60 星が落ちた
なにはともあれ朝日を登録して三納屋に向かうとしよう。
管理所で「またですか?」と言われたが、滞りなく登録完了。銀銭二十枚も取られたのは想定外だった。
「まさか大型船扱いになるとはな」
一日の停泊料銀銭五枚。時期外れで安いんだろうが、これも毎日になると結構な出費だわ。
はぁ~。拠点を作るための拠点を作らなくちゃならないとは、やることが増えていくばかりだ……。
「不知火さん、いらっしゃい」
三納屋にくると、主代理のタカサさんが店先を箒で掃いていた。
「おう。主代理がやる仕事かい?」
見習いの仕事だろう、それ。
「自分の店は自分で掃除しろが、うちの習わしなんですよ」
そう言や昔、爺さんもやってたな。趣味でやってるのかと思ってたわ。
「それはまた、見習うべき習わしだな」
「わたしとしては従業員に任せたいところなんですがね。まあ、中へどうぞ。お茶でも出しますんで」
ナイフが詰まった木箱を持って中へと入る。
「爺さんは留守かい?」
「ええ。商店の会合で。なんでも最華町へ続く山に星が落ちたそうで、通行できなくなったらしいです」
「それは大事だな」
大街道が断たれたら流通が滞ること間違いなし。国も復旧にてんてこ舞いだろうな。
山を通るルートもあるが、山は道が悪い上に魔物も出る。傭兵は嬉しいだろうが、行商隊は出費で泣くな。
「ええ。船を出す案も出ているようですが、どうなるにしろ物の値段は上がるでしょうね」
自然災害や魔物被害は日常茶飯事。またか、くらいの感覚であり、それで止める柔な精神では生きていけない。多少の被害は出しても流通が完全に止まることはないだろう。
「頼まれてたナイフだ。確認してくれ」
「昨日頼んで今日納品してもらえるのは助かります。お、この……絵は狛犬ですか?」
「ああ。それをおれの家紋とするんで、よろしくな」
これも登録すると家を興せて、商売や土地を買うことができるのだ。金銭二十枚の金を支払う必要はあるがな……。
「それはめでたいことで。氏名はなんと?」
家紋を持つと言うことは苗字を持つことなのだ。
「いや、まだ考え中さ。なんせ金が貯まってないんでな」
いきなり金銭二十枚を払ったなんて知れたら変な勘繰りを受ける。徐々に狛犬の絵とおれの名を広めて、認知されてきたら氏名を持つことにするのがベストだろう。
不破の不知火ではなく、タカオサの名が広まってくれないと傭兵団を立ち上げたと思われる。今は護衛やら討伐に避ける人材はいないんだからよ。
「まあ、不知火さんならすぐでしょう。こんな質のよいナイフをこれだけ早く用意できるのですから」
「一月、毎日のように三十本も買い取ってくれるならすぐだろうが、そうもいくまい」
いくら品薄とは言え、町の規模を考えたら二百もあれば充分。あとは月に二十本も卸せば市場は満たされるだろう。それ以上卸しても三納屋の不良在庫となるだけだ。
「まあ、そうですね。ですが、剣や槍は常時買い取りしてますよ。不知火さんが卸してくださる剣なら他の町や都にも売り出せますからね」
「都なら腕のいい鍛冶師はいるだろう」
「いくら腕はよくても一本作るのに二十日もかけられては儲けは出ませんし、買い手は限られてきます。昨日買い取りした剣なら毎日でも売って欲しいくらいです」
さすが商売人ってところか。前世の記憶があろうと本職には勝てんな。
「魔力さえあれば作れるから、そのときは三納屋さんに頼むよ」
「はい。その際は勉強させていただきます」
満面の笑みを浮かべるタカさん。三納屋は安泰だな。
ナイフは一本銀銭五枚で買い取ってもらい、すべてを銀銭で支払ってもらう。
「間違いなく百五十枚あるよ。悪いな、無理言って」
「構いませんよ。ところで、これは個人的なことで恐縮なのですが、不知火さんの靴は、どこでお買いになったものですか?」
靴? と自分が履いてる靴に目を向け気がつく。この時代には不似合いなブーツであることに……。
「なかなか見ない形ですね。見ただけでも機能性重視と言うのがわかります。さぞや有名な匠が拵えたんでしょうな」
傭兵は足から。靴はしっかりと選べの教えがあったから、自然と前世のタクティカルブーツを真似たが、今の技術では到底作られるものじゃなかった。
「いや、匠が作ったもんじゃないよ。魔道具によるものさ」
必殺、魔道具のお陰を出す。
「魔道具ですか? 靴を作る?」
「ああ。大陸のさらに海の向こうの大陸で作られたもので、魔法によって作られるのさ。ただまあ、魔力を結構食うので量産には向いてないがな」
秘技、思いつきで乗り切る。
「不知火さんは、その魔道具をお持ちで?」
タカサさんの目がキラリと光る。が、全身全霊をかけて平常心を維持する。
「ああ、持ってるよ」
ここは、嘘や誤魔化しを言ったらダメな場面。おれの言葉から確信を得ている。真実は真実の中に隠せ、だ。
「タカサさんは、靴に興味があるのかい? いい下駄を履いているようだが」
靴を履くのは兵士や傭兵、歩くのを商売としているものだ。靴の歴史も長く技術も発展している。が、町の人間は下駄かワラジだ。冬は足袋を履いて防寒するし、雪が積もれば藁長靴を履くものだ。
「いえ、そう興味もなかったのですが、不知火さんの靴が格好いいな~と思いまして」
まあ、洗練されてはいるから、その気持ちはわからなくはないな。
「ちなみにですが、お売りいただけるとしたらいくらでしょうか?」
それは売れと言ってるもんだぜ、タカサさんよ。
「売るなんて考えてないからいくらとは言えないが、作るのに確か、鬼猿の魔石を二十数個は使ったかな?」
万能スーツの一部なのでブーツだけの消費はわからないが、個別に作ろうとしたら魔力100は欲しいな。ちなみに、鬼猿の魔石は、30から40の魔力を秘めてます。ハイ、ぼったくりです。
「もし、よければ不知火さんの靴を見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「おいおい、男の靴だぞ」
どんなに金を積まれようとも男の靴なんて見たくないぞ。
「構いません」
そう真剣に言われたら嫌とも言えず、脱いでブーツを渡した。
「綺麗な足ですね。傭兵の足は水虫が当たり前だと思ってたのですが」
見たかったのは足のほうか!?