92 ビックネーム
おれの先制パンチが効いたようで、場か凍りついたーーってことはなく、村長以外は平然としていた。
「フフ。さすが不破の不知火。引退してもその悪辣さは変わらんのぉ」
と言ったのは老魔術士。初対面ではあるが、初めて会ったような気にならない。町の相談役は、大体こんな感じであり、傭兵時代、よく相手させられたものだ。
「なにも知らず呼び出されたゆえに」
短く答える。余計なことは言わないのが吉だ。
「申し訳ございません。それはこちらの不手際。謝罪申し上げます、タカオサ様」
この面子の代表なのか、任されたのかはわからんが、六原屋のサイロさんが畳に手をつけ頭を下げ、大陸の商人と西洋風の青年も軽く頭を下げた。
……こりゃ、念入りにおれのことを調べられてるな……。
無礼には無礼を。礼儀には礼儀を。おれに傭兵の生き方を教えてくれた翁の言葉で、それは今も守っているくらい、おれのあり方になっている。
「謝罪、受け取らせてもらいます」
こちらも畳に手をつけ、軽く頭を下げた。
作法はコミュニケーション。人と人の繋がりを円滑にするものである。
「ありがとうございます」
一、二、三と数えて頭を上げた。
「村長殿。タカオサ殿に茶を出してくれ」
最上の白髪混じりの男がにこやかに村長に茶を出すように命令する。
この場の流れについていけないでいた村長ではあるが、法の中で生き、権力の下にいただけあり、すぐに女中頭に茶を持ってくるよう命令した。
田舎の女中頭とは言え、こう言うこともあるのだろう、すぐに茶が運ばれてきた。
茶椀に手を伸ばし、一口飲んで卓に戻した。
それで? と白髪混じりの男に目を向ける。
「わたしは、三賀町を預かる曽井サダイ様の副事官、春目ナロエと申す」
町長の副事官とはまた大物がきたものだ。
前世の記憶がある者にしたら町長なんてショボく思えるだろうが、この国の町長は藩主や領主のような位置で、周辺の村、もちろん、花木村も傘下に治めている。
その町長の次に権力を持つのが副事官で、村への執行権を持っている、と聞いたことがある。よくは知らん。
「これはご丁寧に。知ってはいるでしょうが、礼儀として名乗らせていただきます。わたしは、タカオサ。今は根なし草として生きております」
頭は下げず、名を告げた。
「フフ。噂以上のやり手のようだ。さすが鬼人団で交渉人をやっていただけはある」
目を伏せる程度の反応を見せる。そんなのは知らんがなと、な。
「タカオサ様。急に呼び出したこと、改めてお礼申し上げます」
交渉を知っている六原屋のサイロさんが、畳に頭をつけ礼を言ってくる。
……ほんと、厄介な交渉人がきたものだ……。
はぁ~と心の中で盛大にため息をつく。脳筋ばかりのところで誰もやらないからおれがやっていただけで、マジな交渉人となんか対等に渡り合えるわけがないし、狸な尊敬にはいいように騙されもした。
前世の記憶が蘇ったから、まだ対抗できてるが、海千山千の商人となんてガチで対抗なんてできるわけがない。虚勢とハッタリだけでは、最後に丸められて食われることだろうよ。
「礼には及びません。根なし草とは言え、人との繋がりを断ったわけではございません。言葉を交わしたいと言うなら喜んで交わしますよ、おれは」
どこまで対抗できるかわからんが、最初から放棄しては交渉は成り立たない。平然と強気、少々の冗談、求めるものを見定めて、妥協すべきところは妥協する。落としどころを見逃すな、だ。
「そう言ってくださる方で助かります。世には話の通じない方が多いですからな」
「交渉と言う言葉を履き違えた者はどこにもいますからな」
まあ、それをわからないヤツは滅びるだけだがよ。
「誠に話の通じる方の交渉は大変ありがたい限りですな」
なんて軽いジャブを打ち合いながら場を築いていく。
「おっと。ご紹介をするのを忘れてましたな」
サイロさんのわざとらしい気づきに、大陸の商人と西洋風の青年が、気持ち、こちらへと体を向けた。
……それだけで長年、この国にきていることがわかるな……。
「いえ、こちらからご挨拶させてください」
と、大陸の商人がにこやかに笑みを浮かべながらセイロさんの紹介を遮った。
こちらに向いた大陸の商人も役職は高いのだろう。身なりはもちろん、雰囲気は柔和だか、目力が凄い。かなりの修羅場を経験しているとわかる。
「初にお目にかかります。わたしは、リュウラン。オン商会で東国島を任されております」
「……オン家の方でしたか……」
こんな田舎にも轟く大陸一の商会で、下手な国家より力を持っている。なるほど、三賀町のお偉いさんがでばってくるはずだ。この国の財政を何割か支えているって話だからよ。
「いえいえ。わたしは一介の雇われの身。オン家に名を連ねてはおりませんよ」
確かにオン商会の大きさを見たら一介の雇われ者だろうが、この国からしたら格上の存在。無下どころか、上座に座っても不思議ではない存在だろう。
そうしないところが逆に恐ろしい。絶対、影で暗躍する商会だ。
「では、わたしもご挨拶させていただきます」
西洋風の青年もこちらに体を向け、にこやかに笑った。
「初にお目にかかります。わたしは、サイレイト。ゼルフィング商会で東大陸全域を任されております」
さらに、ビックネームが出てきた!




