175 できる女
さて。見習い兵の選別はアイリに任せ、おれは右軍の本拠地兼旗艦を造ることにする。
左軍とは違い、右軍ーーいや、右軍海上艦隊は本土防衛が主な任務だ。
いや、この国を統治しているわけでも代理防衛を受けているわけでもないが、生まれ故郷としてのバックボーンと言うか、帰属意識は残しておいたほうが纏まりがよくなると思うからだ。
「ミレハを推す。慎重なヤツだからな」
とアイリが言うので、右軍海上艦隊旗艦の艦長はミレハと決定しました。
「……ほんと、無茶苦茶ですね……」
一瞬で造り出された空母に呆れ果てながらも目の前で起こった現実を受け入れるミレハ。なかなか肝の座った女である。
「そうだな。無茶苦茶だと思うよ」
否定はしない。これが無茶苦茶でなくればなにが無茶苦茶だって話だからな。
「その無茶苦茶なものを指揮するのがお前だ、ミレハ中団長」
「……荷の重さに負けそうですが、姉さまがやるなら付き合うまでです……」
ミレハたちがアイリとどんな関係を築いて来たかは知らないが、このセリフでよくわかる。かけがえのない家族だったんだってな。
「そう気張るな。お前は自分の前にいる者たちに気を配れ。お前の後ろにはアイリがいておれがいるんだからよ」
必要なら横にも前にも出る。アイリが大切と思っている者を無駄に散らせたりはしないさ。
「……まったく、タカオサ様は……」
「なんだい? 変なこと言ったか、おれ?」
なぜ苦笑される。まともなことを言ったつもりだぞ。
「いえ、なんでもありません」
……なにかあるとしか思えない笑みを見せれてるんたがな……?
女の含み笑いを追及するだけ無駄と、意識を切り替え、空母へと乗り込んだ。
「山梔子に乗ったときも思いましたが、こんな大きいものが浮かんでいるのが不思議でたまりません」
不思議でいられるのは知識や常識がないからだろう。もし、明治時代の軍人が平成時代にタイムスリップして最新鋭の護衛艦を見たら絶句することだろう。
おれだって戦艦が空を飛んでたら口をあんぐり開けて絶句してるだろうよ。
「世の中に理解に苦しむものがいっぱいあるからな。そう言うものだと流しておけばいいさ」
なんでもかんでも答えを求めればいいってもんじゃない。こんな神の力で作られたものを理解しようとしたら何万年何億年とかかるだろう。無駄どころか意味がない。短い人生をドブに捨てるより愚かなことだわ。
「ただ、この艦の主はミレハ、お前だ。誰よりもこの艦に詳しくなければいけない。内部外部性能と言った面から乗員の配置状況から管理までーーと言いたいところだが、さすがにそんな無茶は言わないし、言えるわけもない」
そんなこと言ったら当主であるおれはすべてを覚え、家臣たちを管理しろってことになる。いくら万能さんがいてもできることではねーよ! できたとしても精神が先に死ぬわ!
「操作や性能把握はシミュレーターで学ぶとして、感覚は体を使って学んでもらう」
「体で、ですか?」
意味がわからないようで、不思議そうに首を傾げた。
「自分の足で艦内を歩き回り、どこになにがあるか、どのくらい広いのか、そこから見える景色はどうか、ここでどう動くのか、自分の体以上に艦を知れ。それがお前の役目であり自分や仲間たちを守る術だからだ」
厳しいことを言っているのは理解している。だが、それができなくては自分も仲間も守れない。おれにできるのはその道筋を作ることぐらい。あとはミレハの意志で歩くしかないのだ。
「命令はしたが、無理なら撤回するぞ」
宥め透かして納得させることもできるが、無理矢理やらせたのでは実力は身にも心にもつかない。ハリボテでは早々に死ぬだけだ。仲間を道連れにしてな。
「いえ、やります! やらしてください!」
ビシッと傭兵式敬礼をする。なんだ急に!?
びっくりしてミレハを見詰めていると、ふっと柔らかい笑みを浮かべた。
「これは姉さまにも言ってなかったことですが、わたし、海が好きなんです。いつか海の側で暮らしたいと夢見てたんですよ」
なぜそれをおれに告白する?
そう口から出そうなのを堪える。揺らぎそうな表情も堪える。これはアレだ。鈍感にならなければならない場面だ。
「そうか。夢が叶ってなによりだ」
当たり障りのない答えを返しておく。
「見習い兵の識別が終わるまで昼間は艦の中を歩き回り、夜はシミュレーターで学べ」
「はっ! 了解です!」
女の顔ではなく傭兵の顔に戻り、傭兵式の敬礼を見せた。
切り換えられる女はできる女の証。アイリが推すのも納得だわ。




