3.鍛治師、事情を聞く
「ぜぇ。ぜぇ。貴様、なかなかやるな….…私の手から悉く逃れるとは……」
「伊達に毎日火を相手にしてないんでね。それでは、気をつけてお帰りください。二度と会う事は無いでしょう」
「ま、まてぇっ! 話はまだ終わっていないぞ! というか貴様! 全然疲れてはいないではないか! どういうこ……」
バタン。
入り口の扉を閉めてヴィーネとやらを追い出す。
今も仕切りに扉の前で騒いでいるようだがその内諦めるだろう。
それにしても、一応鍛治師の端くれである俺に向かって剣ではなく包丁を作って欲しいだと?
いくら人間嫌いでアイツ以外の剣の依頼を断り続けて来た俺でも包丁を作って欲しいなんて言われたのは初めてだ。
あの手の輩がどんな手段で次に乗り込んで来るかはわかったもんじゃ無い。
念の為に窓も閉めておくか。
「「あっ」……貴さ……!」バタン。
嫌な予感は的中したらしい。悪は去った。
さて、鍛治道具を整備したら寝ることにしよう。明日は街に作った武器を卸しに行かなくてはならないからな。
スタスタと鍛治道具の近くに座り込み、悪いところが無いか点検していく。
……けろっ! ……い!!
あちゃー。ハンマーの柄が折れかけているな。
明日は帰りにトレントを狩って素材も取って来なくては。
……のむっ!! た……からぁ……!!
ふむ、ついでに火をおこす炭も調達しなくては。明日は街に行った後はひたすら森を散策しないとな。
トレントも狩り尽くすと次に繁殖するのが遅れてしまうので程ほどにしないと……
……うぅ……!! うぇぇぇ。
……。
……悪……った! こ……を開け……れぇ……びぇぇ……
「あぁぁぁぁぁぁ!!五月蝿えなっ!! わかったよ、作ればいいんだろ!? 今晩中に作ってやるから泣くな!!」
「あ、あ゛り……がどゔッッ!……よろしぐっ、お願いじまずぅ……」
玄関で膝にうずくまりながら鼻水を垂らして泣く王国一の女騎士はそれはもう顔をぐちゃぐちゃにしながら、人には到底見せられない様子でただひたすらに、感謝を述べていた。
これが国一番の騎士の姿……この国は大丈夫なのだろうか……。
☆★
天然騎士を家に再度迎え入れ……迎え入れると言うのがどうにも腹ただしいが、兎に角、涎やら涙やらでぐちゃぐちゃになった顔をタオルで拭かせて茶を飲ませてやる。
暫くして落ち着いたのを見計らってから話を聞くと俺は再度目を細めてヴィーネを睨みつけるのだった。
「そ、そんな目で睨むな! 私の誇りに関わる事なのだぞっ?!」
「はぁ……要するに、女の癖に料理すら出来ないと馬鹿にしてきた同僚を見返したい。と」
「端折るな! 実はだな……」
要約すると何とも馬鹿馬鹿しい内容だが詳しい経緯はこうだ。
幼い頃から剣の才能があったヴィーネは師匠と呼ぶ人物に課せられた訓練をひたすらこなす生活を送っていたのだという。
内容はかなり過酷なもので、朝の素振り二万回だとか、昼は走り込みを二百キロだとか、夜までに師匠に一撃でも与えられなかったら三人分の飯を腹に詰め込むだとか、常人であれば発狂しかねないメニューを十年間続けてきたのだそうだ。
師匠と呼ばれるやつに碌な人間は居ないな。
勿論、毎日の様にそんな事をしていれば馬鹿みたいに強くなるのは当たり前なのだが、この女の才能は群を抜いていた。
訓練を始めたのが6歳の頃。100匹ものゴブリンの住む集落に一人突撃させられ、壊滅させたのが10歳の頃。
この頃になると師匠という奴も驚かされたのか、調子に乗ってどんどんと厳しい課題を与えていったという。
12歳で単身、軍を凌ぐ規模まで膨れた盗賊の集落に突撃。15歳で魔族に奪われた領土を一部奪還。
そして遂に、先日迎えた18歳の誕生日に国一番の騎士としての称号を与えられたらしい。
