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「あんたの存在が何なのかは、とりあえず分かった」
「っていうフリ?」
「納得したって今言ったでしょ!」
「あまりからかわないで。高血圧で倒れたらどうするの」
「この歳でそうなるほど不摂生してないわよ!」
セン、モモに振り回されてるなぁ。あ、今は俺も加害者だった。でも大目に見てよ。良いよね? いいよ。自己完結だけど、問題はない事になった。
「……さっきの、白い奴らは?」
「んー……敵?」
疑問形になるが、一応答える。
「誰にとっての?」
「俺達にとっての」
「その複数形は、侵蝕者《カキソンジ》にかかってるの? それとも、あたし達人間にかかってるの?」
「侵蝕者《カキソンジ》だよ」
センは、俺に勿体ぶらずに一から十までの説明を求めているようだ。いや、知ってたけど。
対してモモはそれほどでもないように見える。今だって、「ほー」とか言ってるけど、なんか本気っぽくないというか。さっき見方を変えたけど、でもやっぱり、そんな風に見える。
「あいつらは、神の使いってヤツ。存在としての名前は掃除屋《シュウセイシャ》」
俺は嫌そうに見える顔を作る。実際嫌なんだけどさ。俺達の敵だし。
「原稿に汚れがあると読むとき大変じゃん。だから、消す係。つまり、侵蝕者《カキソンジ》を抹消しようと行動してる奴ら。消しゴムとか修正液とかみんな白いじゃん。それにならってあいつらも白い、っていう訳らしい」
あいつらが白いせいで、俺は最近ウエディングドレスが苦手になった。むせ返るほどの白を身体に纏わせるなんて、恐ろしい。
モモが着てるんだったら話は別だけど。モモのウエディングドレス姿は絶対可愛い。俺が保証する! でも出来れば、白くないのを着てほしい所。
ま、モモが結婚する予定は、今のところないんだけどさ。多分。
「ただ、別に闇雲に消しまくってる訳じゃないんだよ。あいつら、現実には干渉できないし」
「どういう事?」
センが首を傾げる。
ついでに俺の妄想終了。いつまでも脳内モモにドレス着せて遊んでないで、現実モモをじっくり見ながら説明を続けなくてはならない。一応。
「んー……、じゃ、ちょっと物語風に語ろうか」
モモが飽きないように、という言葉は飲み込んで、俺は口を開いた。
「神様は寛大なので汚れでいるなら存在位は許してくれました。しかし、汚れが物語に干渉するのは好みません。借りてきた本に、盛大に黒いマジックで落書きされて文字が読めなくなるのは、物語の崩壊とも取れる背徳的な行動だからです。だからこそ、汚れが自ら場所を移動して物語を台無しにしようとした時だけ、掃除しようと考えたのです」
「待って。全然分からないわ」
「蓮夜がわたしにちょっかい出すのが、神様は気に入らない、っていう事?」
センは分からずモモが分かる。あぁ、これって以心伝心? たまりませんね奥さん。この場に奥さん何て一人もいないけど。
「よく分かってるね! 素敵愛してる!」
「でも愛は返せないから。ごめんなさい」
やだっ、切ない!
「でも、正確には違うんだよ。俺達がこの場所に存在して、君達とちょっとお話しするくらいなら目を瞑ってあげる。でも、人の話を書き変えたり、汚したりするのは許さないっていう事。早い話、成り代わりはダメって事」
切ない胸の鼓動は奥深くにしまい込んで、俺は話を続ける。
「成り代わるには、さっき言った方法をしないといけないんだけど、あれは人間を自分のフィールドに引きずり込んでからやれる事なんだ」
「自分のフィールド?」
「あの、チェスボードみたいな場所の事」
二人揃って、「あぁ」と頷いた。どうやら分かって貰えたようだ。
「現実世界では成り代わる事が出来ないから、原稿用紙の隅っこの汚れの中に君達を誘っているっていう事だよ。で、引きずり込んだ時のみ、掃除屋《シュウセイシャ》は動く。この誘拐犯め、粛清してくれるわ! っていう話」
「誘拐犯、捕まる前に消えるの?」
「うん。とりあえず消せるときに消しておこうっていう事だろうね」
アウト三回で退場っていう猶予はどこにもないので、一発退場になるのだ。ただし、あいつらが消す事に成功したら。
「その時に相手を消すと、チェスボードの空間から真っ白な空間に変わる。さっき見たから分かるだろうけどね。要は、黒い汚れは白くなったって事だよ」
「じゃあ、契約は? 成り代わりとは違うのよね?」
「あぁ、レンタルフレンドだとでも思って」
