天と地ほどの差ができていたなんて。
……結局、何もできなかった。
こんな私が勇者なんて担ぎ上げられたのが間違いなんだ。
「私のお菓子を食べたが最期。アンタには自我が残らないでしょうから、お別れの挨拶ぐらいはしてあげるわ」
禍々しいケーキが甘地の手元で創造される。その強烈な匂いに、私の口は問答無用で開けられた。
私は何も抵抗できないまま、甘地のお菓子が放たれるのを眺めるしかできない。
「…………嫌。助けて」
「今になって命乞いかしら? 惨めね、最後まで絶望してなさい」
誰が助けて。異世界に来て何も出来なかった私だけど、誰か助けて。
やがて放たれたケーキは私の元へ──やって来なかった。大きく軌道を変更して、何処かに吸い込まれるように飛んで行く。
…………自分勝手だよね。大好きなゲームみたいな世界に来て、世界の為に何もできてないのに自分の命は助けてなんて。
「もう大丈夫だ」
軌道の先を見ると、飛んで行ったケーキを丸のみしたテバさんが立っていた。
赤と白で彩られた奇麗な髪。イノシルトと戦った時に見せてくてた不安を押し殺したような笑顔ではなく、私の凍った心を溶かしてくれるような優し気な微笑み。
力強い光を目に灯して勇者の剣を引き抜き、圧倒的脅威に立ち向かう姿は正しく勇者そのものだ。
「かかってこい、アマジ! 七勇者中、最恐の『罪の勇者』が相手をしてやる!」
『勇者』は光輝く鞘から抜かれた漆黒の刀身を月明かりに照らして、大きな声を王城中に響かせた。