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隠遁鍛治師は女騎士に弱い  作者: キウイ50%
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8.雑貨屋にて

 時は戻り現在。

 二日前から行われたサンドイッチ作りの精神的に厳しい修行を終え、昨日ようやく合格点まで達したヴィーネは追い出されるようにしてーー事実追い出されたのだがーー商業都市エルズワースの都に到着していた。


 王都グラストンディアは商業都市エルズワースから更に一日かけた先の場所に位置している。

 必然、王都へ向かうにはエルズワースで一泊する必要がある為、この街に立ち寄ったという訳だ。

 王の御前でヴィーネが料理を披露するのは明後日の正午という予定の為、あまりゆっくりはしていられないが食材の調達と最後の確認を行う必要がある。


 食材ならば王都でも用意できないことも無いが確かな食材を手に入れるなら様々な物資が行き交うこの街で買い揃えた方が良いとのルクスのアドバイスに従い、ヴィーネは目的の店へと足を運んでいた。

 話によるとそこはルクスの知り合いが営む店らしい。


 それならばとルクスの家を去る際、見届けの為に一緒についてきてくれと泣きながら懇願したヴィーネに対し、冷徹にも「だが断る」と扉越しに言い放ったルクスを恨みながらヴィーネはブツブツと両手に抱えた包丁を見て独り言を呟く。

 背後の気配が一つ、また一つと消え去っていくの事に気付かないままに。

 やがて気が済んだのか、気持ちを切り替えたのかはヴィーネのみぞ知るところだが包丁を懐に仕舞い、足取りをしっかりとした物に変えて歩み始める。その後ろ姿は自信と誇りに満ち溢れた騎士そのものであった。



 暫くして、複雑に入り組んだ道を二度三度曲がった先に目的の店が見えてきた。

 大通りから一本外れた所にあるその怪しげな店は見るからに怪しい薬品を通路に面したショーウィンドーの中に展示しており、その脇には見たことも無い動物の毛皮や肉などが所狭しと並べられた奇妙な店であった。


 看板に刻まれた店名は“ロアルト雑貨店”。

 雑貨店と名付ける辺り、確かに雑多な物を扱っているようではあったが如何にも胡散臭い佇まいをしている店で王の口に入れる食材を買っても良いものだろうかとヴィーネが暫く店先で悩んでいると、そんなヴィーネの様子を見かねたのか一人の若者が店の中から声を掛けてきた。


「おい、そこの騎士様。店の前でウロチョロされっと商売の邪魔なんだよ。どっかに行くか店ん中入るか早く決めな」


 声を掛けてきたのは黒い髪を肩まで伸ばし、無精髭を生やした大柄の男。

 身長はヴィーネに比べても相当に高く、2m近くはあるだろうか。

 ガッチリとした体格とヴィーネを睨む鋭い目つきは獰猛な魔獣を思わせ、明確に自らを威嚇している。


「し、失礼した。実はルクスという男にここを紹介されてだな……」


 魔獣や決闘相手に対しては毅然とした態度で卒なく対処できる筈のヴィーネも突然自身に掛けられた荒々しい声に完全に呑まれてしまい、たじたじといった態度で自らの要件を伝える。


「なに? ルクスだと? あんた、ルクスの知り合いか?」


 口ごもるヴィーネを訝しげに眺めていた男はヴィーネの口からルクスの名前が上がるとその態度をすぐに改め、好奇心に満ちた声色で語りかけてきた。

 それに対してヴィーネは特に否定する要素も無かった為に頷きで返すと男は妙に感極まったように声を張り上げた。


「こりゃ驚いたな! あいつに女の知り合いが居たとは! なぁ、おい。その兜取って顔を見せてくれよ。今度あいつに会った時のネタにしてやりたいんだ」


「え、あ、まぁ、顔くらいなら構わないが……これでどうだ?」


 考えてみれば人と話すのに兜を付けたままなどというのは失礼極まりない。

 生粋の武人であるヴィーネは己の行いを恥じながら装備していた兜を手際良く取り外すと、兜を脇に抱え絡まっていた髪を解く為に頭を横に振る。


 振られた勢いに乗った金色の髪がサラサラと空を舞うその光景はまるで砂金を振り撒いたかのように輝いていた。

 次第に勢いを失った金の髪はヴィーネの白い首筋を覆い、腰の辺りにふわりと降り立つ。

 最後に乱れが無いか簡単に手櫛で整えてこれで良いかと確認を込めた視線を男に向けるも、兜を取ってほしいと言った当の男はというとヴィーネを見つめたまま何も言わずに黙りこくってしまったままだ。


