2.幼少期①
私が転生を果たしてから5年の月日が流れた。
昨年から始まった教育なるモノを受け始めた私は、文字の読み書き等を学んだのだが、正直簡単だった。
それもそのはず、前世の記憶があるのだから読みは問題無く、書きの方もこの一年間でほぼマスターしたと言っていいだろう。
両親は天才だ何だと大層驚いていたが、読み書きが出来るだけで大袈裟だと思う。
ある程度の知識は必要だと思うので教育を受けさせてくれるのは有難いが、英雄へと登る為にはそれ以上に力が必要だろう。
ここで私が生まれた家についてだが、どうやらそれなりに裕福な家庭らしい。
両親は貴族、と呼ばれる者であるらしく、この付近一帯の領主という物を任されているそうだ。
そして、代々騎士を輩出している一族でもあるらしく、男女問わずその子供には英才教育を施されるという話なので、戦闘についても来年から教育が始まるという話を姉から聞いた。
6歳という年齢に何か意味があるらしく、聞いた話では女神の査定なる儀式を受ける年齢であるらしい。
まぁ詳しくは解らないので今は気にしないでおこう。
閑話休題。
戦闘訓練をしてくれると言うのでそれまで待ってもいいと思っていたが、前世でひたすら待つという人生、いや竜生を送って来た私はどうやら我慢という物が苦手になってしまったようだ。
先の話を聞いたのが数週間前の事だが、もう我慢の限界だった。
兎にも角にも取り合えず体を動かしたい。
という訳で、来年を待たずに私は特訓を開始しようと思う。
服装は動きやすいモノが良いのだが私の持っている服はどれもこれもヒラヒラとしていて動きにくいモノばかりだった。
そして、つい先日姉に動きやすい服が欲しいと言ってみた所、手を引かれて街へと連れ出されて服を買ってもらえた。
一目散にズボンと言う動きやすそうな服に飛びついた私だったが却下され、代わりに与えられたのが現在着ている服で、ワンピースと呼ばれる種類の服だ。
青く薄い生地に、花の刺繍が施されたモノで、丈は膝上程。
まぁ私が持っていた服はどれもこれもドレスの様な物が多く、足首まで隠れる様な長い丈のモノばかりだったのでこれはこれでありがたい。
これもヒラヒラとしている事には変わらないので落ち着かないが、他のモノよりはマシだろう。
自分の姿をチラリと部屋に備え付けられている姿見で確認する。そこには小さい少女の姿、私の現在の姿が映し出されている。
青く長い髪はツインテールに結ばれていて、瞳は竜だった頃の名残か金色をしている。
少し目付きが悪い様な気がするが、気が強そうなと言ったほうが正解か。
前世で竜だった私には人の美醜は何となくしか解らないが、醜くは無いと思う。
英雄には見た目も大事だと言うのを読んだ覚えがあるので少し気になるが、生まれた後でどうこう出来る問題ではないのである程度は目を瞑るしかないか。
まぁそれはさて置き、最近始まった計算やら何やらの勉強を午前中に終えた私は、昼食を取った後、家の外へと一目散に駆けだした。
その姿を見た庭の花に水をやっていたメイドと呼ばれる我が家に仕える女性が、私を呼び止めるが、足を止める事無く「遊びにいってきます!」と一言告げて家を後にするのだった。
5分程走った所で、家から少し離れた場所に位置する森の中へと足を踏み入れた。
キョロキョロと辺りを見渡し、人が居ないのを確認した所で足を止める。
確かこの森は極稀に魔物が迷い込むという噂を聞いた記憶がある。
現在の体での戦闘はどの程度行えるのか未知数ではあるが、逃げる程度ならば問題ないだろう。
そう結論を出した私は深呼吸をした後、空を見上げる。
木々が生い茂っている為に、覗けるのは狭い空だ。
竜だった頃は身近なモノだった空が、この小さな体では酷く遠いモノの様に感じる。
「ふむ……」
私は少し考えた後、両の手の平を胸の前で向かい合わせて暫しの集中。
体内を循環する魔力と、自然、大気中に存在するマナと呼ばれる魔力の元を掌の間に集める。
やがて耳鳴りの様な甲高い音が静かな森の中に響きだした。
「むむっ……?」
竜であった頃とは違う感覚。
この体で行う初の魔術に私は少し戸惑ってしまう。
簡単に発動できるだろうと高を括っていた為に予想外だ。
発動に必要な魔力を集めるのにも苦労する。
竜であった頃なら、この程度の魔術ならば5秒とかからずに発動できた筈なのに……。
ふとそんな考えが過った瞬間、集中力を欠いた私の両の掌の間に集まっていた膨大な風が辺りへと吹き荒れた。
「おわぁっ!!」
マヌケな声が漏れる。
それと同時に私は地面にひっくり返り、折角集めた魔力は空へと向かって放たれた。
放たれた魔力は暴風と化し、空へと続く視界を遮っていた木々の枝を吹き飛ばしながら更に上空へと登っていき、やがて霧散した。
「……あれ?」
その様をひっくり返った状態で眺めていた私は首を傾げた。
まさか、この私が、魔術の使用に失敗した……?
由々しき事態だ。しかし湧き上がってくるのは愉快な気持ち。
未だ幼い竜だった頃、自らをひたすら鍛えていた時の事を思い出していた。
人の姿は色々と不便な様だが、これはこれで趣があっていい。
折角転生という物を果たしたのだ。一から自分を鍛えなおすのも楽しそうだった。
竜の身での戦闘はこの際一度忘れて、人の身で戦う術を模索していこう。
取り合えず解った事を一つ、心の中でメモして置く。
まだ今の私の力では、竜魔術は使えない様だ。