二人の手料理
やっとこ書き上げました。それではどうぞ。
「……っ!?……あ、あれ……ここは?……家か?」
俺はいつの間にか自分の部屋に戻り、マットレスの上に直接横たわっていた。身体に異常はなかったが、眼と頭に異様な鈍痛を感じて暫く横になったまま、今までの経緯を思い起こしていた。
コラマさんに伝えられた待ち合わせの場所に現れた米露各々の使者を、つきみとルナが追い返した後、俺はつい出来心から二人に自分に拘る理由を訊ねたのだが、それを説明されている最中に気を失って……、
「そう、そーいや二人はどこに居るんだ?」
二間続きの部屋、奥にあるベランダに面した寝室は当然ながら、立ち上がって進んだリビング兼食堂には誰も居なかった。部屋の片隅にはコラマさんから借り受けた数多くの女性用衣服が折り畳まれたまま山積みになり、独り身の部屋だった筈の空間に独特の華やかな香りを漂わせていた。
それだけ見れば、両手に華の恵まれた環境に鼻の下も延びそうなものだが、相手はパワードスーツを相手にしても容易く一捻りにしてしまうアンドロイド……見方によっては工事用重機と一緒に暮らすのと変わらないんじゃないか?見た目に騙されてはイカンのだ。
まさか俺を置いて何処かに消えるようなことはなかろうが……いや、別に同居したくてそう思っている訳じゃないし……そう!そこに有る衣服は女物の下着まで借りているし、それらを手に持って返しに行く難事業だけは避けたいからだ!……うん、たぶんそうだ……。
そう結論を無理にこじつけながら扉まで進むと、外から扉が開き、つきみとルナと鉢合わせになった。
「あ、ハジメ様、目を覚ましたのですか?」
「旦那様!只今帰りました!さっそくご飯を作りますからご心配なく!」
つきみは手にぶら下げた白い袋を掲げながら、ルナは手にしたタブレットを弄りつつ靴を脱いで部屋へと上がる。……買い物?……タブレット!?
「ち、ちょっと待て待て……買い物って、お金は?……それにそのタブレット、どこから手に入れてきたんだ?」
慌てて聞いてみる俺の様子を余所に、つきみは袋から肉や野菜を取り出して洗ったりし、ルナはタブレットを眺めつつ、つきみに指示をして料理の準備を始め……いやいやだから!!
「あの、ルナさん?お金はどこから出したんですか?」
「……あ、代金ですか?勿論ここにしまっておきました。」
言いながら首もとから手を差し込むと、封筒に入れた紙幣と硬貨を掌に取り出して見せて俺に手渡した……あ、ほんのり生暖かい……。
「……いや!そこじゃない!まぁ、場所はそこだと判ったけど!あとどーしてリアルに人肌の温もりを残した五百円硬貨だけ遅れて手渡してくるの?」
「……それは、それが丁度谷間に挟まっていたからです。……幸福のお裾分けですかね?」
「はいはいセクサロイドの温もり再現力は確認しました!でもやっぱり現金の出所が謎のままですよっ!?」
「あ、旦那様!それはコラマさんに事後報告しに行ったら手間賃だとか言って渡されました!何でも【情報提供で稼がせてもらった、そのお礼だ】とか言ってましたよ~♪」
「……あと、タブレットは情報収集に使えるから、と言われて暫く貸してくれるそうです。ま、処理能力はダントツに遅いですが……。」
……つまり、俺はコラマさんに一杯食わされたってことか……あなたを《信用しちゃいけないヒトランキング暫定一位》に認定することにします。えぇ、勿論暫くずーっと。
さて、脳内ランク付けも終了したけれど……コイツらは一体、何を作るつもりなんだ?
「なぁつきみ、何が出来上がるの?……メークイーンに、鶏肉……それと玉ねぎに人参……カレーか?」
「カレー?何ですかそれは?私達はコラマさんから【男の気持ちを掴むなら胃袋を掴め。それにはニクジャガが一番!……とか言うらしいぞ?】と言われました!」
そう言って微笑み、鶏肉を手で千切りながら答えるつきみ。うわぁ……いや、だから手で鶏モモ肉を引き千切るとか普通の料理本には書いてないよ?レタスとは違うからね?
