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言の葉ウォーズ  作者: 二ノ宮明季
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 ぎゃあぎゃあと口喧嘩を続ける茜音と藤を前に、能漸は考える。

 なぜ茜音は、そうまでして樒を友人であると言うのかを。

「大体ですね、この状況で突然眠りこけた友人を放置って、それこそおかしいんですよ。それともアレですか? 百合の事は友達だと思ってるけど、樒とは親友なんだもんってな事ですか? だったら、御高説だって痛み入っちゃってる風を装いますよ、藤だって」

「そんなんじゃないわよ。どっちも友達だもの」

 茜音は、指をかけたままの引き金を引く。藤と能漸に向かって来た銃弾は、能漸が考え事をしながら消した。

 藤は、能漸がそうしてくれると思っていたのだろう。相変わらず能漸に首根っこを掴まれたまま、「変なのー!」と、煮えたぎった油に水を投下して見せた。

 大人しく捕まったままなのは、信頼のなせるわざ、と言えばほんのり聞こえはよさそうだ。例えやっている事が、ちょっと目を離した隙に居なくなる子供が、別の子供と積み木で殴り合いしているような物だったとしても。

「変じゃないわよ。どっちもあたしの大事な友達だもの」

「どっちも大事なオトモダチなのは結構ですけど、片方が片方に仇をなす存在である可能性を除外している理由は何なんでしょうね?」

 一々、銃弾と箒《フデ》の応酬を挟む。

 口喧嘩の合間に、飛び道具での物理攻撃を受けている藤――もとい、能漸は、小さくため息を吐いた。今の所、一発ずつなので特に問題は感じない。

 普通の《人間》であるのなら、銃弾一発死亡も一発状態にも陥るのだろうが、彼も、ここも、普通とは言い難い。

「仇をなすって、意味が分からないんだけど」

「そうですか? 全部目の前で起こった事じゃないですか」

 藤が、手に持った石鹸《ケシゴム》を千切って茜音に投げつける。いい加減鬱憤がたまっていたようだ。

 投げつけた石鹸《ケシゴム》の欠片は、茜音の髪に当たると、その部分だけを白く塗りつぶした。

「あの侵蝕者《カキソンジ》が、主人公《ヒロイン》公庄百合さんの許可も無く何らかの《術》をかけた。結果として、公庄百合さんは現在倒れている」

「それは樒が、なんか……百合に必要だから、って。ちょっと眠ってるだけだから、って」

「必要? 何がどう必要なんですか? こーんな、現世と離れた特殊空間に連れ込んで、挙句寝ていろなんて、敵の言う事ですよ。て・き・の!」

 藤、石鹸《ケシゴム》の第二投。見事茜音に命中し、今度は制服のスカートがちょっとだけ白くなった。

「でも、樒は絶対に百合には何もしないのよ!」

「根拠は?」

 茜音は一瞬言葉に詰まると、引き金を三連続で引く。一発は能漸が消し、一発は藤が消し、もう一発は藤の髪の毛を数本奪って去っていった。

「……根拠何て、関係ないわ。だってあたしが、そうじゃないって言ってるんだから!」

 これには、何か理由がありそうだ。能漸はそう思った。

 どうも、友達でいることには固執しているが、理由が曖昧なのである。その上、根拠が無いと来た。

「あの強さ、やはり《元主人公》なのだろうな」

 ぽつりと能漸が呟く。

「んな事知ってますよ。大体、あっちでどんちゃんやってる侵蝕者《カキソンジ》だって、元メインキャラじゃないですか」

「どんちゃんではなく、どんぱちだ。どちらかと言えば」

「ふん。でも、樒は蓮夜なんかよりもずっと強いわ。それが存在の差、というものなのかしらね?」

 銃弾、石鹸《ケシゴム》、箒《フデ》。三種の神器がまたぶつかった。

「……場合によっては、本当に友人関係があるのかもしれないな」

 能漸が、小さな声で話す。

 零すような言葉だったが、茜音も藤も、聞き逃さなかった。

「だから言っているじゃない! あたしは樒と友達だ、って」

「先輩の言ってる意味って、まさか……」

 能漸は、藤に対して「あぁ」と相槌を打つ。

「侵蝕者《カキソンジ》、位寄樒は――おそらく、主人公《ヒロイン》公庄百合の侵蝕者《カキソンジ》だ。故に公庄百合を眠らせ、寄主蓮夜に固執し、公森茜音を友人とする。また、暗示をかけた状態にした」

 自分の中で纏まりかけていたものを、言葉にして確実にしていく。確実とは言っても、正解を聞ける相手は今、蓮夜とお楽しみの最中なのだが。

「と、すれば……彼女を元に戻すには、公庄百合の存在が不可欠、か。私達はあくまで、塗り潰す事しかできない。白くしたその先を描けるのは、公庄百合だけ、なのだろうな」

「んじゃ、話しは簡単ですよ。向こうで転がっている公庄百合さんのお体を拝借して、銃弾避けにしながら起こす方法を考えましょう。というわけで、藤はちょっと公庄百合さんの所に行ってきますので、先輩は離して下さい」

 言い切るやいなや、銃弾の雨が二人に降り注いだ。

 茜音が滅茶苦茶に銃を撃っているのだ。

「百合に、指の一本でも触れさせる物ですか!」

 完全に逆鱗に触れたようで、掃除屋《シュウセイシャ》の二人にも防ぎきれない程の量の銃弾が向かってくる。油断すれば、直ぐにでもハチの巣状態だ。

「くっ」

 能漸は小さく呻くと、藤の首から手を離して茜音に対峙する。

 必死気に箒《フデ》をふるっても、すり抜けた銃弾が彼の肌を傷つけ、白い血を零させる。

「くらえ!」

 解放された藤は、自分の持っていた石鹸《ケシゴム》を思いきり茜音に投げつけた。

 銃弾を浴びて細かくなっていく石鹸《ケシゴム》は――茜音に降り注ぐ。

 真っ白な、《消すための道具》が、雪のように。


   ◆◇◆◇

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