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言の葉ウォーズ  作者: 二ノ宮明季
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 ゆっくりとこちらを向く少女から目を離さず、俺はモモを背中に庇う。

 態勢を立て直したと思ったのに、そうでもなかったようだ。

 どうする、俺。モモを守りながら、どうにか出来るのだろうか?

「モモ、ちょっと離れて逃げてくれないかなぁ、なんて」

「もうむだ、です。むだ、むだ♪ むだ、むだ、むだ♪ むだ、むだ、むだ、むだ、だむ♪」

 うわー、超楽しそう。俺は全然楽しくないんだけどなぁ。最後ダムになってるよ、お嬢さん。

「だむ、だむ、だむ♪」

 もはや無駄がダムに完全に変わったころ、彼女の顔は直ぐ近くにあった。そして、退色血《スミゾメ》の刀を振り被る。

「モモ、走って逃げろ!」

「でも――」

 モモの言葉は最後まで紡がれる事は無かった。

 退色血《スミゾメ》の刀は俺をバッサリ切っていたのだ。

 痛みはない。ただ、袈裟懸けに切られた傷跡から、俺の中を流れる退色血《スミゾメ》が物凄い勢いで白黒の《床》に零れるだけ。

 とはいえ、じきにこの退色血《スミゾメ》が流れる傷口はくっつくだろう。どんなに深い傷でも割と簡単に治ってくれる。それが侵蝕者《カキソンジ》クオリティ。

「蓮夜!」

「ちょっと! 蓮夜……っ!」

 モモが俺の名前を呼び、一瞬だけ遅れてセンの心配そうな声も届いた。

「来るな!」

 センがこちらに向かってくるのを目の端でとらえ、直ぐに静止の言葉を吐きだす。

「もらっちゃう、です。もらっちゃう!」

「やってくれたな……」

「蓮夜、大丈夫なの? ねぇ、蓮夜!」

 モモが、俺の服をクイクイと引っ張っている。嬉しいけど、そんな場合じゃない。何よりも優先する相手は、モモなのだ。

「いいから、逃げろ! センと一緒に!」

「ちょっと、大丈夫なの!?」

「センは近づくな! 今俺の血に触ったら、成り代わる! モモは俺と契約してるから大丈夫ってだけだ!」

 俺が来るなといった意味が理解できないらしい。ちっ。面倒くさい小娘が。

「そんな! さすがに怪我をしているヤツを放っておくなんて出来ないわよ!」

「来るな!」

「もーらい、もらい、です」

 背中にモモを庇いながら、センと無駄な会話。目の前の侵蝕者《カキソンジ》は嬉しそうにしながら、黒い刀を振り被る。

 もう一太刀、来る――!

「あのー、お取込み中? かな?」

 …………攻撃は来なかった。代わりに、誰かが来た。

 目の前の侵蝕者《カキソンジ》は、声のした方を向こうと、ゆっくりと首を後ろに回している。声の主は、彼女の後ろに居るらしい。

「ねぇ、大丈夫?」

 柔らかな、少年の声。俺はこの声に聴き覚えがあった。

 侵蝕者《カキソンジ》が身体ごと声の主を見た所で、俺も体制を立て直して、少女の後ろに目を向けた。やはり、知っている……と、言えば良いのか。とにかく、一応は顔見知りだった。

「あんた、誰よ!」

 センが、彼を睨み付けている。

 黒い髪に、黒い服、黒い靄、黒い狂気を纏わせたその少年を怪しんだのだろう。どこからどう見ても俺達侵蝕者《カキソンジ》と同じ存在なのだから、センの反応は正しい。

「カッキー?」

「もっと格好いい名前つけてって、お願いしたじゃん」

 俺の背中からひょっこり顔を出したモモが、その人物の名前(仮)を呼んだ。そう、彼は……昨日モモの部屋に来て、名前をねだった侵蝕者《カキソンジ》。

 俺は、モモを庇いながら身構える。もう傷は塞がり、液体は流れていない。

「お前、何しに――」

「ふえた、です……。どちらさま、です?」

 俺の声を遮り、少女がカッキー(仮)に疑問を投げかけた。

「僕? 通りすがりの、侵蝕者《カキソンジ》だよ。それから、僕は蓮夜と百合と茜音の味方。三人を愛してるんだー」

 気色悪っ! こんなのに愛されるなんて! 俺はモモの愛があればいいんだから!

 ……とはいえ、この状況で俺の敵ではない発言は、嫌な物ではない。上げて落とすつもりなのかもしれないが。というか、むしろ上げて落とすつもりだろ。うわ、不快。前言撤回しよっと。嫌な物だった。

