52 天宝(てんぽう)
日が沈む頃、柵が完成した。
なかなかどうして立派なものじゃないか。カナハは魔力操作やイメージ力が高い。
「……なんと言うか、カナハは天才だな……」
体術を教えるときも思ったが、成長率がハンパない。まさにスポンジが水を吸うようだわ。
「なあ、カナハ。風呂はできるようになったか?」
「うん。できるようになったよ」
やはりか。万能さんの補助があったとは言え、一日でできるとか、あそこまで三日かかったおれの立場がないよ……。
「そ、そっか。偉いぞ」
凡人が天才を羨んでもしかたがない。それより姪の成長を喜んでやろう。
「じゃあ、明日からは離れた場所から水を集めろ。こんな風に、な」
湖を指差し、水を指先に集める。
「これには二つの方法があって、魔力線を湖に伸ばして吸い取る方法。もう一つは、力業で水を魔力で集める方法だ。まずは魔力線を飛ばして集めることからやってみろ」
野球のボール大の水球を指先に集めるだけで魔力10も消費する。これがなんの役に立つかと言えば、水遊びする程度。だが、これが油だったら悪辣な武器となる。
これは、傭兵仲間の技で、油を投げつけるものだが、発火役がいれば問題なし。油まみれの敵は大惨事。そして、おれが不知火と名付けられた戦法でもある。
ちなみに、油を投げたヤツは、発火する魔術を覚えて『火走り』と異名がつきました。
「うん。頑張る!」
やる気があってよし。将来おれを楽させてくれ。
コロ舎の中に入ると、ハルマたちがコロ猪の寝床をこさえていた。
「どんな感じだ?」
葦を木槌で柔らかくしているハルマに尋ねる。ハルミとハハルは柔らかくした葦を敷いていた。
「刈ってきた葦だと半分もいかないかな?」
「まあ、十匹が寝れれば今日は大丈夫さ。明日またやってくれ。釣りは朝飯前にやって、生け簀に放っておいてくれ。ハルミも藁がないから葦集めな」
「わかった!」
「頑張る!」
こいつらも現金でよし。ハハルはもっと元気だせ。
「そのくらいにして晩飯にしよう。ご苦労さんな」
喜ぶ三人を先にいかせ、餌タンクと廃棄物タンクを増設する。あと、採取ドローンの設定を変え、コロ猪が食べられそうなものを集めてくるようにする。
「他には……あ、水も必要か。まったく、畜産は大変だぜ」
気軽に考えていた自分でアホさ加減に頭が痛くなるよ。まあ、今さら引けないので頑張るがよ。
「コロ舎はこれで大丈夫だろう」
あとは、試行錯誤やっていこうと諦め、家に戻って楽しい晩飯をいただいた。
食休みした後、カナハが用意した風呂に、ミルテ、ハルミが入り、ハハル、ハルマ、カナハと続く。おれはまだやることがあるので後で、だ。
夜の八時ともなれば田舎の者は床の中。一生懸命働いたから皆ぐっすり。いい夢見ろよ、と家をそっと出る。
「主よ」
と、暗闇から翡翠に呼びかけられた。びっくりしたー!!
「お、驚かすなよ。気配出せや」
「そうしたらあの小さいのが死ぬぞ」
ご説ごっとも。狛犬の威嚇で死んだヤツいましたっけね。
「で、なんだよ? 腹でも減ったか?」
「まだ減ってはおらぬ。だが、甘いものが食いたくなった」
「蜂蜜なら晩飯に出したろう?」
なに言ってんだ、お前は?
「その甘さではない。果物の甘さだ」
そう言われても、今の時期に甘い果物なんて木苺か枇杷っぽいの、あと、アケビのようなもの猿の実くらい。狛犬も食うのか?
「天宝を知らんか?」
天宝? 初めて聞くな。そんなものが今の時期に生っているのか?
「金色の、我の爪先ほどの果物じゃ。とろけるような甘さをした」
翡翠の爪先くらいで金色の果物。今の時期に生る、ね~。ん? 金色? 果物? 今の時期?
「って、金桃か!? 天女が食う果物ってやつ?!」
まさにファンタジーな果物で、一つ食べると三年寿命が伸び、どんな怪我も治すと言われている。噂では美肌になるとか、体を美しくするとかも言われ、金桃一つが市場に出たら同じようにだけの金に化けるとそうだ。
傭兵時代、金桃が見つかったと騒いだことがあり、四つの傭兵団が出たが、誰一人帰ってくるものはいなかった。
金桃を守る守護獣がいるとか、天女の呪いにあったとか、いろんな噂が立ったが、それを確認した者はいない。なのに、たまに市場に出るこの不思議。世間では天女が地上に遊びに降りて来たとき、金を得るためとか囁かれていたっけ。
「天女とやらがいるのかも食うのかも知らんが、我の好物だ」
野生のクセにグルメなやっちゃ。
「まあ、そんなに旨いならおれも食ってみたいが、金桃ーー天宝だったか? その場所を人に教えていいものなのか?」
人の間では伝説に近いものだ。滅多に出回らない。ってことは、数が少ないか、誰かが囲ってるかだ。
「それは構わん。人では辿り着けんからな」
……なにか、嫌な予感がしてきた……。
「だったらお前がいけよ。おれはその人だぞ」
「我でも辿り着くのは困難なのだ。それに、お前を人に入れたらタダの人に失礼だろうが」
お前が一番失礼だよ。おれはタダの人だよ。中身は、だけどよ。
「……なにが、困難とさせてるんだ……?」
「天宝の周りにはデクがおるのだ」
デク? なんだそりゃ?