 一体どうしたのかと声をかけようとした瞬間、前方から伸びてきた太い腕にヴィーネの両肩が掴まれた。

 思わず小さな悲鳴を漏らしてしまうもそこに敵意は感じられなかった為、即座に反撃に移ることはしなかった。


「惚れた。俺の女になって欲しい」


「は?」


 続く掛けられた言葉はヴィーネにとっても予想外の物。思わず体が硬直してしまう。


「あんな碌でなしじゃあ、あんたには勿体ねぇ。悪い事は言わねぇから俺んとこに来い」


「え、は? お、おい、ちょっと、待っ」


 制止の声を出すも肩を掴む手は離れない。


「頼む。あんたみたいな良い女に会ったのは初めてなんだ。結婚してくれ」


「いきなり何を……離し……」


「ダメか!? ならまずは一回飯でも……そうだ、広場に美味い串焼きの店が……」


 徐々に力が込められていく手を振り払うべく腰に掛けた剣を抜き放とうと手を掛けるが、その剣が振るわれることはなかった。


「何をやってるんだお前達は……」


 突如、二人の横から声がかけられたのだ。

 呆れの感情が込められた声の方向に二人が振り向くと、片や絶望の表情を浮かべ、片や慌てた様子で両手を忙しなく振るう。


 そこに居たのは作業中も身につけていた白髪を隠すように巻かれたタオルと首から下げられた煤から目を守るためのゴーグル。

 肩を出した黒のインナーに足元まで垂れ下がった白のエプロンとゆったりとしたワークパンツに身を包んだ見慣れたルクスの姿であった。

 いつもと違う点は背中に身長程もある巨大なアックスハンマーを担いでいる点だろうか。

 作業道具というには余りにも物々しい雰囲気である事からして、ルクスの扱う武器なのだろうと容易に想像する事が出来る。


「ルクス!? 貴殿が何故ここに! ち、違うんだ。これは、この男が突然訳のわからないことを言い始めてだな……!!」


 咄嗟に身を翻して男から距離を置き、否定の言葉を紡ぐヴィーネ。それに対して先程までヴィーネに熱烈なアプローチを仕掛けていた男はというと……


「…………」


 男は距離を置いたヴィーネに気づかぬまま、肩があった位置に両手を浮かせた状態でまるで氷像と化したかのように硬直している。


「おい、ロアルト……」


 目を細めて男を睨むルクス。睨まれているロアルトという男は何の反応も見せない。

 只々そこに立ち尽くしているものの、額に脂汗をかき始めているようだ。


「何となく嫌な予感がしたから付いてきてみれば……ロアルト。この女は辞めておけ。色々と後悔することになるぞ」


 たった二日程度だが、その苦労を身を以て経験してきたルクスは数少ない親友に忠告する。

 肉体的にも、精神的にもガッカリさせられるから辞めておけと。そんな気持ちを込めて淡々と。

 次第に生気を取り戻したロアルトは震える口を引き締め、何とか言葉を紡ぐ事に成功する。


「そ、そうか。お前がそこまで言うんなら俺も引き下がるしかねぇな。……そんなにやばい女なのか?」


「あぁ。俺もこっぴどくやられた。見た目に惑わされて油断するととんでも無い事になる。俺が紹介しといて何だが用心しとけ」


 そこまで断言するルクスに狼狽ながらも同意の姿勢を示すロアルト。二人の中で何かが伝わり合ったようだ。

 とんでも無い事とは何なのか、その詳細を聞こうにも聞けない妙な気配を感じたロアルトだったが聞かぬ方が良い事もあるだろうと思考を切り替える事にする。


 しかし色んな意味で衝撃を受けた二人は忘れていたのだ。そこにはもう一人、その場に居合わせていた重要人物がいる事を。


「なぁ、貴様ら」


 心が凍て付く程の冷たい声。

 今度は男二人が聞こえてきた声の方向を振り向く番だった。

 そこに居たのは金色の髪をわなわなと震わせ、準備万端とばかりに首を鳴らす一人の武人が立っていた。


 腰に下げられた立派な鞘に収まっている筈の刃物は既に右手に握られ、左手には何処かで見たような黒光りする短刀のような刃物を覗かせている。

 二刀流などという特殊な技術では無い事はわかるがその光景を見ただけで命の危険を感じない者は居ないだろう。


「私に関わるとどう後悔するというのだ? 店の中でじっくりと聞かせて貰おうではないか。なぁ?」


「「」」


 大通りから一本入った怪しげな店“ロアルト雑貨店”からは数刻の間、くぐもった悲鳴が上がり続ける事になったが普段から怪しげな物品を扱う店に疑問の念を持つ者は居らず、誰も来店する事のないまま静かな夜を迎える事となるのだった。


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