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「説明して貰うわよ!」
俺が一心地ついたかと思うと、直ぐにセンに詰め寄られた。
「分かってる分かってる」
こう来るとは思ってたけど、もうちょっと休ませてくれたっていいじゃんか。なんてね。無視されるよりずっと嬉しいんだけど。これも一種のツンデレですか? いいえ、ただの天邪鬼です。
そこまで考えると、俺は近くの席にどっかりと腰を下ろした。
「ま、座りなよ」
格好をつけながら、俺は二人に促した。
「何様よ」
「俺様? あ、招かれざる客《オキャクサマ》かも」
センは半眼で俺を見ながらも、近くの席に座った。
「おきゃくさま……へい、らっしゃい?」
「いらっしゃいました」
「どうでも良いのよ、そんな事は!」
「君から言い出した事なのに」
センは中々我儘だなぁ。ま、それが良いんだけどね。
特にモモの感情が希薄気味の今、無責任に人の心や存在に土足で踏み入って振り回す《主人公のような行動》をする役割は、センにあるのだろうから。
「じゃ、まずは自己紹介と行こうか。最初に言ったけど、覚えてないだろうからもう一度。俺の事は蓮夜って呼んでよ。君達にあわせて苗字も考えようかなぁ。うーんと、何がいいかなぁ」
人差し指を唇に当てる、ぶりっ子ポーズ。ちゃんとイラっとさせる事に成功しているだろうか。
「あ、主人公《ヒロイン》に寄生して生きる存在って事で、寄主ってどう? 決ーめた! 俺、今日から寄主蓮夜って事でよろしく」
人差し指を下げた代わりに、ウインクをしてみる。
「ヒロインとか、寄生とか何の話よ!」
センが俺に食って掛かる。踏み込み方、マジパネェ。使い方、合ってるかな。新しかったり、古くなったりする言葉は時々難しい。
「君の事はセンって呼ぶね」
「ちょっと、人の話を聞いてるの?」
「で、君はモモ」
「百合」
俺はセンの言葉を無視して、未だに立ったままのモモに言う。が、彼女は自分の名前を名乗った。
どうやら、ちょっと気に入らなかったようだ。
「んーん、モモって呼ぶ」
「百合」
「分かった分かった。じゃ、モモ、話を続けよう」
俺だって譲れませーん。
頑なに百合と呼ばない俺に対し、彼女は気に入らなそうに少し頬を膨らませた。なにこれ可愛い。
やっぱりモモも、感情は出してくれた方が良い。俺は膨らんだ頬をちょっとだけつついた。余計嫌そうな顔されたけど、むしろごちそうさまっていうか。
「話の前に、五、六発殴らせて」
「何で?」
「茜音に酷いことしたから」
あー。それでずっと立ってたのか。俺に対して怒りの感情があるのか。たまりませんなぁ。
「オッケー。じゃ、ささっとお願いします」
瞬間、左頬に勢いをつけた右ストレートが入った。意外と、強い!?
椅子ごと倒れ込んだ俺の上に、モモは躊躇わずに乗ると、残り五発を往復ビンタで決めた。ほっぺ、すっごい痛いんですけど。
「今後の話次第では、おかわりもあるかも」
「はい、ありがとうございました」
「ちょ、ちょっと百合。こんなのに触ったらばっちいでしょ! めっ!」
「む。それは聞けない。茜音に酷い事する人は、わたしが許さない感じだから」
あー……うんうん。いい話だね。
「じゃ、本題だけど、何が知りたいの?」
俺は二人のイチャイチャを遮るように、尋ねた。マウントポジションを取られたまま。
「あんた、何なの?」
「俺? 侵蝕者《カキソンジ》」
「侵蝕者《カキソンジ》って何なのよ!」
うーん、センはすっごいなぁ。ある意味尊敬するくらいの押しっぷり。
でも俺はモモが好き! センよりも遥かにモモだね。うんうん。
「簡単に言うと、さっきの黒いやつと同じ存在」
「それって――」
「でも安心してよ。俺は成り代わるのが目的じゃないから」
俺はセンの言葉を遮る。ここでアレと同じだと思われると、おちおち説明も出来ない。
「俺達の存在を説明するには、前提を教えないとダメだね」
「前提?」
センが首を傾げたのとほぼ同時に、モモが俺から退けて、近くの椅子を引いて座った。暴力も疲れるなー、はー、やれやれ。みたいな行動だった。
俺は俺で、ゆっくりと身体を起こしながら「神様の存在は信じる?」と、二人に尋ねた。
「は?」
「多少は」
センは眉を顰めたが、モモは直ぐに頷いてくれた。
「じゃ、話しが早い。この世界には神様がいます。君達は神様に選ばれた人間です」
「どこのカルト教よ」
「って思うよねー。でも、事実なんだ」
モモはぽかんと口を開けて、ちょっと間のあと、抑揚のない声で「へー」と相槌を打つ。
断言しよう。絶対理解していない。
「この世界は、神様に気に入られた人間だけが存在する場所。その中でも特にお気に入りの存在が《主人公》。あー、神様が下々の生活を見る時の基盤にする存在って言えば良いかな? それがモモなんだよ。で、モモは女の子だから、主人公《ヒーロー》じゃなくて主人公《ヒロイン》ってワケ」
「い、意味わかんない! 急に神様とか、主人公とか言われたって――」
「信じたとして進行しよう」
「神様だけに?」
「それは信仰だね」
「そういうの、良いから!」
モモ、無駄な茶々は入れるなぁ。でも嬉しいです。ありがとうございます。ごちそうさまです。
