40 今日から
朝、日の出とともに起き出した。
おれが目覚めたのは運転席の上。余りにも座り心地がいいからそのまま眠ってしまった。
「逆に危険だな」
ハハルが使うからと心地好くしたのが敗因だわ。
ちょちょいのちょいで、運転席をちょっと硬めにする。まあ、それでも普通の馬車よりは座り心地がよいがな。
倒していた背もたれを戻し、ハッチを開けて外に出る。
「おじちゃん、おはよ」
と、ハルマが現れた。
「おう、おはよ。早いんだな」
夜明けとは言え、まだ農民が起き出すには早い。起きたってやる仕事はないのだから。
「昨日、早く寝たし」
そうだった。帰って来たときも寝てたからそりゃ起きるか。
「……おじちゃん、それ、なんだ?」
おれの背後にある物に気がついたようで、目を丸くしていた。
「あー……名前決めてなかったな」
輸送のことばかり考えてたから、そこまで気がつかんかったわ。
「万能だからオールマイティー? オスプレイ? では通じんか。横文字っぽ文化じゃないし。まあ、輸送するためのものなんだから輸送機でいいか」
世には飛空船なるものがあるし、大陸には自動車っぽいものもあるらしいが、これは空も飛べれば地も走れ、水に浮くこともできる。なんで、一纏めに呼ぶには輸送機がちょうどいいだろう。
……まあ、万能なだけあって他のこともできるが、今はその三つでいいだろう……。
「ってことで、これは輸送機って乗り物だ」
「乗り物?」
首を傾げるハルマ。乗り物が想像できんか? 馬車ならよく見るだろうに。
「まあ、魔道具だ。いずれお前にも動かしてもらうが、もうちょっと背が伸びてからだな。いっぱい食ってすくすく育て」
ハルマの頭をわしわしして顔を洗いにいく。
「あ、おじちゃん、おはよ」
「おはよ、おじちゃん」
家の横にある水場に来ると、カナハ、ハハルがいた。
「おう、おはようさん。よく眠れたか?」
あの狭いところに六人は寝れないので、カナハとハハルには万能素材で作ったテントに寝てもらったのだ。
「うん。よく眠れたよ」
「あたしはまんまり眠れなかった……」
枕が変わると寝れないタイプか。まあ、ハハルは繊細なところがあるからな。
「眠いならまだ寝ていいぞ。今日からいろいろやってもらうんだからよ」
あと二時間くらいは寝てても大丈夫だろう。いろいろやってもらうための準備が必要だから。
「大丈夫。よくあることだから」
なにが? とか訊く必要もない。繊細で多感な十八歳。夜はいろいろとあるのだ。
「そのうち一人部屋にするから、それまでは我慢しろ」
万能素材を使えば簡単だが、余り快適過ぎると、継ぎに移ったときに苦労する。人はランクを下げるのを嫌うからな。
「一人部屋って、そんな贅沢して大丈夫なの?」
「贅沢なほど広くはない。寝る場所と卓と箪笥が置ける程度だ」
「ねーちゃん、おじちゃんになにを言っても無駄だよ。あるがままを受け入れたほうが気が楽だよ。もっと驚くことがあるんだから」
と、乾いた笑みを浮かべるカナハ。いい具合に達観したようでなにより。
「翡翠のことは言ってないのか?」
ハハルにはキツいだろう。漏らすぞ。
「翡翠? なんのこと?」
カナハのセリフと表情になにか危険を感じたのか、素早い動きでおれとカナハを交互に見ていた。
「主よ、腹が減った。飯を頼む」
相変わらず無音で近寄る翡翠。まあ、おれはわかってたけど。
「え、誰!?」
と振り向こうとするハハルの頭を左右の手で止めた。
「お、おじちゃん!?」
「まあ、落ち着け。そして、覚悟しろ」
「できないよ! こんなことされたら益々不安だよ! なんなの!?」
「カナハ。翡翠のエサ皿を持ってきてくれ」
「う、うん。わかった」
やはりカナハは豪胆である。もう翡翠を受け入れているよ。
「おじちゃんなんなの!?」
「お前に心の準備を与えている」
「それ、まったく与えてないよ! 怖いよ!」
「うるさいのぉ。もうよい。カナハとか言ったか。朝はがっつり食いたい。塊で頼むぞ」
「悪いが頼む。冷蔵庫の上のほうから出してくれ」
こちらを見るカナハにそう頼んだ。
「ねぇ、なんなの!? カナハなんなの!? 言いなさいよ!」
「大丈夫。踏まれたりしないから」
振り返りもせず、エサ皿を両手に持って家へと向かって行った。
その後に続く翡翠がハハルの視界に入ったので、頭を押さえたまま強制的に歩かせる。
「なに!? なんか白いのがいるんだけど!?」
「それはうちの番犬だ」
「番犬? いや、犬の大きさじゃないよ! と言うか犬じゃないよね!?」
「お、慌ててる割によく見てるな。偉いぞ、ハハル」
頭を押さえているので撫でてやることはできないので、座右に振ってやった。
ヒィーヒィー泣きながらも抵抗するハハルを翡翠に近づけ、その白い体毛にハハルの顔を埋もれさせた。
「ほら、気持ちいいだろう? 友好の印に撫でてやれ。余り暴れると翡翠が怒るから止めろよ」
暴れていたハハルがピタリと止まる。聞き分けのいい子だ。
「主よ。鬱陶しいんだがな」
「これから一緒に暮らす家族なんだ、構ってやれ」
なんかため息をついた翡翠が振り向き、ハハルをじっと見た後、ベロンとハハルの顔を舐めた。顔全体を。
「ヒィッ」
と、ハハルの体から力が抜けた。
「……ハハルには重いスキンシップだったようだな……」
まあ、関係を築くのはゆっくりやっていけばいいか。
気絶したハハルをテントへと戻し、朝の仕事へと向かった。