ここまで聞いてこの女に多少の同情を覚えたのは確かだったのだが、その後に聞いた話で同情心は露となって俺の中から消え去ることになる。
ヴィーネが称号を頂いた後の帰り道、広い王城の通路を歩いていた時に事件は起こった。
兼ねてから続いていた同僚の男性騎士はヴィーネにわざと聞こえるように陰口を話していたのだが、その悉くを軽く受け流していたヴィーネに頭が来たそいつは、その日遂に直接ヴィーネを貶めにかかってきたのだ。
曰く、「女の癖に剣の腕は良くても料理の腕はからっきし」
曰く、「魔獣や盗賊を料理するのは得意でも肉を焼く事すら出来ない野蛮人」
曰く、「嫁に貰ってくれる男など現れはしない」
などなど。要約しなくてもとても馬鹿馬鹿しい内容である。
それを聞いた俺は思わず「うわぁ」と声を上げてしまったが、どうやらヴィーネの耳に届く事はなかったらしい。
両目の端に涙を浮かべながら悔しそうに拳を握り、机を叩くヴィーネ。頼むから壊さないでくれよ……
「私だって、料理や編み物といった普通の女の子らしい事をしてみたかったさ! だがな! そんな事をしていたら師匠の厳しい訓練に耐える事など到底できなかったのだ! そんな私が料理なんて出来るわけは無いのは当然ではないか! そうは思わないか?!」
「あぁ……うん。大変だったんだなお前……」
「わかってくれるか! そうか! であれば早速、切れば肉が美味くなる包丁と、盛れば簡単に美味しくなる調理の仕方をだな……」
「そんな物は無い」
そんな俺の言葉にガーン。
と音が鳴りそうなほどに落胆した様子のヴィーネ。
顔には何処か陰が差している。
「ば、ばかな! それでは先程の料理はどうして……?!」
「そりゃ、一人暮らしも長いからな。調味料さえ配分を間違えなきゃそれなりに味は良くなるさ」
「で、では肉を切る時のあの包丁捌きは?! 貴殿の作った包丁ならば同じ事が出来るのでは無いのかっ?!」
「それは包丁使いに慣れているからだ。言っとくが剣の扱いと包丁の扱いは別物だぞ?」
ガーン。ガーン。
そんな擬音が似合いそうな天然騎士は力無く床に項垂れてしまう。
顔は今にも死んでしまいそうなほどの絶望に染められており、見てるこっちが悪さをしたような、そんな罪悪感を抱えてしまうほどの悲愴さを漂わせていた。
そんな居た堪れない女騎士様を見下ろし、やれやれと溜息をついた俺は話の続きを聞いてやることにする。
「それで? 『見返してやる!』と言ったお前の料理を披露するのは何時何処で誰を相手にやる予定なんだ?」
「……日時は五日後の正午の鐘の鳴る時、場所は王都グラストンディアの……陛下の御前だ。勿論食べる相手も……」
「無理です。諦めて下さい。さようなら」
こうして俺の覚悟は陽炎の様に猛り、そして静かに消えていったのだ。まるで砂漠で儚く散る冒険者のように。
「ダメだっ!! 見捨てないでくれ!! 貴方の望むものなら何だって差し出す!! 何なら私の体でもいいぞ! ほ、ほら、どうだ!? 程よく引き締まっているだろう?! よよよ、良く見てくれっっ!!」
「服を捲るな! 恥じらいを知れ露出魔が!! 大体、王様に出す料理なんて俺に作れると思うか?! 今すぐその騎士に謝ってこい!!」
「何だとっ?! これでもい、異性に肌を見せるのは初めてなのだぞっ?! わ、私だって死ぬ程恥ずかしいのだ! それでも貴方は私に恥じらいを持てというのか!? 鬼! この鬼畜!」
「うるせぇぇぇぇ!! 頼む! お前もう、頼むから帰ってくれよぉぉぉお!!」
ついに精神が崩壊してしまった俺は泣き出しながら、その後日付が変わるまで天然女騎士の相手に付き合わされていくのだった。
十話ほどまでは毎日18時に上げて行こうと思います。どうぞお付き合い下さい。