1.鍛治師>女騎士
初投稿、緊張の嵐です。
果たして見てもらえるのだろうか……
様々な獣の呻き声が辺りに鳴り響く鬱蒼と生い茂る森林の奥深く。
陽の光も届かない道無き道をひたすらに突き進んだその先にはそこだけがぽっかりと拓かれ、陽の光が差し込む幻想的な光景が広がる。
そこは人が一人で住むにはやや広めだが、十分なスペースを確保していた。
中央に佇むのはまるで人から偲び、隠れるようにして建てられた一軒の平屋。
入り口の脇には様々な狩猟道具が並び、軒先には仕留めた小動物の肉がいくつも干されている。
裏手に回れば井戸や風呂までもが完備されたその空間は、人が暮らすには苦労しないであろうと思わせる程の充実した設備を備えていることが伺える。
鳥が囀り、風が吹くたびに草木が揺れる音が辺りを支配するそんな長閑な空間に、突如鉄を打ち鳴らす音が響き渡る。
しっかりと強弱をつけた意思のある音。それは知性無き獣の類が放つ音ではなく、確固とした目的を持った鉄を打ち鳴らす音。
心なしか平屋の周りは若干暑い。
中で火を焚いているのか、平屋に備え付けられた煙突からは煙が立ち上っている。
危険な森の奥深くに住む人物とは如何なる人物か。
恐らくは風変わりな人物であろうと誰もが想像するのだろうがその想像は決して間違ってはいない。
この家に住む男は実際に人目を偲ぶためにこの様な場所に居を構えている。
中の熱気を逃がすために半分程開かれた窓や入り口の扉からこっそりと中を覗いてみれば、煌々と燃え盛る炎が煙突に繋がる炉から溢れ出ており、その脇には一心不乱にハンマーを振りかざす一人の男が入り口に背を向けて座っている。
年齢は二十歳に差し掛かった頃というところか。
作業の邪魔にならないよう短く切り揃えられた白髪の頭には汗を塞きとめるための手拭いを巻き、炎から目を守る為のゴーグルを装着しているようだ。
服装は軽装。剥き出しの肩から覗く体躯は比較的がっしりとしている。
黒いインナーを着込み、両肩から下がる革のベルトに固定された白のエプロンは煤によって所々が黒くなっているが不潔な印象は見られない。
そんなエプロンにはポケットが無数に取り付けられ、鉄を打つハンマーとは違う器具がいくつも納められている。
誰もがその後ろ姿を見ただけで彼が鍛治師であるという事に気付くだろう。
それは部屋の壁一面に掛けられた数々の彼の作品を見れば更に明確だ。
剣、槍、弓。更には全身を覆う金属の鎧までもがまるで武器庫のように並んでいる。
男は目の前にある台に置かれた何かを黙々とハンマーで打ち続け、仕上げとばかりに甕に溜めた水へと浸すと熱を帯びた鉄が一気に冷める音が部屋中に響き渡る。
「……ふむ。55点ってとこか」
暫くして、仕上がったと思われる短剣を眺めていた彼が初めて喉を震わせる。
その声は年齢には不相応な程にしわがれていた。
妥当だろう。と言わんばかりの声色に反して素人目には立派な見た目の短剣にそこそこ納得しているようだが点数とやらを聞くとそこまで出来が良いようには思えない。
「まぁ、使った素材がその辺の鉄じゃこんなもんだろ。新人冒険者に相応しいってモンだな」
どうやら素材があまり良いものではなかったからこその先程の評価だったようだ。
しかし驚く事なかれ、“ルクス・アーブレン”と銘を刻まれた彼の武具の数々は実の所、ある原因によって新人冒険者には勿体無いくらいの品質の良さと戦果を齎していると専らの噂だ。
彼自身は自分一人で生活する分の報酬が貰えれば後は好きにしろと言わんばかりに適当な取引をするのでその後の市場の相場には関与していない。
