プロローグ
冒険者や勇者といった者達の英雄譚に憧れた風竜は、ひたすらに自分を鍛えながらその時を待った。
いつの日か、勇者やそれに準ずるモノが自分の前に現れ、熱い激戦を繰り広げるその時を。
しかし、どれ程の時が流れようと、その日が来る事は無かった。
そこで風竜は考える。英雄譚にはかなり高い頻度で竜が出てくるが、更に高確率で登場するモノが居た。
魔族や魔物を統べる者、魔王だ。
風竜は、思い立ったが吉日と旅に出る。まぁ旅と言っても空を飛んでいけば2日程の距離だ。
そして辿り着いたのは魔王城。
三日三晩続いた激戦は、風竜の乾いた心を確かに潤したがそれも一時の事だった。
風竜はどうしようもなく、『英雄譚』に憧れたのだ。縄張り争いの延長線上にあるような戦いに興味はない。
確かに魔王との戦いは楽しかったが、そこには胸を滾らせるような『物語』が無かった。
しかし、これで舞台は整った。魔王城の玉座を砕き、そこに横たわる。
屋根から一気に強襲を仕掛けた為にその半分程が崩れ落ち、吹き曝しの様な有様だ。
その崩れた屋根を見上げて青い月を見上げる。
「これでは勇者が乗り込んできた時にカッコ悪いか……」
「新たな魔王様!私達にお任せを!直ぐに貴方様に相応しい状態へと修繕に掛かります」
「ん?いいのか?じゃぁお願い」
「はっ!」
そして進んでいく屋根の修復作業を眺めながら風竜は笑みを浮かべる。
魔王の座を奪った。これで暫く待てば勇者が乗り込んできてくれる。
それらしい台詞は何度も英雄譚を読んでいるのでばっちりの筈だ。
これで風竜は物語の登場人物、それも最重要とされる魔王の座を手に入れた。
物語の中、英雄譚の中へと入った事により笑いが止まらない。楽しみだった。
すごくすごく楽しみだった。
それから更に長い長い月日が流れた。
偶に人里へ軍勢を遠征させて威圧してみたり、人の王国やら帝国やらと言った所に宣戦布告してみたりしたが魔王城へと辿り着く者は皆無。
東の王国で勇者が現れたと聞けばちょっとちょっかいを出してみたりして失望させられ、南の帝国でS級の冒険者の噂を耳にしてちょっかい出して失望させられ……。
風竜は待った。長い長い月日を……。
「ふはははっ!よくぞここまで辿り着いた勇者よ!我こそが竜の王にして魔の頂点!魔王だ!
くっくっく、ここまで辿り着いた褒美に、どうだ?我の手を取れば世界の半分をくれてやろう!」
重々しく、威圧感に覇気を纏って響く声。
部屋の半分以上を占める玉座に横たわるのは暴力の顕現たる竜の王にして魔の頂点に君臨する魔王。
そのすぐそばに跪くのは3人の魔族。
暫くの間静寂に包まれたその空間に、パチパチと乾いた拍手が響き渡った。
「何度聞いても素晴らしいです!風格、威厳、威圧感、ありとあらゆるモノが内包された素晴らしいモノでありました!」
「魔王様かっこいー。よっ!世界一!」
「……かっこいい」
三者三様に感想を述べる様を、見渡した風竜は溜息を付いた。
もう台詞の練習にも飽き飽きなのだ。
それもそのはず、数千数万回と繰り返したのだ。飽きない方が可笑しい。
「……もうだめだ。飽きた……」
「ええっと……。魔王様、報告が……」
「うん。何?」
「5年前に確認された勇者ですが……」
そう告げた魔族に項垂れていた風竜は飛び起きて目を輝かせる。
「おぉ、勇者!今代の勇者は近年稀に見る優秀振りだ。この調子でくれば3年も待たずにここまで……」
「それが……、どうやらグロットル火山の主である火竜に痛手を負わされた様でして……、旅はそこまでで引退という噂が……」
「…………はぁ」
続いた魔族の台詞に深い溜息を吐いた。
もうどれだけ時がたったか思い出せない。
魔王の座についた時から、なぜか付き従ってくれた3人の魔王軍幹部の魔族達。
この3人が居てくれた事で一人で待つよりも長い間魔王と言う玉座で勇者を待つ事が出来たが、もう我慢の限界だった。
「決めた。私はもう待てない……。英雄譚に謳われる英雄が居ないのなら私が英雄になろう。
お前達には良くして貰ったが、私はもう待つ事に飽きてしまった……」
「どうなさるおつもりですか?」
「私は、人に転生する!」
「魔王様!お許しいただけるのであれば、来世でも私を……、貴方様の物語の端に加えて下さいませぬか!」
「魔王様!ボクも行く!」
「……私も」
跪く3人の魔族が顔を上げ、玉座に横たわる風竜に懇願の眼差しを向けている。
まさかここまで慕われているとは思っていなかった風竜は、3人の申し出に少し困惑した様子を浮かべていた。
数十年程前からこの計画は風竜の頭の中にあり、転生の秘術は既に構築され手元にある。
何時でも発動できる状態だ。
暫しの間風竜は考え、答えを出す。
まぁ、別にいいかな。と、そんな軽い感じだ。
3人の事は嫌いではない処か、とても気に入っている。
長い年月を共に生きたのだ。情などとは無縁と思っていたがそこには確かに親愛とも呼べるモノが胸の内にある様に感じたのだ。
「いいよ。じゃぁ一緒に行こうか」
「ありがとうございます!何処までも、何処まででもお供致します!」
「わーい!楽しみだなぁ」
「……」
風竜の言葉に3人は心底嬉しそうな笑顔を浮かべ、それを見た風竜もまた微笑みを浮かべた。
「さて、じゃぁさっそく行こうか。転生先は人で……、100年ぐらい先のほうがいいかな……」
「承知しました」
「100年かぁ……。よしっ」
「……了解」
3人と風竜は魔力を操作し、魂の記憶とも呼ばれるモノを弄る。
本来は神と称されるモノにしか触れる事の許されない領域を、膨大な魔力を利用して一部だけではあるが操作する事を可能としていた。
「よし、じゃぁ、また来世で会おう」
「はっ!」
「はーい!」
「……はい」
言葉を発した後、残るのは静寂。
3人と風竜の姿は跡形も無く消えている。
残された物は唯一つ、異様とも言える巨大な玉座の上に子供向けの絵本だけ。
どこからか一陣の風が吹き、パラパラと音を立ててページをめくっていく。
やがて止まったページには、デフォルメされたどこか可愛らしい竜と、光る剣を構えた勇者の絵が描かれていた……。