5.ようやくの鍛治仕事
ようやく鍛治師らしい事が始まります。
ヴィーネが風呂に入っている間、俺は自分の工房の炉に再度火を入れていた。
着替えないまま飯を食っていて本当に良かった。
また一から作業着を着なきゃいけないのは精神的に億劫だからな。
女の風呂は長いと言うし、とりあえず奴が風呂に入っている間にちゃちゃっと包丁を仕上げてしまおう。
準備運動とばかりに右腕を肩から回して工房内を突き進む。そこは見慣れた殺風景な景色。
丸く象られた石造りのかまどには日中から作業していた為に幾らか炭化している薪が数本残ったまま。
かまどの前にはこれまた石造りの作業台と精錬道具の数々が乱雑に置かれている。こんな所を師匠に見られでもしてたら大目玉だったな。
自らの仕事場へと踏み入れると気分が落ち着いて来るような気さえしてくる。
しかし考えれば考えるほど今回の依頼は無理難題と言わざるを得ない。
猶予は実質二日。それまでにあの天然女騎士を凄腕の料理人に訓練し、国王をも唸らせる上等な料理を提供する包丁を打たなければならない。
半分程は俺の仕事の範疇では無いのでどうしようも無いが、せめて包丁だけでも俺のありったけの技術を込めて作ってやろう。
包丁の工程か……まずは硬度の違う二種類の鉱物を組み合わせ、刃物の原型を作るんだったか。
鉱物は何か余っていただろうか……せっかくの機会だし掃除も兼ねて壁に掛けてある剣を二本使ってしまおう。
重心をずらして辺りの壁を見やると、腰掛けた木製の椅子から抗議の声と悲鳴が漏れた。
暫く壁を見渡した後、材料にする目星をつけた俺は立ち上がると黒光りした数々の作品の前へと足を向ける。
手に取ったのはお遊びで作った長剣とククリと呼ばれる柄から先端に掛けて湾曲した特徴的な形の刃物。
特殊な剣だけに扱える人間が居なかったこいつを使おう。長剣は只の気まぐれだがな。
選別した剣を携え、かまどの側まで寄ると火打石で火種を作り、じっくりと炉の火力を上げていく。
トレントの材木で作った火種はまるで生きているかのように活発に辺りの酸素と木を吸収してその身を大きく成長させる。
暫くして、十分な火力が出たことを確認した俺は二本同時に炉の中に入れたところでスキルを発動する。
鍛治師なら誰もが持つ“鍛治”のスキルである。
包丁は剣と違って打ち直す手間が省けるので複数の鍛治スキルを用いて手早く包丁を仕上げることにする。
一気に熱した二種類の剣を師匠より譲り受けたハンマーで打ち鳴らし、異なる形を持った剣達を一つの金属へと生まれ変わらせる。
再度炉へと金属を差し込み、機を見て引き上げる。真っ赤に熱せられた金属は辺りの空気を一気に高温へと押し上げた。
鉄に近い位置にある足などはその熱で火傷してしまいそうな程だ。
打つ。打つ。打つ。
火花が飛び散る度、腕の皮膚の一部分が焦げていく。そんな物は今更だ。気にするまでもない。
無駄な金属を削ぎ落とし、不純物を取り除き、何度も何度も同じ工程を繰り返す。
しっかりと包丁の形になった事を確認したら裏手の井戸から貯めておいた水で焼き入れを行う。
その後じっくりと焦らずに刃を付け、研磨し、刀身のなかごと呼ばれる、柄に覆われる前の金属の付け根に銘を付けるのも忘れない。
最後に刃物が真っ直ぐになるように適当な柄を付ければ……完成だ。
記念すべき俺が打った初の包丁。下らないが感慨深いものがあるな。
「ふむ……68点。料理に使う包丁ならば十分だろ」
有り合わせで作った鞘を被せてとりあえずは完成。時間にして一~二時間程か。剣に比べるとやはり早いな。
精錬や焼き入れの手間が幾分か省けた分、それなりに多くのスキルを使う事が出来た。
これなら中堅の冒険者が使ってもいいだろうが……所詮包丁だからな。
一仕事終えた俺は腕を伸ばし、凝り固まった筋肉を解していく。……そういえば結構な時間が経っているがヴィーネの奴はまだ風呂に入っているのか?