「ツッコミ所が多過ぎだなぁ……ま、砂糖と塩を間違えなきゃいーから……」
「は~い♪こ~見えてつきみはヤれば出来る子ですから!……えーと、お酒を煮切る……煮ながら鍋ごと切断するのかな?」
「姉様……調理器具の破壊はもっての外ですよ?あと、煮切るとは鍋に入れたお酒に火を招いて発火させる神事とのこと。……この星に古くから信仰されているゾロアスター教では火そのものを神と奉るらしいです。つまりこれは神事に等しい行為……ではないかと思います。」
「……!?行為が神々しいッ……?……それはまさにセクサロイドらしいですぞ!!ルナしゃん!!私達は今正に……神と交信出来るかもしれません……!」
俺はおバカな二人をソッとすることにして、屋上へと避難した。その方が何となく上手くいきそうな気がしてきたから……理由なんて、それ位しかないけど……頑張ってる二人に茶々を入れるのも憚られる気がしたから……。
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気がつけば空は既に薄墨を越えて夜の帳が降りる頃合いになっていた。屋上には様々な家庭から立ち上る夕飯の支度の匂いが漂ってきて、少しだけ……少しだけ人恋しくなってきた。
俺は十代の半ばで両親と死別して、祖父母の元で育った。そして大学に入学した際には《生活困窮の為に学費を集中して稼ぎたいから休学願いを出したい》と申請した。……ま、その分、卒業までの時間は増えてしまうけど、留年して祖父母に負担をかける位なら休学して学費を稼いだ方が良いと思ったのだし……まだ二年になったばかりなんだから、焦ることは無い……筈だし。
「あ!やっぱりここでしたか!つきみにはちゃ~んと判ってたんですからね~♪」
……二人の騒がしい方が近付いてきて、俺の腕にキュッ、と抱き付く。……でも、何なんだろう、アンドロイド……いや、セクサロイドの癖に……そうされると、妙に落ち着くと言うか……、心の片隅にある空洞がスーッと、埋まっていくような、そんな感じになる。
「……なぁ、つきみ。お前らが見てる星々って、今こうして見上げてる夜空とやっぱり同じなのか?」
「んぅわぁ~ん♪旦那様が夜空を見上げながらつきみを誘っています!!はいはい準備万端が信条のつきみですから今すぐ」「違うから違うからね?俺の発言に勝手なセクシャル勘違いは必要ないからな?」
んもぅ!旦那様のいけずぅ~!とか言いながら、しかしつきみは俺と並んで手すりにもたれ掛かり、丸っこい顎をきゅ、と上に向けながら夜空を眺める。その眼差しは願いを叶える流れ星を探す思春期の娘のようにも、また……星になった伴侶を探す憂いを帯びた未亡人のようにも見えて……お?なんか今俺は急に詩的なこと、考えたぞ?
ま、それはおいといて、暫く眺めてからつきみは少しだけ残念そうにしながら、「……旦那様、どうやらつきみの見知った星座はこの場所からは確認できませんでしたぁ……あー、アルデバランとか見えたら一発で判るんだけどなぁ~。」
「なんでアルデバランなんだ?それに何なんだよそれ。星の名前か?(注・牡牛座の辺りにある星です)」
そういやコイツらは「人間が安心して身を任せられるように汗の成分に似せた物質を体内で精製して揮発させられるんですよ?凄いでしょ!!」とか言ってたな……アンモニアを微量に発生させたり……そりゃ、完全に生き物の領域だろ?
まさか……と思いながら、肩に頭を預けて眼を閉じているつきみの頭に顔を近付けてみると……、
……僅かに香る洗髪シャンプーの香りの向こう側に、ほんの僅かに感じる汗に近い匂い。それはヒトの体温に合わせたつきみの体表温度によってギリギリで感知出来るかどうか、そんな微量の存在……。
でもそれは不快感とは程遠く、気が付けば俺はつきみの頭を抱き抱えていた。甘く、そして頭の芯を痺れさせるような……、懐かしい匂い。
【……あれ?……俺はこうやって……つきみのことを何回も抱き締めていたような気がする……それどころか……、】
「……旦那様?ふふ♪……つきみは、いつでもウェルカム!!……ですよ?」
見下ろすつきみの表情はとても穏やかで、眼を細めながら俺のことを瞬きしつつ見詰めてくれていた。半開きの唇は薄桃色でグロスを塗ったかのように艶やかに光輝き……奥に隠れる舌はほんの少しだけ先端を覗かせながら、息遣いに合わせて、ゆっくりと上下に揺れていて……、
「……ッ!?……お、俺は何をしようとしてんだ……つ、つきみ…………なぁ、」
「……野暮ですよ?……夫婦の契りを結んだ間柄ですから、何をしても構わないんですからね……?」
そう言いながら首を傾けて、更に顔を近付けてくるつきみ……だから俺はコラマさんみたいな背の高い女性が好きでつきみやルナみたいなタイプはあまり好きでないと言うかやっぱり年若く見えるつきみは願望を抱えた男ならとても魅力的で何と言うかその落ち着かなきゃでもショートカットの髪形ってショートボブみたいにも見えるしそれはそれで悪くないいや逆に違うそうじゃなくて……、
「……んふ♪…………久々の旦那様の唇……いっただきまぁ~すぅ♪」
ムチュ♪………………ッ!?
唇と唇が重なって、つきみの舌が俺の口の中に侵入した瞬間、視界が青白く輝き急に心拍数が高まる……あらまぁこれがファーストキスの感触なんですかぁ……いや待ていや待て、だったら何故に俺の全身は震えて視界が狭まり脊髄反射で身体を痙攣させながは硬直させてんの!?……そ、そして……俺はこの衝撃的な電撃を経験したことが有る!?
