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樒は、息一つ乱さずにこちらを笑ってみている。そりゃあ、俺達は息を乱す事はないが、それでも悔しくはある。
もし俺の身が本物の人間の物なのだとしたら、尋常じゃない程ハァハァしているだろう。だが、相手にはそういう気配すらない。
樒についている傷は、俺が二度ざっくりやった時の物だけだ。
モモがセンの元に行ってから、一太刀も浴びせることが出来ていない。
樒の退色血《スミゾメ》も俺の退色血《スミゾメ》も、流れる事を止めてはいるが、床に飛び散った樒の退色血《スミゾメ》は独自の意思を持ったように樒を守っている。
この状況で、何が出来ると言うのか。
それでもやらなければ何も起こらない。何かを起こさなければ勝機は見えない。
「蓮夜!」
さて、どうするかと考えを巡らせている所で、背中に声がかかった。
聞き間違えるはずもない。モモの声である。
「あー……茜音、止めてってお願いしたのに」
「誰があんたの言う事なんか――」
「ちぇー。友達に酷い事言うんだー。ちぇー。ちぇー。ちぇー」
どうやらセンは正気に戻った……っていう言い方でいいのか分からないけど、まぁ、とにかくそういう感じになったようだ。
樒がセンに「ちぇーちぇー」行っている間に、俺はさっと振り向いて確認してみた。
モモもセンも、白い二人組も無事のようである。掃除屋《シュウセイシャ》はともかく、モモが何ともなくてよかった。それから……また会えて、嬉しい。
「ちぇっちぇけちぇー。今僕、蓮夜と遊んでるんだからさぁ……邪魔、しないでよ。ちぇっちぇちぇー」
「何度ちぇーって言ったって、覆らない。もう茜音は、樒の好きにはさせない」
モモが一歩踏み出し、樒を射抜くように見た。
「ちぇーっちぇっちぇっちぇ」
「……高笑い?」
モモ。高笑いにしては、変な言葉だよ。
「邪魔なんてさせないですしー。百合は、百合でいられることを今だけ楽しんでればいいだけですしー。ここで掃除屋《シュウセイシャ》と茜音と一緒に思い出づくりして、一杯後悔とかしながら僕に入れ替わられればいいだけですしー。僕は樒として、蓮夜と最後の思い出づくりしますしー」
「ますしー、っていうのが、藤と被るんですよぉ! 止めてくださいますしー!」
「いや、お前今、自分から寄せに行ってなかったか……?」
「どうでも良いですしー!」
掃除屋《シュウセイシャ》って、こんなだっけ? ていうかこいつら、俺より強い可能性が高いんだよね? 俺、このバカコントかましてる二人より弱いの? なんか悔しいですしー。
「……とにかく、そんな訳だから。そっちはそっちで遊んでて」
樒が笑顔を浮かべると、足元に広がっていた退色血《スミゾメ》が、モモ達の方へとうぞうぞと動き出した。
前に自らの手首から零した退色血《スミゾメ》を薄いクジラのように扱っていた事があったが、そんな非ではない。ウナギとかドジョウとか、しっかりとそういう形状になっている物が、無数に蠢きながら迫っているのだ。しかも、一本一本に意思があるかのように。
「モモ! セン!」
「や、やだ! なにこれ、キモイ!」
「ん。可愛いとは、言い難い」
俺が慌てて駆け出そうとすると、足元を掬われた。見ると、樒が流した退色血《スミゾメ》の内の一本が、しっかりと俺の片足に絡み付いていたのだ。
必死に引き剥がそうとするが、中々取る事が出来ない。それどころか、捉えられた所と、俺が掴んだところが黒くなっている。俺の退色血《スミゾメ》が負け、侵食されかけているのだ。
幸いにも、本当に不幸中の幸いにも、向こうには掃除屋《シュウセイシャ》がいる。そして俺は侵蝕者《カキソンジ》で、人間のように、侵蝕者《カキソンジ》に一か所侵食されれば自動的に黒くなっていくシステムは導入されていない。つまり、こいつに絡まれて負けない限りは、完全に相手の黒に染まる事は無いのである。
「下がっていろ」
能漸の声が聞こえたかと思うと、彼はモモとセンを背中に庇って、白染料《シュウセイエキ》をたっぷりと含ませた箒《フデ》をうねる退色血《スミゾメ》の上に塗りたくった。
「…………せんぱぁい……」
藤が、不満げな声を上げる。
本来は白く塗りつぶされるはずの退色血《スミゾメ》は、限りなく黒に近いグレーに変わっただけだ。
こいつら、本当に大丈夫なんだよな?
「暫くその子と遊んでてよ。僕は引き続き蓮夜と遊ぶからさ」
俺の足に絡まっていた退色血《スミゾメ》は、するりと解けて元の液体へと姿を変えた。
「蓮夜、もうちょっと待ってて。直ぐにどうにかするから!」
「……ありがとう。でも、無理はしなくていい。俺が一人で、どうにかして見せるから」
出来れば、少しはマトモであってほしいと願う白い奴らの後ろに隠れて、怪我をしないように、成り代わられないようにしていてほしい。
その間に、俺は刺し違えてでも樒を……どうにかするから。
「じゃ、蓮夜。続きをしようよ。遊べないと困るから、足の拘束解いてあげたし、ね」
まだまだ、樒の方が上手だ。まだまだっていうか、今後も越えられないと思う。それでも、こいつをどうにかしなければ今のモモが消えてしまうのだから……俺は、今決着をつける。
結局、どうにかする為の案は一つも浮かんでいないけれど。
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