02彼の叫び
――数ヶ月前――
「うおぉぉおおおぉぉぉぉおおおぉぉぉおぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉぉぉぉ――――っ!」
突如リビングから猛獣と言わんばかりの奇声が発せられる。
「な、なにさびっくりしたぁ」
それにすかさず反応するうちの母親。
あ、叫んだの俺っす。一大事なんだ叫ばせてくれ。
「まったく、ちょっとは黙ってくんない? 兄貴うるさい」
更に追い打ちをかけるように俺と全然似てないと評判の黒髪ツインテの妹が愚痴を言ってくる。
「いやいや、ちょっとはって……ほんの数十秒前まで俺ずっと黙ってましたけどぉ? お兄ちゃんそんなに大声出すようなタイプの人間じゃないからね? なに日中叫んでる奴だと読者に訴えかけてんの? そういうのやめようよやめようよやめようよやめようよぉ~」
「え? ようよやめ?」
「やめようよっ!」
馬鹿かコイツ……つーかようよやめってな――
「幼女だめ?」
「なんつー聞き間違えしてんだぁ! 何が幼女だめだ公認に決まってんだろうが幼さを残しきれなかった妹よぉ!」
「はあ? なに言ってくれてんのよバカ兄貴、兄貴こそ夜中にどっかの幼女連れ込んでそうな顔してるくせに、無事童貞卒業できてない体たらく損顔がぁ!?」
な、なんで幼女限定なんだ……。てか、俺そんな奴じゃないぞ。それに俺そんなイケてないぞ。童貞以前に女性と話したこと殆どないぞ。
「な、なにが損顔だぁ? お前が言えることかよこの幼さを残しきれなくても未だ妹という顔つきをした自慢の妹顔がぁ~」
「な、ななななに言ってくれてんのよこの妹であるあたしの面倒をしっかり見ることのできるできる兄がぁ!」
「お、おおおうそれが――」
「あんたら喧嘩してんのか褒め合ってんのかどっちかにしなさいよっ!」
俺と妹が口論中に甲高い声で叫ぶ母親。
声の音量がパないっす。これなら学校で応援団長になれるほどだ。
「あら、私こう見えて昔は応援団長だったのよ?」
「人の心の声を勝手に聞くな!」
ともあれ、母親の恐ろしい声に俺と妹が黙りこくる。
てか我が妹が涙目なんだが、これは無視していればいいのか? いや、そっちのほうが可愛いからいっか。
「ところで――」
静まったリビングから発せられた最初の声色は少々老け気味の母親の声だった。
「ん?」
視線が俺の方へと向いていたので俺が反応する。
「あんた、なんで叫んでたわけ?」
「え? 俺叫んでたか?」
確かに、妹と口論になったな。
だが、それは母親も身近にいたから理由もすべてわかるだろう。まだ認知症になるには早すぎだぜ。
「ほら、あんたらが変な口論を始める前だよ」
俺たちが始める前? 俺そんな前になにか叫んでたっけ?
首をかしげてなんのことやらと母親にアピールする。
「あんた……さすがにその歳で認知症を決め込むのは早いと思うわよ」
い、言い返されたっ!?
「ああ、あの最初の叫びか」
母親の事細かい説明のおかげでようやく思い出した俺。
「そう。で、なんで叫んだわけ?」
母親の疑問に我が妹も首をかしげて俺を見つめる。
この見つめられている感じはいいが、せめて妹よ、涙目になって見て欲しい。
そう願ったとたんに起こる願ったり叶ったり。
「ふはぁ~~~~……」
急に妹が大きなあくびをし、瞳から微かに――
「うぅ、鼻水出てきた」
「鼻かよ、さすがにそれはないわ~……」
「んあ?」
す、すんません。
妹の圧倒的な視線に90度頭を下げる俺。
そんな俺を見てまたしても母親が口を開いた。
「で? なんで叫んでたわけ?」
ああ、そうだその話をしていたんだった。まったく妹は話をとことん逸らすのが得意だな。
俺は妹に注意してやるべく口を開く。
「まったく、我が妹はどうしてそこまで話を逸らすのが得意な――」
「得意なのはあんたでしょうがっ!」
――ベシッ!
丸められた新聞紙で豪快に突っ込む母親。
はい全くそのとおりでございます。
「で? そろそろ本題に入ってくれない?」
「あ、はい」
もう母親に叱られるのもあれなんで、俺は率直に叫んだことについて答えた。
「実は俺、受験に落ちてしまったわ(☆てへぺろ☆)」
このあとどえらい怒りを喰らったのかについては秘密にしておくことにする。