だが彼からしてみれば先程の実は一級の短剣にしてみても一流の冒険者が使うには余りにもお粗末であろうという厳しい評価をしている辺り、鍛治師としての彼の矜持はかなり高い所にあると思われる。
「さて、と……頼まれていた分の武具は作ったし、そろそろ風呂にでも入るかねぇ……」
腰に手を当てて軽く体を捻ると固まっていた筋肉が解れていき、ポキポキと小気味良い音が体の中から響いてくる。
ルクスが立ち上がった事で足元に置かれた箱が露わになる。
そこには先程の短剣にも負けず劣らずの武器達がまるでつかみ取りセールでも行おうかというお粗末な積み上げられ方をして収められていた。
その様子を商人が見ていたら床に膝を突いて嘆いた事だろう。
実際には金貨数枚という四人家族が十分に余裕を持って一月暮らせる程の価格が付くはずの製品達をあたかも粗悪品の様に扱っていたのだから。
しかしそんな武具達に僅かな愛着はあれど、ルクスの中でその程度の価値しか無いと思ってしまうからこその、この扱いなのだ。
心を震わせる様な鍛治がしてみたい。
鍛治師としてのルクスはそんな事を常日頃から考えているがやっているのは来る日も来る日も延々と続く武器の作成依頼ばかり。
いつの間にか辺りも暗くなっていた様だ。
部屋に差し込む光の具合を見て現在の時間を察したルクスは後片付けを始める。
いつも通り道具を片付け、風呂に入り、食事を取って器具の手入れをして、体を休めよう。
そんなルーチンワークを始めようとしたルクスは突如背中の向こうに感じた人の気配に肩を震わせる事になった。
「……? ……ッッ!?」
振り向く。
勢い良く振り向いた事で額に溜めた汗が弧を描く。
居るはずのない入り口の脇には扉に手を当てて佇んでいる女が一人。
まるで竜の鱗を嵌め込んだ意匠の銀の甲冑。腰の辺りに巻きつけた赤い装飾布が気品さを物語っている。
兜を脇に抱えているせいで露わになった金髪の髪が夕日によって輝き、腰の辺りで風に靡かれ、揺れていた。
その姿は逆行の影響もあってまるで絵画から切り出されたかの様に美しい。
視線が交わる。両者ともに声すら出さない。
女は冷静な様子でルクスを見つめているがルクスは咄嗟の来訪者に驚きを隠せなかったようで見るからに動揺している。
誰何の声を上げようとするも女が携えている剣の威圧感があって声を上げることが出来ない。
これはどうしたものかと考えていたルクスだったが、そんな静寂を断ち切ったのは女の方だった。
形の良い眉を下げ、桃色の小さな唇が開かれる。
「突然の来訪、誠に失礼した。鍛治師ルクス殿の邸宅で間違い無いだろうか? 間違いが無ければ……」
無ければどうなると言うのか。
武器を作成した罪で打ち捨てるとでも言うつもりか。
ルクスは壁に立てかけられた自分の得物を横目で視界に捉えると相手の出方を伺う。
腰に据えられた剣を振るわせるか、はたまた鋭く作られた小手で殴りかかるつもりか。
いくつもの予想を立てて続く言葉に耳を傾けていると目の前の女は予想外の行動に出てきた。
突如倒れ込む女。
音を立てて盛大に倒れた女からはしっかりと作られた甲冑の衝撃で「ぐふっ」という乙女にあるまじき声が聞こえた気がしたが恐らくは気の所為だろう。
どうしても先程の凛としたイメージとはそぐわない。
思い切り地面に正面から倒れ込んだ様子に引いたようにルクスは後ろへと下がると、わなわなと縋るようにして女は腕をあげる。
「み、水を……一口でもいい……あと出来れば食べ物を……お礼は、何でもしますからぁ……」
次の瞬間、力を失ったように地面へと腕を下げた女の姿を見て、ルクスは暫くの間一歩も動かことが出来なかった。
「何なんだ? この人……?」
そんなルクスの声は誰にも届く事なく、夜の森へと消えていった。
二話目は19時頃更新予定です。