悪役令嬢兼魔王だけど、王太子に婚約破棄されたので、正体をバラしてみた
R-15は保険ですが、
ヒロインに対するいじめ表現があります。
苦手な方は逃げてください。
8/13・8/14 誤字修正しました。
ご指摘くださり、ありがとうございます。
「マリアンヌ・オットー・ウルシェンヌ公爵令嬢。君との婚約は破棄する!」
壇上から、そう宣言したのはこの国の王太子アークドィだった。
国の貴族の子女たちが集まる魔法学院の卒業パーティの最中、王太子として開会の挨拶をする予定だった彼は、とつぜんの婚約破棄を宣言した。
会場は驚きにどよめき、壇上にたつ王太子とその友人たち、そして婚約破棄を告げられた少女を注視する。
その視線はおおむね、卒業パーティという公の場で、婚約破棄という繊細な問題を突然宣言した王太子への非難だったが、王太子はまったく意に介していなかった。
むしろ周囲の人々の視線に力を得たように、彼は美しい緑の目に怒りを込め、一人の少女を睨み付ける。
鍛えられれた体に整った顔。まとう雰囲気は王太子らしく気品があり、なおかつ野性的。
国中の女性を虜にしてやまない王太子が激怒する様は迫力に満ちていた。
けれどにらまれた少女マリアンヌは、その年齢にふさわしくない落ち着きでもって、それを受け止める。
「まぁ、怖い」
くすりと笑って、マリアンヌは囁く。
赤い唇が弧を描き、蠱惑的に壇上の王太子を見上げれば、王子は顔を赤く染め、そしてそんな自分を恥じるようにますます声を荒立てる。
「なにが、怖いだ!君がリリスにしたことのほうがよほど恐ろしい!」
王太子はそう怒鳴りながら、彼の隣に寄り添ってたつ少女の肩に手をおいた。
王太子にすがるように立っている栗色の髪の小柄な少女の名は、リリス。
平民育ちだったが、その魔力の大きさに目をとめられ、男爵家の養女となった少女だ。
「お、王太子さまぁ。わたし、怖かった…。怖かったんです…っ」
リリスが甘えをふくんだかわいらしい声を震わせ、王太子に抱き付くと、王太子は彼女をなだめるようにその胸に強く抱いた。
「ああ、リリス。もう恐れることなんて、なにもないよ。マリアンヌとの婚約は解消した。君との婚約もすぐに整うさ。君の魔力量は国でも有数だ。父王たちも、認めてくれるだろう。君はもう、マリアンヌなど恐れずにいられる立場と守りを得られるんだよ」
すると王太子たちをとりまいていた少年たちも、口々にマリアンヌを罵りはじめた。
「そうですよ、リリス。私たちがあなたを守ります! ……ウルシェンヌ公爵令嬢。君はこのリリス男爵令嬢につらくあたったそうですね」
「とぼけても無駄だよ? 君がリリス令嬢を階段から突き落としたこと、下校時に暴漢に襲わせたこと、机に毒虫をしこんだこと、すべて証拠はあがっているんだからな!」
「こんなかわいいリリスちゃんに、よくそんなひどいことができたね!お前なんて、悪魔だよ!」
男たちは、それぞれこの国の宰相の息子、騎士団長の息子、大商人の息子と身分・財力に優れていた若者だ。
しかもそれぞれタイプの異なる美形だった。
彼らに弾劾されたマリアンヌは、よくここまでタイプの違う美形を揃えたものだなと、改めて感慨にふける。
そして性格的に難はあるにしろ、それなりに有能だった彼らをここまで自分に惑わせたリリスの手腕に感心した。
(まぁ、それはさておき)
マリアンヌは、いい加減この茶番に飽き始めていた。
せっかく楽しめるゲームかと思ったのに、こんなにあっさり終わってしまうとは残念だった。
けれど、王太子にすがりついて泣いているリリスを見て、仕方ないと終幕の言葉を告げる。
「ふふっ、わたくしが悪魔、ですか」
「そうだよ!こんな可憐な女の子を殺そうなんて、悪魔の所業としかいいようがないね!」
「対象が可憐な少女じゃなくとも、人が人を殺害しようとしていれば咎めるべきかと思いますけれど。まぁ、それはさておき、わたくしが悪魔だというのは認めましょう」
