戦士の休息~ナナちゃんは聖女様?
自衛官として、ダンジョンの最前線で戦っていた。
結界師などと呼ばれて調子にのっていたのだ。
魔物に結界を破られ部隊は敗走。死者こそいなかったが多数の負傷者を出し、中には再起不能の者もいた。
そして自分はダンジョンに潜るのが怖くなった。自分のせいで誰かが死ぬかもしれないのだ。
ダンジョンに入らなくても結界魔法師には仕事はいくらでも有った。
ダンジョンに近い居住区の防御のための結界。
学校や病院、福祉施設、仮設住宅などの防衛のため、魔石に結界魔法を込めて全国に送る。
同封する設置方法の説明書は大量に印刷済みだ。能力を取得した途端にその使い方も全て理解できているのが、いまだに不思議でならないが。
他にも官公庁、企業など、あらゆる場所からお呼びがかかる。
今回は小さな田舎の村のギルドへの出向だ。
家や田んぼ、畑に結界を張った後は、しばらくギルドのお手伝いをしていれば良いという。
子供たちの相手はけっこう大変だが、大都市のダンジョンでの戦いが嘘のような平穏な日々がここには有った。
それは、ここしばらく、仕事に追われ息つく隙も無かった私に、自分自身の“これから”を考えさせる時間になった。
こんなに平和で良いのだろうか? 私が子供をおんぶしてスライムを蹴散らしている今も、仲間たちは命がけの戦いに身を投じているのだ。
1週間に1度届く新聞の訃報欄を恐々開き、そこに知り合いの名前が無いことにほっとしながらも、焦りと罪悪感が胸を焼く。
「痛いの?」
いきなりすぐ近くから聞こえた声。私はとっさに威圧を放ってしまった。
目の前にいるのが小学校低学年くらいの小さな女の子であることに気づいて、慌てて威圧は納めたが、少女は何事も無かったように首を傾げている。
あり得ない。ダンジョンでレベルを上げた自分が少女の気配に気づかなかったことも、自分の威圧を浴びた少女が平然としていることも。
どちらもあり得ないが、もしや、この子があの……
「ここを押さえて痛そうなお顔をしていたでしょう?」
少女は右手で自分の胸の辺りを押さえた。
私はそんな顔をしていたんだろうか?
「私もママがご病気のとき、ここが痛かったのよ」
少女は胸を押さえたまま、可愛い顔をしかめる。
「だから、はいっ、回復魔法!」
今度はにっこり笑った少女が小さな手を私に向けると、私は温かな光に包まれた。
「回復魔法はママの痛いのをなおしてくれたけど、ここが痛いのも治してくれるのよ。ポカポカしてくるでしょう?」
これが回復魔法。本当になんだか温かい。
私の目が潤むのを見て、少女の眉毛がハの字になる。
「まだ痛い?」
私は目の前の少女の頭をそっと撫でた。ああ、この子はちゃんとここにいる。
「ありがとう。ポカポカして楽になったわ」
「よかったっ!」
少女は満面の笑顔でぴょんっと跳ねた。背中のランドセルがカタンと鳴る。
「痛くなったら、またかけてあげるね。バイバイ」
笑顔で手を振り、元気に駆けていく後ろ姿を見送る。
まるでランドセルが走っているみたいだ。妹も小さい頃はあんな感じだったなぁ。
ダンジョンで手にいれることができる能力は人によって違う。“本人が1番望む能力が発現する”という説が最も有力とされている。
あの子、ナナちゃんは母親の病気を治すためにダンジョンで回復魔法のレベルを必死に上げたという話を聞いた。
私の能力は結界魔法。そうだ。私は大切な人を守りたかったのだ。
結界が破られた。それは私の結界が弱かったからだ。破られないようにするには、レベルを上げれば良い。そんなことはわかっていたことだ。
ダンジョンが恐ろしい。それも初めからわかっていたことだ。それでも私が自衛隊に入隊してダンジョンに潜ったのは、大切な人を2度と失わないように強くなるためだった。
空の上から、情けない私を叱り飛ばす妹の声が聞こえるような気がする。そういえば、あの子はけっこう私に容赦の無い子だったっけ。
私はギルド前広場のベンチから立ち上がると、すぐにギルド長の部屋を目指した。
◇◇◇◇◇
佐藤弥生、陸上自衛隊魔法士長。
彼女はその後、剣術と魔法のレベルを上げ、自衛隊による複数のダンジョンの制覇に大きく貢献した。
自衛隊とギルドは、ダンジョンでの戦闘で心身に傷を負った探索者たちのリハビリとして、ナナちゃんダンジョンのギルド勤務にあたらせることを試験的に開始した。
やがてこの村は“戦士の休暇村”と呼ばれるようになる。
そして、そこには小さな聖女様がいるらしい、との噂も広まっていくのだ。
“戦士の休暇村”ギルドのギルド長は、今日もうきうきと書類に判子をついている。
(リハビリ戦士達はこの村の用心棒にもなるのがありがたいね)
有名になってしまったナナちゃんのことを守るために、おじさん達もいろいろ考えているのである。
(やっぱり子供相手は若くて粋の良いのじゃなくちゃね)
けっして自分達が楽になることだけを考えているわけでは無いと思う。
………………多分。