5
幼かった陛下は、ルゥを好きになった。
少年だった頃の金髪の男も、ルゥが好きだった。
けれど、そのルゥには、別の想い人がいたのだという。
そうして、ルゥは、彼らの前から姿を消したのだ。
……想い人と、結ばれたのかしら。
聞いた話を繰り返し思い返す。
あの話をして以来、陛下の詰める距離が近くなったように思う。不意に抱き寄せて、抱きしめて、髪に唇を落とす。
可哀想な、人。
これは、同情だろうか。
私は陛下を、哀れんで、いるのだろうか。
そうして、ひと月、ふた月と、夢のように現実感のないまま、日々が過ぎて行く。
「へい、か」
いつかと同じ中庭の、池の中の東屋で、私は他愛無い陛下の言葉に耳を傾けていた。
話しながら不意に伸びてくる手に瞬きながら、その行方を見守っていると、突然目尻に口づけられ、思わずそれを振りほどいた。
「何を」
「別に」
いつもの人の悪そうな笑みだった。本当にいつも通り。けれど、こんな事をされた覚えはない。
手で触れるのとはわけが違う。髪に落とされるものともわけが違う。
両手を繋いだと思えば、しっかりと拘束されている。
「へ、い」
「リオ」
「り、お」
「なに? ルゥ」
こちらのセリフだ。
「戯れですか」
「あなたは俺を拒んではならないはずだ」
耳元でそっと囁かれ、押しのけようとした腕から力が抜ける。そんなことを、今、言うの。
ルゥの代わりに、私を求めるとでも、言うの。
私、は。ルゥ、じゃ。
「陛下」
故意に水を差すかのような声音を発し、金髪の男が東屋の入り口に立っていた。
「そろそろ、執務が」
「わかった」
陛下はあっさりと私を手放し、私の頭を撫でたかと思えば、そのまま城内へ戻って行った。振り返りもせず。
金髪の男が、振り返って陛下の背中を見送っている。私は戸惑うままに、東屋に座っていた。
「……戯れですよ」
「……わかって、いますよ」
とっくに。勘違いしている事は、分かっている。勘違いしてしまっている事も、ばれている。
「……苦しい、です」
「では、死にますか」
なんてことない風に聞いてくる。
椅子に座り顔を覆う私の側に立って、覗き込むようにして。にこやかに。
晴れ晴れしいほどの、笑顔で。
「私としては、あなたの存在がルゥ様への冒涜ですから」
私は、自分の少し伸びた髪に、そっと手を伸ばす。
首をくすぐるその伸びた髪のおかげか、陛下は、首筋を撫でる事はなくなった。その代わりのように、戯れが度を超しつつあるような気もした。
「死にたく、ないです」
「そうでしょうね」
できる事なら、うちに帰りたい。四大貴族の端くれだと、かつてであれば言えたのかもしれない。でも、うちは没落しかけているのだ。その末裔といえど、不法侵入で死刑だなんて、家が潰れかねない。
ばれているなら、仕方ない。でも、私から言える事は、何もない。仮にばれているなら、この二ヶ月で家に話がいっているはずだ。家に、私を助ける意思があるなら、動きがあるはずだ。
なにもないということは、そういう、こと。
死にたくない。家の助けも望めない。
でも、もう、『ルゥ』で居続けるのは……。
「こんなの、続けた所で誰のためにもならないですよ……」
「そうでしょうね」
先ほどと、まったく同じ調子で、金髪の男は笑った。
ばさりと何かを広げたかと思えば、温かな外套が肩にかけられる。思わず顔を上げ、まじまじと男の顔を見た。
「それでも、あなたに与えられたのは、『ルゥ』であり続けるか、死ぬか、その、二択です」
時期が、悪かったんですよ。と彼は言う。諦めてください、と、私よりも、ずっと、諦めたように。
「今、陛下が最も狙われやすい危険な所へ、あなたがきたのです」
白い陛下。髪も、瞳も、顔色も。笑っているのに、死相が消えない、あの人。そうして、過去の亡霊を求め続ける、可哀想な人。
「弱っているのが、分かるでしょう。厳戒態勢の中へ、あなたはやってきた」
陛下が、私に会いに来れるのは、どうしてか。
執務も、ままならないほどなのであれば?
「即断罪の檻の中に、飛び込んできたのはあなたです。例外はありません。陛下の物になったからこそあなたが今ここにいます。用が済めば、処分するだけですよ」
あぁ、私、きっと、陛下に同情しているのだ。
王様という地位にありながら、そんな境遇の彼を、みじかに感じている。
叶わない恋に傷ついているあの人を見て、きっと、安心している。
「あなたが現れ、どこの手のものかと、陛下を狙う周囲が牽制し合っていたからこその、この二ヶ月でした」
その均衡が、そろそろ崩れるのだと言う。
「陛下とあなた、二人で行動しないでくださいね。必ず兵を、連れてください」
金髪の男の目は真剣だった。にこやかな表情はそのままに。陛下のみの安全だけでなく、まるで、私の身さえも案じているかのように。
きっと、この人も、錯覚している。
陛下が私を『ルゥ』と呼ぶから、だから。
この人も、そんな風に思えてきているのだろう。
ここは、なんて小さな、物悲しい世界だろう。
金髪の男に、そう忠告された矢先。
その日の夜、私は、陛下に呼び出された。




