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そうして私は、目を覚ました。
「……生きてる」
うつぶせに寝台へ横たわったまま、右手を目の前にもってくる。何度か手のひらを握ったり開いたりを繰り返すが、何もなかった。背中の痛みも、嘘のように消えている。
「いったい、何が……」
清潔な室内。質素な作りではあるが、この空間を作り出した人物の、品の良さが伺える。陛下の居城にも思った事だが、高価なもの、というのはやはり相応の見え方をするのだろう。
つらつらとどうでも良い事に想いを馳せていたそのとき、ぱたぱたと軽い足音が近づいてきた。視界を、黒髪の少年が横切って行く。手を動かす私に気付いたのか、少年はきょとんと立ち止まり瞬いて、笑顔を浮かべた。
「起きたー!」
心底嬉しそうな声に、私は瞬く。寝台に駆け寄ってきた少年は、私の目をしっかりと覗き込んで、さらに笑みを深めた。
「生きてるよ」
呆気にとられて返事もできない私に、少年は優しい目をして一人頷いた。
よかったね。小さく付け加えられたその言葉に、私はようやく、返事ができたのだ。
「……うん」
噛み締めるようにして、やっと。
ここはどこ? という私の質問に、あのねあのね、と少年は勢い込んで私に詰め寄った。
「森の中なの!」
「で、でんかっ」
小さな呼び声に、私は視線を巡らす。視界に入っている部屋の出入り口の端に、人影があった。わたしの視線に気付いて、少年も背後を振り返る。
「森の中なのー! 難しいんだよ!」
なんでですか! 憤慨するような小さな声が聞こえた。扉の陰に隠れるようにしてこちらを伺う青年に、私はどう声をかけていいものか戸惑う。
「森、って……?」
黒髪の少年は、背後の青年をじっと見つめたまま動かない。私も黙って見守る事にした。極度の照れ症か何かなのだろうか。
こほん、と咳払いが響く。
「あなたは、この城の前に倒れていました。背中に大きな刃物の傷があったため、苦しいでしょうけれどうつぶせです」
聞きたいのは、それじゃなくて。
「ここは、黒の森。王の離宮ですよ」
黒の、森。それならば、私は自分の国に戻ってこれたのか。
「……あなたは」
「私は、ベアト。殿下があなたを拾ったんですよ」
殿下? 私の頭に疑問符がついた瞬間、寝台の脇にいた黒髪の少年がハイ! と挙手をする。
「俺は、アレクだよ!」
瞬きを、繰り返す。
黒い髪、褐色の瞳。明るい表情。私よりも、ずっとずっと小柄な、小さな少年。普通のこの歳の男の子であれば、学校に入るようになったかどうかというほどの。一見して、何の力もなさそうに思える、少年が。
「でんか?」
そうだよ、と、アレクは笑う。
でも、アレクって呼んでほしいな、と、屈託なく。
「あなたの名前は?」
ようやく扉の影から一歩顔を出した青年ベアトは、金髪の、硬い表情をした、私と年の近そうな青年だった。
「え?」
思わず聞き返すと、困ったように青年は視線を遠くへとやってしまう。
「名前、です。あなたの……呼び方を教えてください」
「ベアトはね、俺の友達なんだよ。俺のお願い、何でも叶えてくれるんだ」
アレクの言い方に引っかかりを覚えつつ、私は逡巡する。なぜか、答えようとする口が震えた。
「……ファナリア」
「じゃぁ、ファナだね! よろしく」
呼ばれた事に、泣けてきた。こぼれた涙に、アレクとベアトが、困ったように立ち尽くす。それを申し訳なく思って、思わず笑いかけた。
「そう、呼んでほしかった人が、いただけなの」
彼は今、どこで何をしているのだろう。