俺は倒れた椅子を起こして、再度腰かけた。
「とにかく、君達には神様を喜ばせる為の役職がある。セン、君は友人《シンコウヤク》だよ。モモが動かないから、センが引っ張っていくって事。だから友人《アドバイザー》にはならない」
「そりゃあ、百合はあまり動かないから、あたしが一緒に居てあげないと、とは思うけど」
「その上から目線、本来なら主人公につく様な設定なんだけどね。モモがこの通りだから……。で、どうしてかっていうと、モモは一人目ではないから」
「何、言ってるの」
センの表情は、ずっと渋いままだ。
対してモモはと言えば、ずっとぼんやりと聞いて、時々うんうんと頷いている。聞いてますよアピールは別にいらないんだけど、そういう所がいじらしくていいと思う。
「神様が、書き直してるんだよ」
俺は内心のモモ持ち上げを表に出さないように話を続ける。
いや、別にバレてもいいんだけど、今センに感付かれると、面倒くさい気がするから。モモが好き過ぎてずっと一緒に居たいからとセンを犠牲にしようとした! 的な事言われそう。
……正解だけどさ。
「神様が気に入らない方向にキャラクターが向かったら、ボツにしてキャラを作り変える。極端な例え話にすると、モモがうっかり男になる、とか」
「ありえないわ」
「でもありえる。ありえない事が起こっている事を、《物語》の君達が知る事は無いし、変わってしまった事にも気付かずに当たり前のように生活していく」
モモが、「はっ!」と、何かに気付いたような、驚いたような表情を浮かべた。
うん、リアクションありがとう。わざとらしいけど、そんな君が大好きです。
「君達がそれらを知る事になるのは、侵蝕者《カキソンジ》になった時だよ」
俺は、ついにセンの質問の答えを口にした。ここから侵蝕者《カキソンジ》が何なのかという講座が始まります。しっかり受講するように。
……モモ、ちゃんと分かってくれるかなぁ。心配だなぁ。
「侵蝕者《カキソンジ》は、物語の中で改変されたキャラクターの前の姿だ」
俺はセンを見て、それからモモを見ながら言った。センもモモも驚いているようだが、本当に驚いているのかどうか。
センは驚いてそうだけど、モモがなぁ。実際の所どうなのか、解せない。
「同じ話に、同じ別人は必要ない。双子とかそういう設定を片方につけたって、その場合の名前は変わるじゃん? 例えば君達が物語を描くとして、同じ顔、同じ身体、同じ声、同じ名前、同じ存在の、ただ性格が違うだけのキャラクターを同時に存在させたいと思う?」
「場合によっては面白いんじゃないかしら?」
「じゃあ、複数の話を書いた時、その全てに同じような存在を作ると思う?」
「それは、ない、と思う」
「そういう事だよ」
一作ならいいけど、みんな一緒だと飽きてしまう。一つ流行れば皆右習え、っていう現象はよくある事だけど、そのうち飽和状態になって、読み手だって食傷気味になってしまうんだ。例えば、何作も同じ作品を神様が手掛けたとしても、最終的に二度と同じジャンルに手を出さなくなってしまうかもしれない。
完全に、飽いてしまって。
色んなパターンは想定出来るが、現実的に考えて、必ず俺達は出来上がってしまうのだ。
「君達の《失敗作》が俺達、侵蝕者《カキソンジ》。俺達は、真っ暗な中で一人ぼっちで、誰に認められることも無ければ物語を紡ぐ事も無い。存在程度なら、君達という原稿の端っこの汚れに成り下がる事で許される。でも、一度浴びた脚光は忘れられないんだ。つまり、また同じ物語の中に入り込みたいと考える。必ずしも全ての者が、とは言わないけどね。人が死んだ時に、幽霊になったり成仏したりっていう考えに似ていると思ってくれて構わないよ」
俺は説明を続ける。モモは神妙な顔で頷いているが……うーん、やっぱり信用できないな。頑張って聞いてる感は可愛いけど。
「でも、さっき言ったように、複数は必要ない。それでどうするかと言えば、君達を汚して、入れ替わる。これが、さっきセンがやられた事の正体だよ。あの黒い男性が、今までセンが居た所に存在して、センが俺達と同じ存在になる。強制チェンジ、みたいな。野球でも、三回アウトになれば強制的にチェンジするでしょ。ある条件の元で、存在そのものが入れ替わるんだ」
「信じられない」
センが、ぽつりと零した。
「でも、さっき見ちゃったし……茜音、大変そうになったのは事実だから、わたしは信じるよ」
意外にも、聞いてるんだか聞いてないんだかといった様子だったモモが理解を示した。ちゃんと分かってたのか。ごめんね、君の事誤解してたよ。多分。
「ありがとう。モモに信じて貰えるのが、何よりも嬉しいな。愛してる」
「いや、それほどでも。わたしから愛は返せないし」
「そういうの、本当にもういいから!」
センが俺とモモの束の間のイチャイチャタイムを妨害した。ちぇー。
「いいわ。無理やり納得するわよ! どうせ変な事になったっていうのは変わらないし、体験しちゃったんだもの!」
「あくまで白昼夢です、とは言わないのは偉いと思うよ。現実から目を逸らしても、必ず後でつけは回って来るしね」
モモが頷いている。ちゃんと聞いているようだ、とは思ったけど、どうにも胡散臭さが抜けない。