余りにも長過ぎる。
「おい、ヴィーネ! まだかかりそうか?」
玄関から外に出て裏手に居るはずのヴィーネへと声をかけるも返事は無し。返ってくるのは虫の声のみだ。
いや、待てよ。
そういえばヴィーネは最初風呂を沸かすのを手伝うつもりで付いてきたのだ。
武器の類は持ってきていなかったように思われる。
そうなれば万が一の状況でも反撃に移る手が無いということだ。
頭が一気に青ざめ、背中に嫌な汗がじっとりと広がる。
「ちっ。いくら凄腕の騎士とはいえ手ぶらで魔獣の住む森の近くに行かせるなんて俺もヤキが回ったか! ヴィーネ! おい! 居ないのか!? 返事をしろ!」
森の魔獣は狡猾だ。
油断しきっている獲物の背後から音も無く近寄り、一撃で仕留めるために首を狙って攻撃するなんて事は日常茶飯事。
その後は巣へ持ち帰ってじっくりと堪能するかその場で食い散らかすかはその魔獣次第だ。
あれだけ浮かれていたヴィーネの事だ。何かがあってもおかしくは無い。
いくら人嫌いの俺でも近くで死なれては寝覚めが悪い。頼む。無事でいてくれよ……。
つい足早になってしまう足取りで裏手へと周り、風呂の周りに広がっていた光景。それは……
「…………」
真っ赤に肌を染め上げ、ダランと弛緩したように湯に浮かぶヴィーネの姿がそこにあった。
とりあえず体が無事そうな事を確認して一先ずは安心するもこうなった経緯がよく分からない。
急いで湯から上げようとするが、裸の女を湯から引き上げるというのはかなり戸惑われる。色々その……な。
というか熱っ?! 何だこの湯は!!
火が無ければここまで熱くなる筈は……
そう思ってかまどの火種を見てみれば、そこには轟々と炎を燃え上がらせたトレントの薪が目一杯詰め込まれていた。
その光景を見て俺は何があったのかを確信する。
この女、天然で剣術馬鹿な上に、どうしようもない横着者なのだ。
恐らくは冷めた湯に不満を抱いたこいつはあろう事か側に用意していた薪を全て焼べてしまったのだろう。
やがて猛々しく燃え上がる炎。
徐々に温度を上げる風呂。
気持ち良さのあまり途中で寝る目の前の馬鹿。
時間をかければ茹で蛸の出来上がりである。
「この馬鹿がっ!! なんつぅ面倒掛けさせやがる! あー、もうクソッ!!」
そうして俺は背後から抱き上げた真っ赤な馬鹿をズルズルと引きずって、本日二度目の我が家へと迎え入れるのだった……
☆★
「な、ななななな何で私は、は、裸でベッドに寝ているのだ?! まさか貴様! 私を……!!」
「妙な誤解をしているんじゃねぇ。この天然横着女騎士が。助けてやった恩を仇で返す気か」
女の服の着せ方などわかるはずもない俺は引きずり込んだヴィーネの体を無理やりベッドへと押し込むと中を見ないようにシーツを掛けて、まるで死人にそうするような形で覆い隠していた。
一応頭の位置に氷は置いてやったがその甲斐あってかヴィーネは暫くするとけろっとした様子で起き上がったのだが、起きざまに放った言葉が先程の戯言である。
顔を真っ赤にして泣き喚くヴィーネに事の経緯を説明してやると途中からは赤かった顔が青くなっていき、終盤に差し掛かった辺りからはシーツに顔を押し付けてさめざめと泣き始めた。
「何という事だ……私は一生この生き恥を晒して……」
「その言葉はさっきも聞いたから後日一人でやってくれ。それよりも先にこれを渡しておくぞ」
同じ流れを感じた俺はさっさと眠りたいが為に用件を済ませておくことにする。
先程から持っていた鞘に収めた包丁をベッドの上に居るヴィーネの足の辺りへと放り投げる。
顔を押さえつけていたヴィーネが丁度顔を離した隙を見計らったので危なげなく受け取ったヴィーネだったが、訝しんだ様子で鞘に収まる包丁を眺めていた。
「何だこれは?」
「いいから抜いてみろ。呑気にお前が逆上せている間、俺が汗水垂らして作ってやったんだ。ありがたく思え」
「くっ、くぅぅ……言い返せないのが悔しい……って、何だこれはッッ?!」
「いや、だから包丁……」
「貴殿はこれを包丁とそう言うつもりか?! てっきり私は短剣かと思ったぞ! この手に馴染む握り心地、しっかりと芯が入った絶妙なバランス……私の持つ剣よりも鋭い刃。こんな物が包丁だと!? ならば私の剣は何なのだ? ただの鉄クズか!?」
途端に騒ぎ出すヴィーネにもう好きにしてくれと頭を押さえて俺は床へとへたり込むのであった。