90 娘には勝てん
風呂でさっぱりさせた後、いつもの着物風のものではなく、赤目の皮で作ったズボンと万能ブーツ、白いシャツを着た。
着物風の服も楽でいいのだが、いまいち威厳がでないし、威厳のある服は動き難い。なので、出かけるときは前世の洋服みたいな格好にすることにしたのだ。
一応、護身用として左脇に下げれるホルスターに吸魔針を射てるネイルガンを装備し、三十センチのナイフを腰に下げた。
最後にテンガロンハットを被った。
どこの世界のなに時代だよ! とか突っ込まれそうだが、前世のおれが憧れており、今生のおれが気に入ってしまったのだからしょうがない。好きな服を好きなように着たっていいじゃない、だ。
ふふ。これで馬にでも股がったら最高だな。馬、飼っちゃう? 飼っちゃおうかな? あ、いや、ハーレーとかでもいいんじゃね? もうブルンブルンしちゃう?
「ダメ! 全然ダメ! 父さん、センスなさすぎ!」
なんてウキウキしながら姿見に映る自分を見ていると、背後から完全否定の声が飛んできた。
え? と振り返ったら、両手を腰に当てたハルミさんがいました。
「そんな道化師みたいな格好してたら笑われるわよ!」
「あ、いや、これはだーー」
「ーー一つ一つはいいけど、纏めるとダサくてたまんないわ! 父さんのスタイルには合わないよ!」
カタカナを使うようになって、すんなり受け入れたハルミさん。一番侮れないのはこの子だった。
「いや、趣味は人それぞれで……」
「趣味悪すぎ!」
一刀両断。こいつの口につけ入る隙はなし。言われるままに、ハルミが縫った服に着替えさせられてしまった。
「うん! 父さんはそれが一番よ!」
「あ、うん。ありがとな……」
娘に勝てる父親なし。ってことですべてを受け入れよう。
「じゃあ、村にいってくる」
「いってらっしゃいませ。旦那様」
ミルテとハルミに見送られて村へと向かうーー前にタナ爺のところへ向かう。
村へと続く道ではなく、いずれ街道へと繋げようとする仮道を辿り、タナ爺が住む家の裏に到着。五日前から始めたのに、結構な広さの雑木が払われていた。
「タナ爺~!」
万能素材で作ったクワを振るうパワフル爺様に声をかけた。
「ん? おぉ旦那。おはようございます」
雇う形になったので旦那呼びになったのだ。
別にいままで通りでも構わないのだが、村で培われた上下関係は鉄の掟のように強硬で、雇ったときから口調が変わってしまった。
ちなみに、その日、初めて上司に会ったら昼でもおはようございますが一般的な挨拶になっています。
「おう。おはようさん。日に日に耕されてるな」
天宝の効果か酒の効果かは知らんが、六十過ぎの爺様が一人でやれるスピードではない。
タナ爺、若い頃から鍛えてたら歴史に名が残るほどの人物になってたんじゃね?
「毎日旨いものを食って、旨い酒が飲める。気持ちいい風呂に入り、寝心地のいい布団で眠れりゃ力も湧くってもんですわ」
絶対、そんなことはない! とは言えるが、気持ちよく働いてくれるのなら否定する必要もない。残りの人生を楽しくしてください、だ。
「だが、さすがにタナ爺だけでは大変だろう。一応、魔物避けは施してはいるが、人には効果がないからな」
人は頼りにもなれば害悪にもなるからよ。
「なぁに、いつ死んでも悔いはないですぜ。旦那にはよくしてもらってますからな」
ハッハッハと豪快に笑うタナ爺。良いんだか悪いんだかわからん達観の仕方だな。底辺にいる男が六十過ぎまで生きるには辛いところだからよ。
「あまり簡単には死んでくれるなよ。タナ爺のような優秀な人材はそうはいないんだからよ」
実際、タナ爺は優秀で、門番の経験も豊富だ。人を見て、接しているから対応も的確だ。使う立場からしたら高い給料を払ってもいて欲しいくらいだ。
「へい! 旦那のお役に立てるよう働かしてもらいやす!」
こう言うかしずかれるのは不快だが、一家を築こうとしたら必要なこと。慣れるしかない、か。
「期待してるよ。ほれ、清酒だ。あと一服にビールでも飲みな」
魔力分の酒と差し入れ分の缶ビールを渡した。
「すんませんです。ありがたくいただきやす」
「仕事に支障が出ないようにな。それと、村に三賀町から隊を率いてきたようだが、見たかい?」
「へい。昼前に通りました」
昼前となると、一つ前の藤和村で泊まったのか。随分と強行したもんだ。
花木村にこようとしたら、藤和村ではなく、その一つ前の川凪村に泊まるほうが安全で確実な移動だろうに。
「荷馬車は結構な数だったかい?」
「へい。正確に数えてはいませんでしたが、十五台はいたかと。あと二十人の傭兵。しかも、全員、女でした」
女の傭兵ね。金鳳花かな?
「さすがタナ爺だ。これからも門番を頼むぜ」
観察力や洞察力と言った、見極めができる門番は貴重であり、家の顔にもなれば盾にもなれる者は宝と言っても過言ではない。
「お任せください」
自信に満ちた顔で頷くタナ爺。長生きしてうちを守ってくれ。
「仕事はほどほどにな」
そう言って村へと向かった。