勿論、お金は発生しないが、フレンドとつけておくとモモと友人関係に慣れたようで嬉しいのでこの表現でいってみた。
うっとり。
「俺達侵蝕者《カキソンジ》は、物語を追放されたときに言葉を失う。失うっていうか、上手く扱えなくなるっていうか。元メインキャラだった奴程、侵蝕者《カキソンジ》の中では力を持っているんだ。その分、言葉も上手に使えるみたい」
「なんでそんなまどろっこしい……」
「神様の悪戯だよ。全ては神様が見ていて楽しいようにしている。それだけの事だ」
モモが驚いたように目を見開いている。どこに驚く要素があったのだろうか。さっきから散々、世界は神様のものだと言っているのに。
可愛いから許すけど。可愛いは正義だし。
「で、普通の侵蝕者《カキソンジ》の攻撃方法……っていうのかな? それが、退色血《スミゾメ》っていう自分の血っていうかインクっていうか、それを使って相手を染め上げて入れ替わる方法。成り代わらない奴には関係の無い物」
成り代わる気が無い奴には、ね。
「けど、契約すると、契約相手の言葉を借りる事が出来る。そこで、具現化能力を身に着ける事が出来るんだよ」
「持ちつ持たれつ?」
「そ。凭れつ凭れつ」
「ちょっと、何百合に凭れ掛かろうとしてるのよ」
「持たれる、字が違う」
分かって貰えて実に嬉しい。お礼に全力で凭れよう、と言うと、きっとセンにボロクソに言われるだろう。
あ、口に出して、ボロクソ言われて、モモに慰めて貰うとかどうだろう? 慰めてくれないだろうなぁ。
「俺の吐く言葉、現実味を帯びたと思わない?」
俺は自分の内心を振り払うように、続けた。
だって慰めて貰えないとか傷付いちゃう! 乙女なのに! 男性型だけどさ。
「確かに……」
「今俺が吐いている言葉は、モモの言葉だからだ。モモから言葉を借りる契約をしたから、俺は今自由に喋る事が出来る。で、モモが知識を得れば得るほど、俺は喋れたり具現化出来るものが増えるよ」
「ふぅん」
「とりあえず武器事典とか読んでみない?」
「興味ない」
バッサリ切り捨てられてしまった。さっきしまい込んだ切ない胸の鼓動が、再び暴れ出しそうだ。
「契約を解除する事は?」
「無理無理」
俺は顔の前で右手を全力でパタパタさせてみた。
ふわっと風が舞い上がり、俺の髪の毛を遊ぶ程度の風力を生み出す事に成功。
「あ、あと、俺と契約したから、メインとお近づきになっている俺は妬まれて、一緒に居るモモは割と狙われることになるから。頑張ろうね!」
「な、何言ってるのよ!」
「でも大丈夫。俺が守るから。っていうか、俺がいないとあっさり成り代わられて終了だから」
「だからって――」
「もう、俺と居る以外の方法は無いんだよ」
人に噛みつくのが大好きなセンに、俺は笑顔を向けた。
「わかった。でも、別にわたしは後悔してない。茜音を助けるのに必要な事だった」
「それでこそモモ。素敵な生き方だね」
センが、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
苦虫を噛み潰すって、中々凄い表現だよね。虫、口に入れた人を見てたって事だからね。この言葉を考えた人。
「ま、このくらいかな? あとは知りたいと言われても教えられることはないと思うけど」
「もう一個だけ」
この期に及んで、一体何が知りたいと思うのだろうか。
「あんた、今日はどこにいるの?」
「今日は、っていうか、契約交わしたからこれからモモと一緒だよ。どこでもいっしょ」
「あんたがトロくらい可愛ければいいけど、そうじゃないんだから認めないわよ!」
「認めなくったって、一緒なんですー」
「わたしは気にしない」
「ちょっとは気にしなさいよ!」
気にしないモモ、素敵! いっそ抱いてー! 冗談だけど!
「そんなことより、暗くなるから帰ろう」
「そんな事って、百合の事でしょ!」
モモは、「えー」とか言いながら、ゆっくりと首を傾げた。
「……蓮夜、基本的に無害?」
「うん、大体無害」
「おっけー」
「オッケーじゃないわよ!」
センがぎゃんぎゃんと騒ぐ。とっても煩い。俺が女性の形をとれば納得してくれるだろうか?
俺は、俺の中を流れる黒い液体に意識を集中させると、ぼこぼこと動かし、とりあえず胸を作ってみた。
「オッケー?」
「気持ち悪い! 何よそれ!」
「見た目なんて、視覚的情報でしかないんだよ」
「うわー……気持ち悪いから戻して」
ちぇー。モモに言われちゃあ仕方ないな。俺は元の姿に戻した。
「とにかく、帰ろう」
「……そうね」
結局センは諦めたようで、俺達はやっと帰路についたのだった。