豊満な胸に手をおき、マリアンヌは嫣然と笑う。
そのあふれ出る色気にあてられつつも、王太子は胸に抱いたリリスのぬくもりに力を得たように、マリアンヌを睨み付けた。
「どういう意味だ」
マリアンヌは、幼いころから王太子の婚約者として、傍にいた。
彼女がくだらない冗談を口にしないことなど、わかっている。
マリアンヌはくすくすと笑って、小首をかしげる。
「いやですわね、アークドィ様。その通りの意味ですわ」
笑いながら、彼女はぱちんと指をならした。
するとみるみるまに、真紅のドレスをまとった彼女の背から大きな黒い羽が生える。
「あ、ぁああああああああくまっ!!」
会場は恐怖に包まれ、あちこちで悲鳴があがる。
けれど彼らは誰一人として逃げ出さなかった。否、逃げ出せなかったのだ。
「ええ、悪魔ですの。正確に申しあげるなら、魔王ですわ。……申し訳ございませんけど、皆様そこから動かないでくださいね?動けないよう魔術をかけましたが、その足を無理に動かすとネズミに姿が変わりますわよ?」
楽しげに言われた言葉に、パーティの出席者たちは息をのんだ。
魔王と名乗ったマリアンヌにかけられた魔術は脆弱なもので、屈指の魔力を誇る学院の生徒なら、無理をすれば拘束はとけただろう。
けれどその結果がねずみに姿を変えられるというのでは、たとえ可能性の問題だとしても、その魔術を破ろうとは思えなかった。
重苦しい沈黙を破ったのは、王太子に抱きしめられていた少女の声だった。
「ま、魔王様!?まさかマリアンヌ様が、魔王さまだったのですか!?」
「リリス!危ないから、君は後ろにさがるんだ!」
王太子はマリアンヌのほうへと身を乗り出した愛する少女を、動かない体を必死で動かそうとしながら、自らの背に庇おうとした。
けれどリリスは王太子の腕をふりきり、マリアンヌの姿を凝視すると、その場にがばりと身を伏した。
「申し訳ございません、魔王様!魔王様の獲物を横取りする気なんてなかったんです!!」
ふぇぇとかわいらしい声で泣く少女に、マリアンヌはため息で答えた。
「あー、バラしちゃったらダメじゃん。せっかくこの国はあんたに譲ってあげようと思ったのにさぁ」
「リ、リリス……?」
王太子たちは、リリスの言葉に絶句した。
彼らの前にいるのは、平民出身の、魔力ばかりは強いけれど、か弱くたよりなく、自分たちが守ってやらなくては生きていくことさえままならないあどけない少女のはずだった。
けれど王太子たちの信じがたい思いを裏切って、地にふしたリリスの背からも、マリアンヌの背にはえたものに似た黒い翼がはえてきた。
「ま、まさかリリス、君も悪魔なのか!?」
王太子は絶叫した。
けれどそんな彼の叫びなど聞こえないふうに、リリスとマリアンヌは会話を続ける。
「そんな、魔王様のお遊びを、私ごときが譲っていただくなんて、恐れ多いです!ほんとうに、魔王様がいらっしゃるなんて知らなかったんですぅぅっ!この国は王太子をはじめ、有力者の子弟がちょろいのでお勧めって、先輩に言われて来ただけでっ」
「あー、もしかして、新人研修?」
「はぃい。新人研修の難易度C、初心者向け狩場に指定されていましたぁ」
「ありゃま、ごめんね。最近、研修のリストとかチェックしてなくてさぁ。まぁ、でも貴女なかなかいい仕事してたわよ!自作自演の嫌がらせをわたくしのせいにする技とか、うまいなぁって思ってたの。だからここは貴女に譲ろうとおもったんだけどね」
「ま、魔王様にお褒めの言葉をいただけるなんてぇ。光栄ですぅ!」
リリスは顔を赤らめて、嬉しげに羽をぱたぱたとした。
マリアンヌはリリスの前に膝をつき、彼女の手をひいて立たせてあげた。
「どっちにしても、ここはもうわたくしたちには無理ね。いったん魔界に帰りましょうか?」
