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言の葉ウォーズ  作者: 二ノ宮明季
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   ――きみとのきおく――


「あーもう。ベッドが痛むでしょ!」

 彼女はセーラー服を自室にかけながら俺に言った。

 俺が、彼女のベッドの上で跳ねまわったからだ。

「だって、ついに君の部屋に干渉できてるんだもん。嬉しくて」

「はいはい。それは良いんだけど、壊れると困るの」

 彼女は、俺の頭を撫でながらやんわりと行動を制限してきた。それもまた、嬉しかった。

 俺は、彼女が好きだ。

 いつ、どんな風になっていても、やっぱり君が好きなんだ。

 百合……。


   ――――


 モモの部屋に入るやいなや、俺はモモのベッドにダイブしてみた。

「スプリングご愁傷様したらどうするの」

 モモが、呆れたように俺を見る。

「だってさー、モモの部屋に干渉できてうれしいんだもん」

「はいはい。それは良いけど、壊れると困るから」

 どこかであったような会話。なんとなく覚えがあるけど、何度目だったのか。

 どのモモも、同じ通学路に同じ家、同じ部屋だ。今回のモモも例外なく淡い色で構成された清潔感のある部屋の住人だ。

「今日からよろしくね、モモ」

「……うん」

 俺はベッドの上にあおむけになると、余裕っぽさと大人の色気を兼ね揃えた素晴らしいポーズをして見せた。嘘です。ただ仰向けに転がっただけです。

「でも、茜音にした事は許してないから」

 モモは、冷たい視線を俺に向けている。

 視線と声にゾクゾクして、たまらない。

「茜音、あんな風にキツイこと言うけど、良い子なの。わたしの大事な友達」

「知ってるよ。大事に思っているだろうから、あんな風にしたんだ」

 俺はニヤニヤした表情を浮かべて、モモを見る。

「例えば君にとってどうでも良い相手だったら、あんな目にあっていても放っておくかもしれない。交渉のカードにする相手は、相手にとって効果のある人間じゃないと」

「やっぱり、おかわりしてもいい?」

「おかわり?」

「あと三発殴らせて」

「あぁ、うん。もちろん!」

 俺が答えると、モモはベッドに転がった俺の上に馬乗りになって、本気で顔を三発殴ってきた。

「ありがとうございました」

「お粗末様でした」

 お粗末なのは今の俺の顔だけどさ。でも、どうせすぐに戻る。

 何しろ胸をつけるのすら自由な存在なのだ。顔の造形を整える位、わけない。

 俺とモモがこうしてじゃれ合っていると、唐突に部屋の扉が開いた。

 ヤバい……モモのお父さんだったらまた殴られるかも! だってこれ、どう見たってモモが俺を襲ってる大勢だからね! 俺の貞操の危機だからね!

 とはいえ、俺を認識出来れば、だが。

 侵蝕者《カキソンジ》である事に変わりのない俺は、その辺の落書きと大差ない。俺を気にしない人間は、ちゃんと見ようとしない限りは認識できないのだ。

 ま、モモは何度か俺が接触していたせいであっさり見えていたみたいだけど。

「やぁ、百合と蓮夜」

 扉から現れたのは、俺が予想だにしていなかった存在だった。

 真っ黒な髪に、真っ黒なブレザー型の制服。中のシャツも、ネクタイも真っ黒。

 うっとりとしたような表情を浮かべ、黒い靄と狂気を纏わせている。

 間違いなく、侵蝕者《カキソンジ》だ。しかし、テリトリーを作っていないところから、モモと入れ替わろうとしている訳ではないようだ。

 それに何より……どうして、俺の名前を知っているのだろうか?

「誰? 家宅侵入罪? 警察、呼ぶ?」

「待ってよ。僕は、蓮夜と同じ侵蝕者《カキソンジ》なんだ。ちょっとお願いがあって来ただけ」

「お願い?」

 モモが首を傾げながら、俺の上から退けた。俺も慌てて身を起こして、モモと奴の間に身体を滑り込ませる。

「僕にも素敵な名前を付けてよ」

「名前?」

「そう。名前。蓮夜には蓮夜って名前があって、同じ存在の僕には名前が無いなんて、不公平じゃないか」

 不公平も何も、俺はそんなんじゃないですしー。何言ってるんだろう、こいつ。

「君が蓮夜って名前を付けたんでしょう?」

「……つけてないけど」

「うん。俺、モモにつけて貰ったわけじゃないし」

「またまた、そんな事言っちゃって」

 俺の名前は、別にこのモモにはつけて貰っていない。

 けれど、俺の名前を付けたのが、モモとイコールで繋がっている事がどうにも気になる。

「とにかく、僕の名前、考えてほしいんだ」

「じゃあ……カッキー」

「ヤダヤダ。僕にももっとカッコイイ名前つけてよ」

「急に言われても困る」

 カッキーは、俺がつけられてもダダを捏ねそうな名前だ。

「じゃ、また来るからさ。その時までにお願いね」

 侵蝕者《カキソンジ》は、にっこりとモモに笑顔を向ける。にっこりしていながら、うっとりもしていそうな顔だ。

 全身が粟立つのを感じた。

 こいつは、確実に俺よりも――強い。さっき対峙していた侵蝕者《カキソンジ》とは格が違う。こいつ相手に、俺は俺TUEEEなんて出来ないだろうし、場合によっては掃除屋《シュウセイシャ》も苦戦を強いられるだろう。

「蓮夜、百合と仲良くね。今度こそ、さ」

 こいつ――やはり俺の事を知っている。

 俺が睨み付けると、侵蝕者《カキソンジ》は普通にドアから居なくなった。何、だったんだ……。

「黒かった。親戚?」

「あれー、この会話デジャヴ。近いけど遠いよー」

 なんでモモ、こんなにアホの子になっちゃったんだろう。

「百合ー! ご飯よー!」

 階段下から、モモママの声が聞こえた。公庄家はこれより夕食時間に突入するらしい。

 侵蝕者《カキソンジ》の話はここまで、だろう。

「行こう」

「はーい」

 俺、どんな風にみえるのかな。わくわくどきどき。ご飯は食べなくてもいいんだけど、モモのご両親にはどう映るのかが気になる。

 俺はモモと共に、部屋を後にした。


   □わたしとあたし□


「ねぇ、どこの小学校からなの?」

「……えぇと、西南」

「そうなんだ。あたし、中央」

「ん。そう……」

 始まりは、中学の入学式だった。

「で、あたしの名前はねー」

 そうして互いに自己紹介して……妙にうまが合ったとでも言おうか。高校生の今まで、仲がいいまま。

 互いが互いの、大切な友達。


   ――――


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