49 コロ丼
「……久しぶりに傭兵所で食うか……」
町の食堂で食おうとしたが、若い傭兵が食っているコロ丼を見て食いたくなった。
「ハハルは、コロ猪を食ったことあるか?」
「ねえちゃんの結婚式で食べたのが最後かな」
よく狩れるコロ猪だが、村全体にいき渡るほど狩れるものではない。なにかの祝いや祭りでもないと口にはできんだろう。
「なら、昼はコロ猪を食おう。傭兵所のコロ丼は旨いぞ」
「いいの!?」
目を輝かせるハハル。可愛いもんだ。
「ああ、腹一杯食え。いや、傭兵相手の飯だから食い切れるかわからんがな」
前世で言えばメガ盛り。若い頃は二杯はいけたが、今は一杯食えるかわからんわ。
食事処に入り、空いてる席に座る。
「いらっしゃい! なににする?」
看板娘ではなく、厳ついあんちゃんが注文を取りに来た。
「コロ丼二つ。量少な目で頼む。あと、味噌汁も。いくらだい?」
「銅銭五枚だ!」
そう物価に変動はなしか。
あいよと金を払い、できて来るのを待つ。
焼いた肉を米に乗せてタレをかける、と言った、安い早い旨いの、アレな感じのものなので、できて来るのは早い。
「コロ丼二つと味噌汁だ!」
久しぶりに嗅ぐコロ丼の香り。腹が鳴る。
「ハハル。足りないときはお代わりしていいからな」
「うん!」
少な目なのに大盛りはあるコロ丼をかっ食らうハハル。年頃の女としてはどうかと思うが、旨そうに食っているのならそれでよし。おれも食らうとしますかね。
心の中でいただきますと唱え、久しぶりのコロ丼を口にした。
無理かなと思ったが、意外とペロリと食べられた。ハハルも同じく、いや、余裕で平らげた。
「お代わり、いくか?」
「うん!」
意外と大食らい? 大丈夫なのか?
「あんちゃん! お代わりを頼む」
「あいよ! いくつだい?」
「一つだ。あと、絞めてないコロ猪はあるなら四匹欲しいんだが、売ってくれないか?」
傭兵所に冷蔵庫はあるが、消費に上下がある傭兵所では決まった量は捌かない。裏で十数匹飼い、消費に合わせて捌くのだ。
「ちょっと待ってな。親方に訊いてくる」
そう言って厨房に下がり、数分して戻って来た。
「構わんそうだ。帰るときに裏に回りな」
裏に訊きにいく前に頼んだようで、お代わりも持ってきた。
「細かいのがないんで金銭でも構わないかい?」
「大丈夫だ。コロ猪四匹は銅銭十枚な」
「十枚? 安くないか?」
コロ丼が安いとは言え、一匹で五人前は取れるはず。単純計算で一匹銅銭十枚はするだろう。
「今はほとんどの傭兵団が出てるからな、増える一方なのさ」
増える一方? あ、町ではコロ猪を家畜化してたんだっけ。すっかり忘れてたわ。
「なら、もっと買っても大丈夫か? 十匹くらい?」
「大丈夫だと思うぞ。そろそろカグナ鳥が渡って来るからコロ丼も少なくなるからな」
そう言えば、カグナ鳥が大陸から渡って来る時期だった。
雁に似た渡り鳥で、何千羽とやって来る。やって来るだけならなんの問題もないのだが、このカグナ鳥と言うヤツは、田んぼを荒らす害獣でもあるのだ。
カグナ鳥は田んぼにいるオタマジャクシや虫を食うのだが、田植えしたばかりの頃に来るから、潰したり引っこ抜いたりして、放っておくと甚大な被害になる。
罠を仕掛けたり、遠射ちが得意な傭兵団が出たりと間引きすのだが、数は力とばかりに田んぼを荒らしてくれるのだ。
まあ、植えたばかりだから直すこともできるが、それでまた人手がかかるので、ここら辺の農家は毎年苦労しているそうだ。
「カグナ鳥か。焼き鳥とかもいいよな」
そんな不幸も転じれば恵み。大量に出るカグナ鳥のお陰で、鳥料理が発展し、コロ丼が出なくなるほど食卓に鳥料理が並ぶのだ。
カグナ鳥も生け捕りして飼うのもいいかも。卵も取れるし。
「親方と交渉したいんだが、今忙しいかい?」
「もう注文もないから大丈夫だろう。ちょっと待ってな」
と厨房に下がり、すぐに親方が出て来た。
「不知火!?」
おれを見るなり驚く親方。ってか、親方はまだ親方やってたんだな。
もう五十は過ぎてるだろうに体も気力もあの頃のまま。時が止まっていたかのようだ。
「久しぶりだな。もう引退してると思ったよ」
「バカ抜かせ! まだまだ働き盛りだ、引退なんぞあと二十年はせんわ!」
相変わらずな親方だ。あ、そうか。思い出した。コロ丼の味、あの頃と変わらない親方の味だったわ。
「お前こそ引退したと聞いたぞ。もったいねー。まだまだやれたのによ」
「他のアホどもと違っておれは繊細なんだよ。三十も過ぎたら気力も枯れるわ」
「よく言いやがる。テメーが繊細なんて笑い話にもならんわ」
失敬な。おれだって精神的に参ることだってあるってーの。
「まあ、金が必要だから傭兵団を創るかも知れんがな」
魔石を買うより集めたほうが安上がりだしよ。
「ほー。お前が傭兵団ね。そいつはおもしろそうだ」
「それより、コロ猪が欲しいんだが、売れるだけ売ってくれ」
「売るのは構わんが、結構な数がいるぞ」
「問題ない。売ってくれるだけ買うさ。裏に何匹いるんだ?」
「裏には二十いて、養殖所には五十はいるはずだ」
本当に結構な数だな。だが、言ったように問題はない。養豚ならぬ養コロするんだからな。
親方との交渉ですべて買うことにし、今日は裏にいる二十匹を引き取り、残りは明日と明後日に分けて引き取ることにした。
今日の夜は焼き肉だな。いや、毎日肉が続いてるけど……。
十万文字か。読んでくれてありがとう。