53 霊樹(れいじゅ)
翡翠に押し切られる感じで天宝を採りにいくことになった。
なったのだが、生憎と翡翠の説明では、その場所がわからなかった。
あっちに真っ直ぐ向かって、岩が見えたらそっちだ。とかでわかるか! 野生の感覚で言ってんじゃねーよ!
と怒鳴ったら、なぜか背に乗せられて、一匹と一人でいくことになったのです。はぁ~。
狛犬の背に乗ると言う異常であり貴重な体験をしているのに、まったくなんの感慨も湧いてこない。逆に売られていく子牛のよう気分になるのを堪えるのに必死だわ……。
暗闇の山の中を疾走する翡翠。こう言うところは野生なのに、なんで性格はニートのように残念なんだろうな。不思議な生き物だよ。
「まだ、かかるのか?」
体感時間で三十分。感覚では翡翠の速度は約七十キロ。山を越えて谷を越えて、たぶん、四十キロは来たはず。
魔物が犇めく世界では、基本、山は人跡未踏。余程重要なことがなければ入らないし、開拓もしない。人ではどうしようもない未知の生き物が生息しているからだ。
「もうすぐだ」
狛犬のすぐがどんだけか知らねーよ。と思ったすぐ、山の頂上付近で停止。身を屈めた。
おれが降りやすいように、ってわけじゃない。翡翠の気配から、なにを警戒するために身を屈めたのがわかった。
おれも万能スーツを全身に纏わせ、気配、臭い、熱などを遮断する。
「これ以上はデクどもに察知される」
翡翠もいつも以上に気配を殺して、ゆっくりと、警戒しながら先に進む。
デクがなんなのかわからないが、狛犬が警戒するなら余程のものだろうと、ネイルガンを作り、いつでも射てるように腰にホルスターを作って収めた。
頂上に辿り着き、翡翠が目を向ける先を追った。
万能さんにより、日の下で見えるように視界はクリアだが、これと言った生き物は見て取れない。
だが、不可思議な樹は見えた。なんだあれ?
見た目はもみの木と言うかツリーと言うか、三角形の樹が生えているのだが、なにか蔓のような物に覆われているのだ。
「あれが天宝だ」
たぶん、三角形の樹のことを言っているのだろう。バイザーモニターを拡大してみると、金色の桃が実っているのがわかった。
不可思議な樹ではあるが、別に危険は感じないし、その近くに生き物は見えない。って言うか、周りは拓けてるな? まるで人為的に草木がはえないようにしている感じだ。
「やはり、デクが増えたな」
お前の目にはなにが映ってんのよ?
「魔力を見ろ」
魔力? と言うので、魔力感知センサーを働かすーーと、三角形の樹の周り、拓けた場所に数万もの魔力反応があった。
「蟲か?」
「それではない。もっと視野を広げろ」
え? 違う? 視野を広げろ? どう言うことだよ?
「手前の木々だ。天宝を囲むようにデクがおる」
だからデクってなんだよ? わかるように説明しやがれ。
睨むが説明する気はなさそうなので、ため息一つ吐いて視野を広げてみる。
「ん?」
木々の中に魔力の反応がある。だが、熱反応はないし、動体反応もない。視界にも映らなかった。
「なんで木から魔力の反応が?」
誤差動か? と近くの木を見れば魔力反応はない。って言うか、万能さんが誤差動とかあり得ないだろう。したら神様が介入してるか、あそこに神様がいるかだ。
「それがデクだ」
木がデク? 魔力がある木? ん? もしかして、それって霊樹のことか?
ーー霊樹。簡単に言えば木の魔物だ。
山にいるので、人の生息域では滅多に見ることはないが、たまにバカな金目ちが観賞用として栽培(?)して、なにかの拍子に凶暴化。そして傭兵に狩られる。なんて話を聞いたことがある。
「……結構な数がいないか……?」
魔力の強弱はあるが、二百近い反応がある。もう壁と言ってもいいくらいだ。
「あのデクは動きはしないが、枝を伸ばして襲ってくるのだ。しかも、魔力を吸い取る。忌々しいデクよ」
「よく、食いにいこうと思うよな」
好物とか言ってるからには食ってるってこと。アホだろう、お前。
「少々魔力は吸われるが、力業でいける」
こいつ、意外と脳筋!?
「じゃあ、力業でいってこいよ。おれを連れてくんなよ」
おれを巻き込む必要ないよな!? 食いたきゃ食ってこいよ! ついでにお土産に採ってきて。
「楽に食いたいから主を連れてきたのだろうが。なんとかしろ」
こ、この駄犬がぁっ!
「それに、魔力が欲しいのなら好都合だろう。デクは魔力を吸い、溜め込むからのぉ」
確かに霊樹ーーデクの魔力は500から800と、なかなか美味しい量を持っている。それが二百近くある。単純計算でも十万はあるってことだ。見なかったことにはできない。
が、翡翠が力業と言うところに引っ掛かりを覚えるんだよな。
「あのデクは、枝を伸ばして襲ってくるだけか? なんか他にもあるんじゃないか?」
「うむ。毒を吐くヤツや眠らせるヤツ、幻を見せたりするのもいるな。あと、溶かす水を吐くのもいたな」
それを平然と口にする狛犬が凄いのか、デクがえげつないのか、ただまあ、厄介なのは十二分に理解できた。
はぁ~。さて、どうしたもんかね?