24 花木村
おれが住む──いや、仮所属と言うべきか? いくばくかの金か物を納めることにより、村の出入りを許されているのだから。
ってことはどうでもよく、この村の名前は花木村と言う。
規模的には、まあ、大きいほうかな? って感じだろうか。日照りでも枯れない花崎湖があるのと、地形に恵まれたことが大きくなれた理由だろう。
平野にあるところは、この村の倍はあるが、村の境界線なんてあってないがごとし。村の枠を越えて交流があるから村の連中でもわからんだろうよ。
平野ではない、盆地や山の中の村は基本、村全体を囲む。魔物や獣が少ないところは掘りで、多いところは柵や棘木で囲んだりする。
石を組んだところもあるが、大体は無茶なことをして組んだんだろう。考えるまでもなく大事業になるんだからよ。
その点、この花木村はまだ人道的なほうだろう。重税はしてないし、タダ働きもさせていないしな。
まあ、前世の記憶があるから人道的なんて欠片も思えないが、蘇るまでは真っ当だと思ってたんだから笑えて来る。まさに無知は罪だわ。
「お、生きとったか」
街道門に来ると、見張り歴四十年のタナ爺に声をかけられた。
「ああ、生まれつきしぶといんでな。ってか、なんでタナ爺が南門にいるんだ?」
タナ爺の担当は北門だ。門番に病気が出た場合に手伝いに来るが、見たところいつもの三人はいる。いや、一人変わってんな。トウナはどうした?
トウナはおれより五、六歳上で、南門の番頭な男だ。
「トウナなら人馬組に移ったよ」
「人馬組に? なんで?」
若頭組──って言うのは自治団みたいなもので、村の秩序を守ることを目的とし、次期村長となる者が仕切る。
まあ、大体が村長の息子で、たまに婿養子だったりもするが、花木村の若頭は村長の息子で、確か兄貴と同じ歳だったから四十二、だったかな?
で、人馬組とは村の消防団みたいなものだな。なにかあると呼び出され、まさに名を体で表すように働かせられる組である。主に次男や三男が強制的に入れらるな。
おれは入れられる前に徴兵されたから、どういったものかは知らん。ただ、他のところを見る限り、この村の人馬組も酷い扱いをされてんだろうよ。
「お上から村を大きくしろって沙汰が来たのさ」
「ほぉう。お上もやっと重い腰を上げたか」
「なんか知ってんのか?」
「とりあえず中入れろや。せっかくだから茶でも出せ。そのうちいい物を差し入れしてやるからよ」
柵越しじゃ落ち着かんわ。
「おお、そうじゃった。入れ入れ」
ひと一人入れるくらいのバリケードをずらしてもらい、村へと入った。
門番は門の側で寝泊まりするので、粗末ながらも生活するには充分な小屋があり、井戸もちゃんとある。
小屋の中に入るのは久しぶりだが、これと言って変化はない。いや、前に入ったときよりボロくなってんな。
「暇があんだから直せよ」
「大工なんてこんなとこ来ねーよ」
まあ、そうだわな。銭を握っている村長が門番ごときにそんな優しさは見せるわけもないか。村人なんて使い捨てが当たり前の時代だしな。
「ほれ、茶だ。カナハも飲め」
なんとも気前がいいこと。
「しかも、久見茶とは豪勢だな。どうしたんだ?」
久見と言う木の実から作ったお茶で、一般的なものだが、門番の給金(って言うほどの金子でもないがな)で高級なものだ。ちなみに、おれでは買えんお茶です。
「町に出た甥っ子の土産さ」
タナ爺も三男で結婚できず、いいように扱われているが、奉公に出された甥がひとかどの成功を収めたとかなんとか言ってたっけ。
「んじゃ、遠慮なく」
と、久見茶をいただいた。
「へ~。こりゃまたいい茶じゃねーか。高級品だぜ、これ」
どのくらいの高級品かまではわからんが、一般人が飲めるようなもんじゃないのは確かだ。これは村長級の者が飲むものだぜ。
「そうなのか? わしにはよくわからん」
まあ、茶を飲まない者に違いはわからないか。
「飲まないなら酒と交換してくれ。タナ爺もそっちのほうが嬉しいだろう?」
「そりゃ、そっちのほうが嬉しいが、酒なんて買えんのか?」
「昔の知り合いが訪ねて来てな、土産にたくさん酒を持って来てくれたんだよ」
昔の知り合いが。うん、これも魔法の言葉だな。
「なら、交渉成立ってことで。明日も来るからそのとき交換な。構わんだろう?」
「ああ、それで構わんよ」
フフ。また生活が向上するぜ。
「そんで、なんで重い腰を上げたんだ?」
「この国の米が数年前から大陸で人気でな、米長者が何百人と出てんだよ。だが、米は税だ。米の取れ高で町長の力は決まる。そう大陸に出すわけにはいかん。町長は家臣に米で払うからな」
もちろん、米だけでは生きていけないので銭も払うだろうが、この国は米が給金となり、それが当たり前となっているから銭だけでは不安なんだろう。
前世の記憶があり、兵士や傭兵時代は金での報酬だったので、その感覚はよくわからない。銭のほうが便利なのにな。
なんてことを語ってはみたものの、学はなく、村の外を知らないタナ爺にはいまいちピンとこないようだ。
「つまり、だ。お上はもっと米が欲しいから農民に無茶言ってんだよ」
それでわかったようだが、門番には関係ないこと。大変だな~と軽い感想だった。