「なんであたしの名前を知ってるのよ! あたしはあんたなんか知らないわよ!」

「ん? あぁ、うん、ちょっと個人的にね」

 カッキー(仮)の言葉に反応し、センが俺の方を睨み付けて来た。俺じゃないよ、言ったの。

「なりかわる、です?」

 空気の読まない少女的侵蝕者《カキソンジ》が、カッキー(仮)に対して首を傾げた。

「でも、君には興味が無いんだよなぁ。どちらかといえば、君は僕の敵かも?」

「……てき?」

「そ、敵」

 カッキー(仮)の言葉に、少女は敵意を向けたように見えた。上機嫌だったのが変わったような気がしたのだ。

 飽くまで気がした、とか、向けたように、とか言っているのは、俺が彼女の後ろにいるから憶測でしかないからだ。まぁ、正面から見たって、俺達はどうせ偽物なんだけどさ。

 と。俺は更なる登場人物の気配に気が付いた。

 黒い《壁》に、真っ白な切込みが入ったのだ。

 見覚え、あるいは身覚えのある光景に俺は「げっ」と呟く。

「おっ邪魔しまーす。みんな大好き大嫌い、大司藤ちゃんの登場でーす、拍手拍手ぅ。ぱちぱちぱちー。って、この前の消し損ねた侵蝕者《カキソンジ》さんじゃないですかぁ。今日こそ殺しちゃいますよ☆」

「確かに。……一応名乗っておく。掃除屋《シュウセイシャ》の法理能漸だ。悪いが、掃除《シュウセイ》させて頂く」

 切込みから姿を現したのは、白い綿埃と白いコスプレイヤーの二人組。エンカウント率、可笑しくない?

「いやー、今日は侵蝕者《カキソンジ》が三体も居て、消し消しフィーバーですなぁ。だ・れ・か・ら・消・そ・う・か・な」

 一々言葉を区切りながら、綿埃、こと藤が、俺と少女とカッキー(仮)を指差す。うわー、不快。梅雨の時期の不快指数なんて目じゃないくらい不快。ほんっっっっとに不快。

「あれ? 退色血《スミゾメ》がある。誰のかなー?」

 藤がニヤニヤ笑いながら、俺を見る。ロックオン、完了ですか?

「最初の得物、君に決めた!」

「……どれでも良い。さっさと消してしまおう」

「はぁい! 先輩がそーゆーならー、頑張っちゃいまーす」

 そーゆーって何だよ。そう言う、だろ。仮にも掃除屋《シュウセイシャ》様の使う言葉としてどうなんだ。まぁ、本人分かってやってるんだろうけど。

 そんな事より、今俺が狙われている方が問題だ……。

「ここは僕がどうにかするから、君達は逃げて」

「……は?」

「君が、百合と茜音を助けてくれないと……」

 ……なんか分かんないけど、逃げれるのならそれに越した事は無い。こいつの事は信用しないけど、モモの事は助けたい。それなら、取る行動は一つだ。

 俺はモモの手を引っ張り、センの方へと向かった。

「させません! 石鹸《ケシゴム》」

 藤の吐いた言葉に反応したかのように、真っ白な大きな塊が飛び出した。石鹸《ケシゴム》といった癖に、キャリー型の旅行鞄(2~3泊用)程の大きさ。なにこれ、名前詐欺?

 藤は巨大な石鹸《ケシゴム》を両手で掴んで振り回しながらこちらに向かってくる。

「白染料《シュウセイエキ》、箒《フデ》」

 能漸の声も聞こえる。まずい……。俺は手を引いていたモモを担いで、センの元へと駆け寄る。幸いにも、俺の退色血《スミゾメ》は乾いているから、安心してセンの手を取れそうだ。

 そのセンは、呆然と今の光景を見ていた。

 すなわち、掃除屋《シュウセイシャ》二人が武器を取り出し、侵蝕者《カキソンジ》の少女がじりじりと距離を取っている状態を。

 そして、二人の武器が迷わずこちらを向いている事に恐怖しているのだろう。

「こらこら」

 カッキー(仮)が、軽い声色で掃除屋《シュウセイシャ》に言った。

「やるならまず、僕とやろうよ」

 カッキー(仮)は、ニコニコと笑いながら、手首を切って退色血《スミゾメ》を零す。

「やってやろうじゃないですかぁ!」

 藤は、俺からカッキー(仮)に巨大なケシゴムを向けた。と、同時に、少女型の侵蝕者《カキソンジ》も彼に刃を向ける。

「落ち着け。的確に、殺れる相手から消せ」

 能漸という名のコスプレイヤーは、相変わらず俺を見て、たっぷりと白い液体をしみ込ませた箒《フデ》を手にしながら言った。

「消えろ!」

 藤は話を聞かずに、石鹸《ケシゴム》両手にカッキー(仮)に特攻していく。

「今の内に逃げてね、大好きな三人」

 彼は一度微笑みをこちらに向けると、流した退色血《スミゾメ》を盾のようにした。透ける黒の液体は、空中を漂う薄いクジラのように、カッキー(仮)を守る。

 石鹸《ケシゴム》とクジラは激しくぶつかり、侵蝕者《カキソンジ》のテリトリーに金属的な音を響かせた。

「現実への扉《カタミチキップ》」

 モモから借りた言葉が、俺の口から零れ落ちる。

「《具現化》」

 そうして、扉を作った。今回は、ごく普通の教室の扉だ。

「――待てっ!」

 能漸がこちらに向かって来たが、素早く扉を開けてセンとモモを押し込むと、自分も身を滑り込ませる。

 硬質な音が俺の耳に響いたのは、おそらくドアと能漸の箒《フデ》とがぶつかり合った音だったのだろう。逃げるが勝ち。うん、とりあえず俺の勝ちだね。


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