「えっ、魔王様とご一緒にですか!?はわわぁ…、光栄ですぅ」
「大げさねぇ。一緒に帰るってだけでしょ。まぁ、研修のほうは口添えしてあげるわよ。まさか新人研修の先にわたくしが潜伏していたなんて、研修の監督者たちだって予定外でしょうし」
マリアンヌはリリスのドレスをかるくはたき、汚れをおとしてやる。
蕩けそうな笑顔で顔を赤く染めるリリスを、王太子たちは呆然と見ているだけだった。
マリアンヌは、10年以上の時を婚約者として過ごした王太子に顔を近づけると、耳元で囁いた。
「残念だわ、王太子。あんたのそのあくどいとこと顔は好きだったのよ。……知っているのよ?リリスを暴漢に襲わせたのは、あなたでしょう?愛する女が襲われるのを見て楽しむなんて、いい趣味ね?まぁ騎士団長の息子のおかげで、リリスでは楽しめなかったようだけど?」
「……王太子?」
マリアンヌの言葉に、騎士団長の息子が王太子を見た。
魔王の言葉なんて信じませんから、といいかけた彼は、王太子の顔色が真っ青になっているのを見て、まさかと叫ぶ。
「リリスのバッグにナイフを仕込んで、怪我をするように仕組んだり?毒虫はリリスの自作自演だったけど、男爵家のメイドを買収して、リリスのベッドに蛇を仕込んだりもしていたわよねぇ。その映像を遠見鏡で見て楽しんでいるとか…、とんだ”王子様”よね。……まぁ、そんなところが好きだったんだけど」
王太子は、マリアンヌの言葉に首を横にふり、「違う、違うんだ」とうわごとのように否定する。
けれど彼の取り巻きたちも、その目に不信をうかべている。
その不信の背を押すように、リリスがぽんと手を打った。
「あ、あの蛇って、王太子の仕業だったんですかぁ。大きくてー、ぬめぬめした蛇がベッドにいてびっくりでした!気づかずにおふとんの中にはいっちゃったんで、絡みつかれて逃げるの大変だったんですよぉ。叫んでも、なかなかメイドさんが助けにきてくれなくてぇ。そっかぁ、あれ、王子のしわざだったんですねぇ。それでメイドさんたちもなかなか助けてくれなかったんだぁ」
リリスの言葉に、王太子の顔からは脂汗がうかんだ。
マリアンヌは苦笑して、そんな王太子の唇にお別れのキスをした。
「じゃぁね、王太子。ほんとあんたのそういうとこ、好きだったよ。うっかり人間のふりをして10年も傍にいるくらい。あんたの傍なら楽しそうだから、王妃になって、敵国を滅ぼしてもいいとか思ってたんだけど…。しょうがないね」
マリアンヌは飛び立つ準備として、大きく羽を動かした。
10年以上も人間の子のふりをしてきたから、羽を動かすのもひさしぶりだ。
けれど久々に広げてみれば、それはマリアンヌの心を一息に高揚させた。
「悪魔ってね、自分が裏切るのはいいけど、裏切られるのは許さないって種族なの。わたくしは、わたくしを裏切ったあんたを決して許さないわ。それは覚えておいて。……まぁどうせこの国は新人研修のリストにあがっているみだいだし、滅ぶのもそう先のことじゃないかもしれないけど」
最後に呪いの言葉をはいて、マリアンヌは元婚約者に別れを告げた。
漆黒の翼を広げて空へ飛び立つ彼女を追って、リリスも翼をひろげる。
「それでは、皆様。ごきげんよう!」
かわいらしい笑顔を残して、悪魔は去った。
とりあえず、この一瞬は。
マリアンヌが消えて、拘束の魔術が消えた王太子たちは、即座にマリアンヌとリリスの実家へ兵を挙げた。
けれどそこには人の姿どころか、屋敷の跡もなかった。
魔王の怒りをかったうえ、悪魔たちの研修場に指定されたこの国がどうなったのか、今では知る人もないという。
読んでくださり、ありがとうございます。
少しでもお楽しみいだたけたら嬉しいです。
8/13[追記] 評価やブックマークをたくさんいただき、ありがとうございます!
思わず三度見直してしまいました。
どこか気に入っていただけたのでしたら、すごくうれしいです。