1.転生
ゆっくりと目を開ける。
その瞳に映るのは、白い天井と木で出来た柵の様な物だ。
ベビーベットなる物に、白い布を敷いた場所に寝かされて既に10日の時が流れていた。
私が私として自覚したのが3日程前だ。
まず私、風竜ウィグニールは人へと無事に転生を果たし、現在の名前はウェンディ・ジルベルトと言うらしい。
性別は雌、いや、女と言うのが人の場合は正解か。
まぁ性別に関しては特に思う事も無いので気にしない方向で。
後は家族構成ぐらいしか知る事は出来なかった。
まず両親に、兄と姉が一人ずつで私を入れて5人家族だ。
他にも数人私の部屋に出入りがあるが、家族とは異なるらしい。
家族間の関係は至って良好のようで、竜であった時と比べて少し、いや、かなり接触過多な気がしないでもない。
前世で私が竜として生を受けた時、一年を待たずして親である竜は何処かへと姿を消した。
その時の親と過ごした一年間を遠い記憶を呼び起こし、思い返してみてもこれ程大事にされた様な記憶は無い。
それに比べて現在の状況はと言うと……。
事ある毎に私の顔を覗きに来る兄と姉を筆頭に、父と母も傍で歩みを止めては私を抱き上げて来る。
正直かなりくすぐったい。可愛がられるという経験が皆無である私には少し居心地が悪いのだ。
まぁそれも巣立ちを迎えれば懐かしい思い出の様な物になるのだろうか。
そんな事を考えながら、周りの人にひたすらに可愛がられては寝るという甘い日々を過ごす私であった。
3年という月日が経った。
未だに周りの人達に可愛がられて過ごすという日々を送っている。
今ではすっかり落ち着いているが、私がこの転生体に生まれてから数ヵ月が経った頃、私の心中はかなりの焦燥感に襲われていた。
成長が遅すぎたのだ。
兄と姉の姿を見てこの二人は生後何ヶ月ぐらいなのだろうかという疑問を日々抱いていたが、ふと私の姿を鑑みて一つの困惑が浮かんだ。
この体で既に数ヵ月という月日を過ごしたにも関わらず、多少の成長が見られる程度の微々たる物だ。
そして私は焦った。
成長不良の出来損ないとして生まれてしまったのではないかと言う事に。
しかし、そんな焦りはある日、私を抱き上げた父と傍で微笑みを浮かべていた母との会話で氷解する事になる。
「それにしても、どんどん大きくなるなぁ」
「ふふふ、そうですね。それにしても、本当にこの子は手のかからない良い子ですね」
「ん?あぁ、確かにそうだな。全然泣かないから少し心配になる程だが……」
「そう、ですねぇ……。ですが、お医者様の話では体に不調もないそうですし、それどころか平均よりも成長が早いそうで、健康そのものだと太鼓判を押してくださっていますよ」
「うむ……。まぁ健康だと言うのならそれで……、おや、どうしたんだいウェンディ?そんなに目を見開いて……。何かにびっくりしたのかな?虫でも入って来たのか?」
そう言葉を告げた後、父はキョロキョロと部屋を見渡している。
何にびっくりしたって?それはさっきの会話の内容にだ。
成長が遅い処か、平均よりも早いという……。これで……?
それから暫く経った後、事実を知る事になる。
どうやら生後数ヵ月程と思っていた兄と姉の年齢が発覚した。
兄、ヴェスターは5歳で、姉、ヴィアリスは3歳だった。
どうやら人という種族は成長がかなり遅い様だ。
その事を知れた事により、私は心の底から安堵したのだった。
さて、成長が遅いという事は、私にはまだ巣立ちの日まで時間が与えられた事になる。
以前の私は親元を巣立った後、どう英雄へと登り詰めるか最短距離を模索していたが、成長が遅いというのならある程度はゆっくりと計画を立ててもいい。
それに、付き従って転生したはずである前世の配下の事も探さなければいけない。
まぁその点に関しては余り心配はしていないと言うのが正直な所だ。
私が日々を過ごす中で、それとなく接触してくるという事は配下達の前世での有能振りを鑑みれば信頼できる。
……いや、約一名心配な奴が居た事に思い至ったがまぁ何とかするだろう。
今の所は自分の物語に集中する事にしよう。
楽しみだ。
堪えきれず吊り上がる口角に、小さく笑みを零すのだった。