96 天使にも悪魔にもなる
それではやりますか! と立ち上がろうとしたら村長に袖をつかまれた。
「タカオサ。お前のところに酒があるなら回してくれ。村の備蓄では賄い切れんのだ。春目様や大商会の方々に安酒を出すわけにもいかないし」
まあ、あんな数がきたら村の備蓄なんてあっと言う間に消費されるだろうな。
「よくおれが酒を持っていることを知ってるな?」
「お前が西崎でやっていることを知らないと思ったか?」
「おや、もうバレてたのか」
「バレないわけがあるまい。いきなり西崎のヤツらが酒を買わなくなったのだからな」
あ、そこまで考えが至らなかったわ。マヌケだな、おれ。
「よく止めなかったな」
「止められるか! 薬や菓子まで売り出しやがって。もう西崎だけではなく、他の集落まで伝わっているんだぞ。止めたら一揆だわ」
ハハルから「順調だよ」とは聞いてたが、まさか、もう他の集落まで伝わっているとは思わなかった。あいつ、どんだけ商売上手なんだよ!?
「アハハ。御用のさいはいつでもご注文ください。知り合い価格でお売りしますよ。あ、魔力売買もしてるから、支払いは魔力でも金でもお好きなほうで構いませんぜ。あ、その場合、魔力売買器を設置させてもらいますがね」
村長の許可が出るのなら、さらに魔力は集められる。千華村も魔力売買の魅了に取り憑かれ、四台も設置させてくれたから花木村も魅了させれるはずだ。
「……この悪童め……」
ふふっ。確かに天下の大商会を前にしたらおれのはガキの悪戯だな。勝てる気が湧いてこないぜ。
「で、どうする? おれは村長の判断を尊重するぜ」
村長だけに、とか笑いがこみ上げてきたが、必至に堪えて村長な判断を委ねた。
「……わかった。許可する……」
「賢明な決断をできる村長で嬉しいよ。開拓に困ったら相談に乗るぜ。それと古米があるなら売ってくれ。材料があるとないでは価格に違いが出るんでよ」
「ーーでしたら、わたしどもの古米を買ってはいただけませんか?」
と、サイロさんが割り込んできた。
「売っていただけるのなら買わしていただきますが、よろしいので? 流通の見通しが立たないうちに」
どうなるかわからないのだ、備蓄は多いほうがいい。例え古米でもだ。
「三年米でカビの生えたものです。処分するにも手間でして、タカオサ様なら買ってくださると思い、荷馬車十台ほど運びました」
「じゅ、十台、ですか? 町中から集めたので?」
一台五百キロとして十台で五トン。米蔵一つ分に匹敵する。収穫時期でもなければ五トン近い米は運んだりはしない。
「いえ、曽井様より備蓄米を買い取らせていただきました」
町のかよ!? よく売ったな! 備蓄米は国のだろうに大丈夫なのか? 反逆罪とかならんだろうな?
「四年米から破棄する決まりなので問題ありません」
そりゃそうか。いつまでも備蓄して置くわけにもいかんし、置場所も限界があるからな。
「では、ありがたく買わしていただきます。代金はいかほどになりましょうか?」
今なら言い値で買うぜ。
「可能であれば酒でいただきたい。タカオサ様が卸してくださった酒は一級酒にも勝りますからな」
「よろしいので? 酒屋に恨まれるのでは」
「その酒屋から泣きつかれておるのだ。酒が入ってこないとな」
あ、あー。酒は運ばれてくるものだから、止まれば消費されるだけ。酒屋もだが、町としても滞らせるわけにはいかない。不安は治安を悪化させるし、治世に疑いを持たれるからな。
「非常時ゆえ、法規的な対処をするまでだ」
言葉はいいよう、法は使いよう。臨機応変できる町長のようだ。
「わかりました。材料があればすぐにでも用意できるので荷馬車三台分を明日の昼までは用意しましょう」
「そんなに早くですか?」
「魔力さえあれば可能です。魔力さえあれば、ね」
大事なことなので二度言いました。
「よ、よろしいので、そんな重要なことをおっしゃって……」
「別に重要じゃないので構いません。それどころか知っていて欲しいくらいです。おれは魔力がなければなにもできないってことをね」
じゃあ、魔力があればできることか。なんて思ってくれたら最高だな。その差額で儲けさせてもらうからよ。
なんて、甘いことが通じるオン商会やゼルフィング商会ではないだろうが、敵対しなければバレても構わない。なんなら軍門に下っても構わない。後ろ楯があるのは心強いしな。
だがまあ、この二人なら知らぬふりして、適度な関係を築くだろう。それは、二人を見てればわかる。いや、背後にいる者の姿が見える。
そいつは、目的のためなら天使にも悪魔にもなる。まさに手段は問わない、利用できるなら親でも使えってタイプだ。
おれがそうだったからよくわかるぜ……。