「あ、旦那様!?いっけなーいアタシったらま~た口の中の絶縁が不完全だった?つきみ、もっとメンテナンスしてもらわなきゃ、ですわ~♪」
……つきみの暢気で明るい口調に心穏やかになりながら、俺はゆっくりと意識を失っていった。……またかよ……。
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「……れでね!久々に旦那様とチューしたら、やっぱりビリビリってなって旦那様が失神しちゃったの!いやぁ~我ながら罪作りなク・チ・ビ・ル♪」
「……姉様は単純に、漏電遮断回路が働いていないだけかと。一度は関東電気保安○会に保守点検した方が宜しいですわ。」
俺は再び戻った自分の部屋の真ん中でマットレスに横になりながら、つきみとルナの雑談に耳を傾けつつ目を覚ました。
次第に周囲の状況がハッキリと認識出来ると、失神直前のことが頭を過る。
目を閉じて唇を近付けるつきみ。彼女の濡れたように光る艶やかな唇が視界から消えて、自分の唇に柔らかく押し付けられた直後、彼女の舌が侵入してきたと同時に……心臓が一瞬で収縮し鼓動すら止まったかもしれない……いや本当に止まったぞ!?苦しいなんてもんじゃないから!!死ぬよマジで!!
……でも、その時、確かに感じたんだ……フワフワと宙に浮くつきみ、そして彼女の後ろの窓には満天の星達が煌めき、地上では滅多に拝めない星雲の数々も見えた……そんな景色が、記憶の奥底に眠っているかも、って。
「……で、ハジメ様はまだ眠っているのでしょうか?」
「ん?……いんや、もう起きてますよ♪今は静かに耳を澄ませて……つきみのモーニングキスを待ってるんじゃないかな~?」
「……姉様、暴徒撃退用電撃の漏電ですから確かに命に別状は無いかもしれませんが、体調不良時は効き目倍増ですからね?多分死にます。」
優しいバカと非情な冷徹娘の世間話の渦中の俺は、起きるべきかふて寝を決め込むべきか悩んでいたけれど……この甘辛い食欲を掻き立てる匂い……まさか、奴等は【ニクジャガ】の錬成を成功させたのか……?
しかし材料は鶏肉、それにジャガイモはメークィーンだぞ?……まともな物になる筈が……でもこの匂いは間違いなくニクジャガ……これは、確かめずには居られないぞ……?
……ガララッ!
「あ!旦那様起きました?さ、ご飯の時間ですよ~♪」
「いや待てつきみ、俺に対する電気ショックの謝罪は?」
「……さぁ、冷めないうちに食べましょうか!腕によりをかけて作った自信作ですよ~!!」
「再び言うが俺に対する電気ショックの謝罪は!?」
「まぁまぁハジメ様、別に私達はあなたが死んだとしても幾つかの活きの良い細胞さえ手に入れば……、姉様に変わって謝罪いたします、ゴメンナサイ……」
うんうん、どうやらこの二人は俺を半殺しにした罪悪感とかはないらしい。ルナは謝罪したけれど、その結論に達するまでの経過が実に怖い、そしてナチュラルに《死んでも構わないっ!》と思っているみたいだな。
まぁそれはそれとして、俺はつきみが差し出した箸を受け取って、その料理を食べることにした。……毒は入ってないよな?
「いや、別に気にしてないから……ただ、殺すのは無しでな?そんじゃ、いただきます!………………、……?」
「旦那様……どーですか?つきみ、味音痴かもしれないから、ルナと一緒にミリグラム単位で調味料量ったけど……」
「…………いや、旨いじゃん。美味しいよ?」
俺は意外な程に、その合作の肉じゃがの味を堪能してしまった。久々の家庭の味……とは、少しだけ違ったけれど。
二人の手料理の肉じゃがは、メークィーンは皮付きで丸のまま、ニンジンと玉ねぎは雑な切り方で大小ちぐはぐ、鶏肉は……つきみの怪力により乱雑に引きちぎられて……まぁ、そんな感じなんだけど。
しかし、味は悪くなかった。みりんと醤油だけのシンプルな味だけど、鶏肉は結構多めに入っているし(パッケージに仙台地鶏何たらとか書いてあったような……)、野菜の煮加減も良い塩梅で好感の持てる噛み応えだし、何よりメークィーンの自己主張のあるゴロッとした食感と、玉ねぎの甘味が混ざり合うことで満足感が得られたみたいだ。
だが一番の主役の肉が鶏肉だったことはマイナスに全くなっていず、まるで親子丼の卵だけが少しだけイメチェンしたかのような纏まりになっていて、最初の戸惑いは幾度か口に運びいれるうちに、綺麗サッパリ無くなっていた。
「美味しい!?本当ですか!!……じゃ、つきみも食べてみまーす♪」
「おいこらお前ら俺を毒味役にしてるんじゃなかろうな?」
「あ、ハジメ様はそのまま喫食なさって構いません。一応こちらに炊飯した白米、そして海藻入りの大豆発酵調味料の水溶液を煮沸した物もありますが、如何ですか?」
「それはご飯と味噌汁だな?面倒な言い方するな頂きます。」
俺は結局、お代わりをよそってもらいつつ三人で賑やかな食卓を囲み、渋々ながら二人の同居を承諾することにした。……まぁ、一宿一飯の義理ってことにしておこうか。
目指せ飯テロ作品!それではまた次回をお楽しみに!