207 厄介事は海から
五ヶ月ぶりか……。
いつの間にか夏が過ぎ去っていた。
歳を重ねると流れる時間が速く感じるものだが、三十六の年は激動に流れていくものだぜ……。
秋風が感じられる今日、久しぶりにのんびりとタバコを吹かしていた。
「ヒャンヒャン!」
「ヒャン!」
庭をぼんやりと眺めていたら翡翠の仔たちがどこからか駆けて来た。
まだ仔犬サイズで狭いところにも入れるので、毎日屋敷中を駆け回っているのだ。
ちなみに母親の翡翠はおれの後ろで酒を飲んでいます。ったく、育児放棄か!
「仔は好きに育てばよい。まあ、育てたいのなら主に任せるよ」
野生の獣から飼い犬に堕ちやがって。ってまあ、仔たちは望月家の癒しになっているんだけどな。
「平和じゃのぉ」
「それはフラグと言ってよくないことを呼び寄せるんだから口にするんじゃないよ」
「よくないことなどいつも起こってるじゃろが」
そう言われると黙るしかない。
前世の記憶が甦ってからというものよくないことばかり起こっている。まあ、それと同じくらいよいことも起こっている。痛し痒しである。
「主はそんなにのんびりしててよいのか? 嫁どもは忙しく働いていると言うのに」
「昼間から酒を飲んでるお前に言われたくないよ」
「ふふ。我は主に飼われている身故、こうして主の側にいるのが役目よ」
しなだれて来る翡翠。見た目は美女だが、中身は犬。欲情も湧かんよ。
「側にいるなら元の姿のほうがよりかかれて嬉しいわ」
大きい犬に埋もれる。その夢が台無しだわ。
「それでは酒が飲めぬではないか」
「狛犬の姿でも酒を飲んでいただろうが」
「おや、そうじゃったかの~?」
すっとぼける駄犬。愛玩になったら媚びの一つでも振りやがれや!
……神よ。飼ったら最後まで面倒を見る。これは狛犬にも適用されるのでしょうか……?
「ったく、大人しく酒を飲んでろ」
「おー怖い怖い。なら、主の見えないところで飲ませてもらうよ」
酒瓶を持って部屋を出ていく翡翠。まったく、人化したら性格まで人っぽくなりやがって。どんな神秘だよ。
「はぁ~。異世界転生は波乱だぜ」
産まれたときからハードモードとか、そんなもの望んじゃいなかったんだけどな。のんびりゆったりスローライフしたいぜ。
──ねぇーよ、そんなもの。
なんか幻聴が聞こえたような気がしないでもないが、まあ、気のせいだと流しておこう。耳を傾けるとよくない気がするからな。
「旦那様。また商人が買いつけに来ました」
タバコをプカプカ吹かしていると、宿を任せているモリエから連絡が入った。
モリエは銅羅町出身の女で、宿屋の女将をしていたと言うので宿業全般を任せ、ある程度の決定権も持たせてある。なのに、連絡して来たと言うことは厄介事と言うことだろうよ……。
「問題か?」
「はい。噂を聞いたようで食料の買いつけのようです」
元々この国は食料自給率は高くなく、魔物や気候ですぐ飢饉になる。そうでなくても一月前に町一つなくなった。
田畑を失い、難民が各地に散る。ただでさえ食料が少ないところに人が増えたら食料を買い占める者は出て来る。
そこに食料を売るところがあればなにを置いても買いに来るだろうよ。
「殺気立ってるか?」
「いえ、男衆やカイナーズの方がいるので落ち着いてはいます」
宿には飲み屋も併設させたので、非番のカイナーズのヤツらが飲みに来るのだ。あちらのほうがいい酒があるだろうにな。
「イモなら売っても構わない。あ、コロ猪もいいぞ。増えすぎて困ってるらしいからな」
コロ猪はねずみ算的式に増えていく。地下の農場が環境がよすぎて四百匹を超えたとハルナから報告が上がってたのだ。
「わかりました。そのように進めます」
「ああ、頼むよ。またなにかあれば連絡してくれ」
「はい、わかりました」
モリエとの通信を切ると、ため息が漏れてしまう。
のんびりしていても一時間と続かない。宿、三賀町、月島、銅羅町と、あちらこちらから問題が出て来る。
「家長とは忙しいもんだよ」
好きでなったとは言え、問題事は勘弁である。
「タカオサ様。シーカイナーズから飛行訓練の申請が入りました」
間髪入れずカイナーズ担当の者から通信が入る。はぁ~。
「許可すると伝えてくれ」
「わかりました」
カイナーズも律儀と言うか、おれをこの一帯の支配者と思ってるのか、なにかするときは申請してくるのだ。
まあ、変な誤解をされたくないのだろう。敵対するには謎の存在だからなあ、おれは。
他からも判断を仰ぐ通信がひっきりなしにやってくる。
落ち着くまではしょうがないが、もっと命令系統や決定権を考えんとならんな。このままじゃ過労死……はならないが、精神的に参りそうだわ。
「タカオサ。問題発生だ」
今度はアイリから通信が入った。
「どうした?」
「所属不明の船に山梔子が攻撃を受けた」
アイリが通信ってだけで厄介なことだとは理解したが、それ以上の厄介なことらしい。
「シーカイナーズではないんだな」
海竜が群れで襲って来ようと瞬殺できる山梔子を襲う。無知なバカか転生者くらいだ。
「ああ、形状が違う。映像を送る」
頭の中に船が映し出される。
「……この船、前に見たな……」
浮いている木造船。間違いなくファンタジー製だ。
「沈めたのか?」
「いや、捕獲した。乗り込みの訓練にちょうどよかったからな」
頼もしい奥さんだよ。
「おれもいったほうがいいか?」
「できれば来て欲しい。わたしたちと違う種族なんでな」
はぁ~。厄介事確定か。おれの人生、波乱万丈だぜ。