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欠損の私、人形師の父、いつもの夜

作者: 赤柴紫織子

 ――父は、異常性愛の持ち主だ。


 金曜と土曜の夜。

 私の夕飯は少し遅れる。


 私の記憶の最初はこの部屋だった。その時もあれをみていたのかは定かではないが。

 家具らしい家具といえば粗末なベッドだけ。

 しんと静まり返った窓のない部屋。埃っぽいような、居心地の悪い空気。

 天井にはいくつものフックが取り付けられそこから人形たちが様々な形で無感情に吊るされている。

時間には厳格な父だったが、時計はひとつもなかった。だから一度ここに入ってしまうと世界から完全に分離されたような気分になる。


 息遣い。

 汗。

 次第に強くなる、生臭い好ましくない匂い。


 私はただそれを映画でも見るように眺めている。


 子どもが愛でるような人形を、はたまた人間のような大きさの人形を、縄で縛り上げ、嬲り、それから犯すのが、父だった。

 そして私はそれを椅子に座ってじっと見るのだ。

 吊るされる人形たちの間から無生物に己を打ち付ける父を。

 よくよく考えてみれば、彼にはそのような趣味もあるのかもしれない。


 人形を犯す父を私は幼少期からずっと見てきた。

 それが異常だと気付いてなおも、ガラスを滑り落ちる水のようにただ今日までズルズルと引きずってきた。誰か止められるのだろうか。少なくともそれは私ではない。

 このようなことを軽蔑しているかと聞かれれば私は少し困ってしまう。

 それが私の中の父なのだから。


 一番幸運だったことは、私に腕がなかったことではないだろうか。それから近親相姦のケがないこと。

 縛れないのだ。

 父は腕を後ろ手に縛ることを好む。しかし私には腕がない。

 実用ではなく見栄えが良くなるような義手しか私はつけられない。


 私は生まれた当初から両腕と片足首が欠損していたという。

 母はどうなったかは知らない。父は母のことを一度も話さないからだ。

 写真もなく、母がいたという痕跡がないところから見ると恐らく私は捨てられている。父と共にか、それとも父に拾われたのか、それも不明ではあるのだけれど。

 なんとなく死んではないように思えた。

 まあ、どうでもいいことではある――。


 父の性が吐き出されたのを見守り、少し落ち着くと彼はいったん軽く服を羽織り部屋を出ていく。

 私も片足には義足があるからついて行けないこともないのだが、なんとなくそれは自分の中で禁則事項として存在していた。

 だからしばらくは無機質で言葉のない空間で置いてけぼりにされる。

 静かに換気扇が回る音。それ以外に音はしない。

 このことは嫌いでもないし好きでもない。ただの日常だ。何の感慨もなく過ぎ去る時間。

 それから再び父が現れる。シャワーを浴びてきたのだろう、髪がしっとりと濡れている。彼はドライヤーを使わない主義だ。

 私はそこでようやく立ち上がって扉へ歩いていく。

 それから二人で食堂へ行って、夕飯を食べるのだ。


 ご飯も風呂も全般的に介助が必要となる。

 トイレだけはどうにかこうにかがんばってはいるが、生理の時ナプキンが必要になるともう恥ずかしいが頼ることになる。

 平日はヘルパーさんが来てくれるのだが、休日はいない。そして今日は土曜日。

 父の差し出すおかずを私は咥え、咀嚼する。その合間に父も自分の食事をする。

 箸は私は赤で父は緑。共用することは父はしようとしない。

 恥ずかしいと感じることはあったけど昔から続いてきたことだ。抵抗はあんまりない。トイレ以外。


 食事をとりながら私は学校であったこと――無論養護学校だ――を取り留めもなく話していく。

 数学のこと、体育のこと、友達のこと、美術の時間に描いた絵をコンクールに出すように勧められたこと。

 コンクールの件は少し父の顔を窺う。「いいんじゃないか」と少々素っ気ない返事をもらってほっとする。

 直接言われたことはないのだが、芸術作家の父に芸術面で意見されることは少し怖い。

 それからしばらくは休憩。

 そしてお風呂に入る。


 まだ湿り気の残る風呂場で、椅子に座る。父はTシャツ姿。私は当然ながら全裸。

 髪を現われるので目を閉じる。耳元で無数の泡が潰れる音がする。

 わっしゃわっしゃと頭皮まであらわれながら私は口を開く。


「次はどんな人形を作るの?」

「そろそろ西洋も飽きたからな――日本顔のでも作るか」


 人形創作者の父には熱狂的なファンが結構いる。

 たまに個展も開いているからまあそこそこ有名なんだろう。私の周りはさっぱりだが。

 作品はちゃんと穢れのないものだけなのは知っている。

 本気出して作った成功品は、いわずもがな父の性行品になっているのだが。


「じゃあ今度は私みたいなの作ってよ。腕がないやつ」


 一瞬髪を洗う手が止まった気がした。

 私が腕無しを茶化して動揺したからではない――もっと別の、なにかの動揺。


「……それは駄目だな」

「どうして?」

「お前をお前として見れなくなってしまいそうだ」

「そっかぁ」


 この話題はそこで終わらせた。


 ほんの少しだけ考える。何故父は欠損した人形を作らないのだろうか。

 人形にした私を犯せないからか。

 私を人形として見てしまうようになってしまうからか。

 娘を模したものを縛るのに抵抗があるからとか。ああ――それじゃ縛れないのか。

 正解は父の中に。しかし詮索はやめておこう。

 今更父がおかしいことぐらい百も承知だ。



 父はどこまで行っても異常性愛者で。

 そんな父と共に生きる私も十分に異常なのだろう。


 六日後の夜、私はいつもと同じように父と人形の性行を見守るのだ。


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