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言の葉ウォーズ  作者: 二ノ宮明季
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「どうするんですかぁ! 先輩のバカバカバカバカ!」

「とにかく逃げろ。話はそれからだ」

 雨のように銃弾が降る。

 魔法のような銃には、銃弾を込めるという概念も、銃弾が消費されるという常識も無かったらしい。

「逃げてばかりじゃあ、どうにもならないわよ」

「んな事言うなら、一回撃つことを止めてくださいよぅ」

 必死に逃げ回りながら、藤が言う。

「何故?」

「ですよねー! 藤がもし公森茜音さんの立場でも、敵に言われたからって止めませんしねー!」

「そうだな」

 藤と同じように逃げ回りながら、能漸も頷く。

「先輩、ちゃんと考えてるんでしょうね!? 藤たち、無事何とか出来るんですよね!?」

「先程から考えている」

 藤の焦った声を、能漸は冷静に肯定した。

「思ったのだが」

「何ですか!」

「私達は、白く塗りつぶしたり、消したりする事しかできないのではないか?」

「当たり前じゃないですか! 藤たち、ケシゴムとか修正ペンとか修正テープとかホワイトとかそういう類のアレなんですから! 今更!」

 逃げている最中だが、藤は頭を抱えたくなった。能漸は至極真面目なのだが、場合によってはふざけているようにしか思えないかもしれない。今の状況でふざけているとは思えないが。

「もう、黙ってあたしにやられなさい」

「嫌ですよ! これでもまだ天寿と呼べるものを全うしている訳じゃないんですからね!」

「そんな風に言ったら、樒だってそうじゃない」

「違いますよぅ。だって彼は、全うした後の出涸らしじゃないですか」

 少し怒ったような表情を浮かべた茜音に、藤は返した。今まで逃げていた事も忘れて、堂々と、仁王立ちで。

「どういう、意味?」

 不快感を顕にした茜音に対し、藤は胸を張る。

「あたしの大事なお友達を、そんな風に言ったのは、どうして? ねぇ、どういう意味?」

 茜音も、追う足も、引き金を引く手も止めて藤を睨み付ける。

 まずい、と、能漸は間に入るタイミングを計る。下手な挑発はしない方が無難だろうが、藤に挑発している自覚が無い。彼はひやひやとしながら、藤に近づいた。

「どういう意味も何も、知ってるんじゃないんですか? 侵蝕者《カキソンジ》は、メインキャラクターから脱落した結果の汚れだ、って」

「うん、聞いてる。でもそうじゃないの」

 茜音が首を振る。

「天寿、全うしてないじゃない」

「してるじゃないですか。神様の決めた時に降格してるんですから」

 藤は、全く分からないという表情をして、首を傾げた。

「だって人間の概念での《天寿を全う》は、神様が定めた時間を《生きる》ことなんですよね?」

「……ほんと、最悪。最低」

「藤、口を閉じろ」

 能漸が、ようやっと口を開き、黙ることを要求した。

 茜音は、藤に冷たい視線を向けている。このまま射ぬけるほど、鋭く、冷たい物だ。

「何故ですか。藤は、友人《シンコウヤク》の公森茜音さんの質問に的確に答えただけです。何故制止を受けなければいけないんですか? 藤、何か間違ってます?」

「間違っている」

 能漸は茜音を気にしつつも、無知な後輩にはっきりと教える。

「お前は、人の感情を軽んじている。例え客観視した時にそうであっても、《人間》――いや、《登場人物》は、真実から目をそらすように出来ているのだ」

 茜音は、どうやら能漸が語り終えるのを待つ意思があるようだ。冷たい視線を一瞬だけ能漸に向けたあと、再度藤を睨み付けているが、手に持った銃を構える様子も、止めた足を動かし始める様子も無い。

「私達のように、《やるべき事》を最初から決めて生み出されたわけではない。私達が成長するごとに《登場人物》に関わって相手を理解するが……理解するという事は、それまで知らないという事だ。それまで知らないという事は、相手が分からないという事だ。だから、簡単に私達の言葉で分類する事も、事実だと言って相手に突き刺すことも出来ない。なぜなら私達は、ただのケシゴムであり、修正ペンであり、修正テープであり、ホワイトだからだ」

 ここまで一気に語る。

 やはり、茜音に能漸を遮る様子は見られない。言い聞かされている藤は、眉間に皺を寄せたまま首を傾げた。分かっていないようだ。

「言ってしまえば、用途を決められた無機物。そんなものに、感情について語られたくはあるまい」

「いや、あんた達の存在がどうとかは知らないわよ」

 ここで、茜音がそう言った。掃除屋《シュウセイシャ》に対する興味は皆無だが、藤を叱るのであれば待っていてやる、という事だったのかもしれない。

「でも、あたしの友達を侮辱する事を言ったのは、許せない」

 この言葉に、今怒っている理由が込められている。

「やっぱり先に、あんたを消すしかなさそうね」

「おうおう、言ってくれるじゃないですか。先輩の深いお考えは、浅い藤にはちょっぴりしか分かりません。つまりはバカです。バカのバカなりの戦いを見せてあげますよ」

 藤は石鹸《ケシゴム》を握ると、茜音に特攻する。

 対する茜音は、何発もの銃弾を茜音に浴びせた。

 藤が石鹸《ケシゴム》をふるえば、茜音の銃弾を白く消す事が出来た。しかし、銃としての形のみがある武器相手では、どうしても不利だ。

 消しきれなかった銃弾は、容赦なく藤の肌を貫く。それでも彼女は向かって行くことを止めない。

「い、いい加減にしろ!」

 能漸は慌てて動き出すと、自らの武器である箒《フデ》を片手に、藤を庇う。

 二対一なのだから、有利と言えば有利だ。しかし、何度も述べている通り相手を消す事は不可能。制限が付いている分、不利とも言える。

 有利である部分と不利である部分があるのだから、これでフェアかもしれないが――果たしてどうだろうか。

 能漸は藤の首根っこを掴むと、もう片手で握った箒《フデ》で銃弾を消す。

「離して下さい! あの女は、藤が始末します!」

「始末してはいけない。それに彼女は、正気ではないのだ」

 能漸の大きな手提げ袋のような扱いを受けている藤は、抗議の声を上げた。

「んな事どうでも良いんですよ。どうせ今寝てる本当の友達放置して、向こうでニヤニヤニタニタしてるような黒い友人関係を優先してるんです。始末してもいいじゃないですか!」

「理由にならない」

「聞き捨てならないわね。誰がいつ、百合を放置したというの? 今眠っているのであれば、眠りを妨げることは良くないじゃない」

 銃弾と箒《フデ》の応酬の中、口と口の応酬も忘れない。

「それに、あたしは百合の友達よ。いつだって、百合の友達なんだから!」

「その割には樒ぃ、樒ぃ、ってウザいんですよ!」

「人の言葉を悪意の塊に変えないでくれる?」

「どっちが! 人の行動を悪意に変えないで下さいよ」

 状況さえ違えば、友人同士の喧嘩か、あるいは姉妹喧嘩に見えた事だろう。

 口喧嘩だけで平和をもたらす事が出来るのなら、それに越したことはない。だが、今は武器が絡み、命が絡み、存在が絡んでいる。ほのぼのシーンではないのだ。

 能漸は、なんとか行動しながらも思う。

 それにしても、何故茜音と樒の関係は、《友人》なのだろうかと。

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