7
冷たい手が、額にのせられていた。
目が覚めて、現状に困惑する。
「何……」
私が身じろぎすると同時に、傍らのぬくもりも身動きをした。
「へい、か」
ど、と心臓がなる。まわされる腕の力が強くなり、悲鳴を上げそうになりながらその場でもがいた。
何が。なぜ。私は、陛下に抱きすくめられ二人寝台に横たわっているのか。
ぬくもりは暖かい。抱きしめられているこの状況は恥ずかしいけれど安心するし、いやだと言えば嘘になる。
けれど、こんなのは、勘違いだ。
状況に、流されて。特に理由も無く、錯覚しているだけだ。
「……『ルゥ』」
ほら。
呼ばれた瞬間真っ白になった頭に、泣きそうになりながらその腕から抜け出すべくもがいた。
眠りと目覚めの狭間にいる陛下は、そんな中でも言葉を紡ぐ。
「……毒を」
不穏な言葉に、動きを止めた。
「俺が、口にするはずの菓子を、ルゥ、が」
「へい、か」
「いきて、いるなら」
会いにきてくれれば、いいのに。
深く、深く、陛下は眠る。
私に、とんでもない事実を漏らして。
十年前に出会った『ルゥ』。
陛下にここまで思われていて、想い人がいたと言う『ルゥ』。
なんてことだろう。
彼女は、陛下の前で、
毒を、口にしてしまったのだ。
恋などでは、なかった。実らなかった初恋をこじらせた、どころではなかったのだ。
陛下のこれは、精神的外傷だ。
憧れた女性。年上の、きっと優しかった。世界を見る目の違う、異なる価値観をもった女性。その人を死なせてしまった、強い後悔だ。
外はまだ暗く、暁は遠い。
失ってしまった女性に、よく似た私を見て、陛下は何を思ったのだろう。
「少しは、失う事を拒んだから籠に入れたのだと、思っても良いですか」
厳罰に処さねばならない、例外は許されないこの厳戒態勢の状況下。
唯一救う方法が、籠の中だったのなら。
さんざん『ルゥ』として扱われておいて、まだそんな事を、思える私も、どうかしている。
手を伸ばして、陛下の額をそっと撫でる。
かつて、この人は『ルゥ』が毒を口にして苦しむ様を、間近で見たのだろうか。それを、同じ季節に夢に見るのだと。
その出来事は、幼かったこの人に、いったいどんな傷を残したのだろう。
人の気配に、はっと顔を上げる。物音もさせず、入ってきた兵と目があった。兵は私に低い声で問いかける。
「あんたいったい、どこの手のものだ」
その問いは、敵対者へのものではなく、まるで、同業者に問うかのように気安げで。思わず表情を強ばらせた時、小さな舌打ちが聞こえた。
「だめっ」
何も考えられなかった。悲鳴まじりに叫んだあとは、陛下に多い被さる形で兵に背を向け、焼け付く背中の痛みに更なる絶叫が漏れる。
「ルゥ!」
目覚めたばかりだというのに、陛下は傍らの剣を手に応戦した。なんだ、武器、あったんですね……。
知っていた所で使えもしないくせに、そんな事を思ってしまう。
「ルゥ! 待っていろ、すぐに治癒者を。誰か! いないのか!」
陛下の声が遠ざかる。それとも、私の意識だろうか。兵は、倒してしまったのだろうか。陛下の敵を、知るために必要だったかもしれないのに。
背中が熱い。遠のく体温に恐怖を抱くけれど、それでも、どこかに暗い喜びを抱く私もいた。
これで、私も。
陛下の、記憶に残れるだろうか。
そうして、私は。
私は。




